通勤中の事故でも、一定の条件を満たせば労災保険から給付(補償)を受けることができます。これは労働者災害補償保険法に「通勤災害」として規定された制度であり、仕事への行き帰りの災害も労災の対象に含まれているためです。
ただし、「通勤」と認められる要件を外れてしまうと労災認定されないケースもあります。以下では、通勤中の事故が労災認定されるための基準と、労災が認められない場合の典型例、そして労災申請時のポイントを詳しく解説します。
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通勤中の事故だと労災おりない?
「通勤中の事故では労災はおりないのでは?」と不安に感じる方もいるかもしれません。しかし、労災保険は業務上の災害だけでなく通勤途上での災害(通勤災害)もカバーします。通勤中に被った怪我や死亡等は、法律上「業務災害とはみなされない」ため、労災保険がおりないのが原則でしたが、通勤途上の交通事故などが頻発したことから、1970年代以降は通勤災害にも労災保険による補償が行われるよう法改正されました。
【参考:国立社会保障・人口問題研究所「労働者災害補償保険」】
したがって、通勤中の事故でも条件を満たせば労災認定され、治療費や休業補償などの給付を受けることができます。
ただし重要なのは、「どんな通勤中の事故でも無条件に労災がおりるわけではない」という点です。労災認定されるためには通勤災害として認められる一定の基準があります。逆に言えば、その基準から外れる場合には「通勤中の事故でも労災はおりない」ことになります。次章では、その通勤災害が労災認定されるための3つの基準を説明します。
通勤中の事故が労災認定される基準
では、通勤中の事故が労災(通勤災害)として認定されるための基準を確認しましょう。労働者災害補償保険法第7条で定められた要件をまとめると、「就業に関連した移動であり、住居と就業場所の往復等の合理的経路を通り、私的な逸脱・中断がないこと」がポイントとなります。これから、この3つの基準を順に説明します。
基準1:通勤が「就業に関し」行われていること
まず重要なのは、事故当時の移動が仕事に就くため、または仕事を終えて帰るためのもの(就業に関連した移動)であることです。言い換えれば、その日は就業日であり、出勤の途中または退勤の途中であったことが必要です。たとえば出勤前・退勤後に仕事とは無関係の用事のため移動していた場合や、休日に職場へ私用で向かった場合などは、この要件を満たさないため労災とは認められません。
ただし、通勤時刻に多少の余裕をもって早出・遅出することは問題ありません。ラッシュ回避のため通常より早く家を出ていた場合など、一定の時間的ズレがあっても就業との関連性が保たれていれば通勤と認められます。反対に、就業との関連性が切れるほど長時間にわたり別の目的で移動していた場合は、通勤とみなされなくなるので注意が必要です。
また、「就業の場所」が必ずしも本社オフィスとは限らない点にも留意しましょう。直行直帰の営業などで自宅から直接取引先へ向かう場合、その取引先が就業の場所となり、自宅→取引先の往路も通勤と認められます。同様に、複数の勤務地がある人が一つ目の職場から二つ目の職場へ移動中に事故に遭った場合も、それは就業に関連した移動(通勤)として扱われます。
基準2:移動が「合理的な経路および方法」で行われていること
次に、通勤経路や通勤手段が社会通念上「合理的」といえることも労災認定の基準です。合理的な経路とは、一般的に労働者が利用すると認められる経路を指し、通常自宅から職場へ行くのにふさわしいルートであることを意味します。たとえば職場までの経路が複数考えられる場合は、どれを通っても合理的な経路とされますし、当日の交通事情でやむを得ず遠回りした場合や、マイカー通勤者が職場の駐車場を経由する場合なども合理的な経路に含まれます。しかし、特段の理由もなく明らかに大回りな遠回りをした場合などは合理的な経路とは認められません。
