仕事中や通勤中の思わぬ事故でケガを負ったとき、本来は労災保険(労働者災害補償保険)が治療費を全額カバーしてくれるはずです。
しかし実際には「病院で治療費を10割負担(全額自己負担)するよう請求された」「高額な医療費を払えない」と戸惑うケースもあります。事実、令和4年(2022年)には4日以上休業が必要な労働災害による死傷者が132,355人に上り、過去20年で最多となりました。
それだけ多くの労働者が労災に遭い、治療や補償の手続きを必要としているということです。
本記事では、労災事故の治療費が本当に10割負担になるケースはあるのかを解説し、もし通院費用の全額を請求され払えない場合の対処法を3つ紹介します。さらに、労災病院や労災指定病院への切り替え手続きと、労災保険以外で受けられる可能性のある補償制度(3つ)についても詳しく説明します。
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労災事故の治療費が10割負担になるのは本当なのか?
労災事故によるケガや病気の治療費を労働者が10割負担しなければならないケースは一時