また合理的な方法(手段)についても確認しましょう。一般に用いられる交通手段(電車・バス等の公共交通機関、自家用車、自転車、徒歩など)であれば、普段使っているかどうかに関わらず労災上「合理的な通勤手段」として認められます。
したがって、会社に届け出ている通勤手段と違っていても、社会通念上妥当な方法であれば労災申請上問題ありません。例えば普段は電車通勤の人が事情により自転車で通勤している途中で事故に遭った場合なども、自転車という手段自体は合理的な通勤方法と評価されます(※ただし会社から禁止されている手段の場合は、別途就業規則上の問題とはなり得ますが、労災保険の適用そのものは「合理的な方法」であれば受けられます)。
基準3:通勤途中に私的な「逸脱」や「中断」がないこと
3つ目の基準は、通勤経路上で仕事と無関係の寄り道や用事による中断をしていないことです。労災保険法上、通勤途中で合理的な経路を外れて別目的地へそれたり(逸脱)、通勤をいったん止めて無関係な行為を行ったり(中断)すると、その逸脱・中断の間とその後の移動は通勤とはみなされないと規定されています。
例えば、退勤途中に職場から大きく離れた場所にある店に回り道して買い物に行った場合や、一度自宅に戻った後に再び別の用事で外出したような場合、これらは通勤の逸脱・中断に当たります。その結果、その時点から先の移動中に起きた事故は通勤災害とは認められなくなってしまいます。
もっとも、法律には一定の例外も設けられています。通勤途中のささいな用事や生活上やむを得ない行為であれば、最小限度で行う限り通勤の継続性が保たれるのです。具体的には、通勤経路から少しそれて日用品の買い物をする、夕食の惣菜を購入する、経路上のコンビニに立ち寄るといった日常生活上必要な行為や、選挙の投票、通院・診療、要介護家族の介護などは「やむを得ない事由による最小限度の行為」として認められます。
このような日常生活に必要な範囲内の立ち寄りであれば、その用事を済ませた後に合理的な経路に復帰した時点から通勤が再開し、以降の移動は引き続き通勤とみなされます。例えば、退勤途中に経路上のスーパーで夕食の食材を短時間購入し、そのまま元の道に戻って帰宅する場合などは、買い物中の時間を除いて前後は通勤として扱われ、万一事故に遭っても通勤災害として認定される可能性が高いでしょう。
以上が通勤災害と認められるための3つの主な基準です。まとめると、「仕事の行き帰りであること」「常識的な通勤ルート・手段であること」「大きな寄り道をしていないこと」の3点を満たしていれば、通勤中の事故は原則として労災保険の対象(通勤災害)となります。
通勤中の事故でも労災認定されないケース
それでは逆に、通勤中の事故でも労災(通勤災害)と認定されない典型的なケースを見てみましょう。前章の基準を外れてしまう場合がこれに該当します。ここからは、労災認定されない可能性が高い代表的な3つのケースを説明します。
ケース1:合理的経路から明確に「逸脱」して私用を行った場合
通勤途中に私用目的で通勤経路を明確に外れて移動した場合、労災としては認められない可能性が高くなります。これは労災保険法上「逸脱」に該当し、その逸脱の開始時点から通勤とはみなされなくなるためです。
たとえば、退勤途中に自宅とは反対方向にある大型ショッピングモールに寄り道し、その往復の途中で事故に遭ったケースを考えてみましょう。この場合、「ショッピングモールでの買い物」は業務とも生活上の必要性とも無関係な私的行為であり、しかも「職場→自宅」という合理的な経路から明確に外れた移動に該当します。
このような場合は、ショッピングモールに向かった時点から「通勤の逸脱」と判断され、その後に合理的経路に戻っても、逸脱の理由が日常生活に必要な最小限度の行為にあたらない限り、事故が起きた時点での移動全体が「通勤」から除外されてしまいます。
この点、「中断」とは異なります。中断とは合理的経路上にとどまりつつ、そこで一定時間その場に滞在して別の目的の行為を行うケースを指しますが、逸脱は「経路そのものを外れて別の場所に向かう行為」です。
今回のように、通勤経路を逸れて物理的に離れた地点に向かう場合は、たとえその後再び自宅に向かっていたとしても、「通勤の継続」とは評価されにくいのです。
一方で、たとえば帰宅途中に経路上のコンビニで日用品を購入する程度の立ち寄りであれば、「最小限度の生活上必要な行為」にあたり、逸脱には該当せず、引き続き通勤として扱われます。
このように、「逸脱」とは合理的経路からの物理的な外れ方に焦点がある点で、「中断」との違いを理解することが通勤災害の判断では極めて重要です。
ケース2:通勤途中に通勤と無関係な用事で長時間中断した場合
通勤経路上で通勤と無関係の行為のために長時間立ち止まったり滞在した場合も、労災認定が困難になります。例えば、退勤後に同僚と居酒屋で飲酒するために立ち寄り、その後帰宅する途中で事故に遭ったケースを考えます。飲酒目的の立ち寄りは日常生活上必要な行為とは言えず、また合理的な経路からの逸脱にあたるため、その居酒屋に入った時点で通勤は中断しています。飲み会が終わった後の帰宅路で起きた事故は、もはや「通勤途中の災害」とはみなされません。
同じく、仕事帰りに映画館で映画を鑑賞してから帰宅した場合や、趣味の習い事の教室に立ち寄ってから帰った場合なども、それらの行為が業務に必要な用務ではなく単なる私的行為であれば、通勤の中断と判断される可能性があります。こうした娯楽や趣味のための立ち寄りによって通常の帰宅を大幅に遅らせた場合、その後の移動中に起こった事故は通勤災害に該当しないと考えられるでしょう。
ケース3:就業に関連しない移動中に起きた事故の場合
通勤災害が認められるためには「就業に関する移動」であることが必要だと述べましたが、そもそも就業とは関係ない移動中の事故は労災の対象にはなりません。極端な例ですが、テレワーク(在宅勤務)の日に自宅で過ごしていた際のケガは通勤によるものではないため通勤災害とは言えません(※テレワーク中の災害は通勤災害ではなく業務災害に該当する可能性がありますが、ここでは通勤災害としての労災に限定して説明しています)。また、非番の日や休日に私用のため職場へ出向いたような場合、その往復中で事故に遭っても「就業のための移動」とは認められず労災保険は適用されません。
さらに微妙なケースとして、勤務終了後に職場で業務と無関係の活動(社員の部活動や自主的な勉強会など)をしてから遅れて帰宅した場合も挙げられます。この場合、会社で仕事以外の目的に時間を費やしたことで「通勤に直接起因する移動」ではなくなっていると判断され、たとえ経路自体は通常と同じでも労災と認められない可能性があります。
通勤中の事故で労災を申請する時のポイント
最後に、通勤中の事故について労災申請を行う際に押さえておきたいポイントを3つ紹介します。通勤災害の労災手続きは、業務災害の場合と若干異なる点もあります。適切に対応することで、スムーズに労災保険の給付を受けられるようにしましょう。
ポイント1:事故直後の対応と記録をしっかり行うこと
通勤途中で事故に遭ったら、まず怪我の治療と事故の記録が最優先です。交通事故であれば警察を呼んで事故証明を作成してもらいましょう。相手のいる交通事故の場合は後々「第三者行為災害届」の提出も必要になるため、警察の届出と記録は重要です。また、可能であれば会社にも早めに事故発生を連絡してください。通勤災害は会社の業務中の災害ではありませんが、労災保険を使う場合は会社にも事後で構わないので報告しておく方が望ましいです。労災申請時に会社の協力があれば手続きがスムーズに進むことも多いためです。
次に、医療機関で受診します。労災指定病院であれば、窓口で「通勤中の事故である」ことを伝えれば労災保険で治療を受けられます。指定病院以外でも、後から労災療養給付の請求を行えば治療費の支給を受けられるので、診断書や領収書を保管しておきましょう。
医師には必ず「通勤途上の事故で負傷した」と事情を説明して診断書にその旨を記載してもらうことも大切です。これにより、後日の労災申請の際に負傷と通勤災害との因果関係を裏付けやすくなります。
ポイント2:必要書類を準備し労働基準監督署に申請すること
労災の請求には所定の必要書類を揃えて提出する必要があります。主な書類は、治療費の請求であれば「療養給付たる療養の給付請求書」または「療養補償給付たる療養の費用請求書」、休業補償を受けるなら「休業(補償)給付支給請求書」等です。
これらの申請書は労働基準監督署で入手するか、厚生労働省の公式サイトからダウンロードできます。会社が用意してくれる場合もありますが、通勤災害の場合は基本的に被災労働者本人(または遺族)が自ら労働基準監督署へ提出する流れになります。
申請書には事故発生状況を具体的に記載します。例えば「〇〇市〇〇町△丁目△番地付近の交差点で右折車と衝突」といった具合に、どこでどのように事故に遭ったかを詳しく書きます。通勤経路上のどの地点で起こった事故かを明確に示すことで、労基署の担当官もそれが合理的経路上で起きた通勤災害かどうか判断しやすくなります。会社に提出している通勤経路図や定期券区間などがあれば、それも参考資料として添付すると良いでしょう。
作成した書類一式は、管轄の労働基準監督署に提出します(郵送提出も可)。通勤災害の場合、会社の証明印は必須ではないため、会社が書類作成に協力してくれない場合でも自分で申請を進めることができます。労基署に書類が受理されると、労働基準監督署の調査官が内容を調査し、労災認定すべきか判断します。この調査には通常1ヶ月程度かかり、通勤災害と認められれば通知が届き、その後保険給付が支給されます。
ポイント3:会社が認めなくても労基署が判断することを知り、専門家への相談も検討すること
通勤中の事故について会社に報告した際、稀に会社側が「それは労災にならない」と否定的な対応をするケースがあります。しかし、通勤災害に該当するかどうかを最終的に判断するのは労働基準監督署であり、申請時に会社の同意や証明は不要です。
会社が渋っても自分で労基署に申請すれば審査してもらえますので、泣き寝入りせずしかるべき手続きを取りましょう。実際、通勤災害は業務上の災害と異なり会社の過失責任を問われるケースは少ないため、多くの会社は協力的ですが、万一非協力的な場合でも労災申請は可能です。
また、労災申請の手続きに不安がある場合や認定が下りるか微妙なケースでは、社会保険労務士や労災に詳しい弁護士など専門家に相談することも検討してください。労災手続き自体はご自身でもできますが、専門家に依頼すれば必要書類の作成や証拠の整理、労基署とのやり取りを代行してくれるため安心です。
特に、労基署の判断に不服がある場合(労災と認められなかった等)には、異議申立てや行政訴訟といった法的手続きが必要になることもあります。その際は専門家の力が不可欠となるでしょう。通勤災害の認定が得られなくても、加害者に対する損害賠償請求(例えば交通事故の相手への請求)によって治療費や慰謝料をカバーできる場合もあります。こうした総合的な対応についても含め、プロの助言を仰ぐ価値は大きいと言えます。
まとめ:諦める前にプロに相談しよう
通勤中の事故であっても、条件を満たせば労災保険(通勤災害)の適用を受けられることをご説明しました。逆に、明らかな寄り道や私用が含まれる場合など基準から外れるケースでは労災認定が難しい点にも注意が必要です。しかし、「通勤中だから労災はおりない」と早合点して諦める必要はありません。
実際には通勤災害として認められるケースも多いため、疑問があればまず労働基準監督署や労災に詳しい専門家に相談することをおすすめします。労災の制度や基準は法律で細かく定められており一般の方には分かりにくい部分もありますが、専門家に相談すれば自分のケースで労災が適用できるか適切なアドバイスが得られます。
通勤中の事故で負ったケガについて、泣き寝入りする前にぜひプロの力を借りてみてください。適切な手続きを踏めば、しかるべき補償を受け取れる可能性があります。困ったときは一人で抱え込まず、遠慮なく公的機関や専門家へ相談しましょう。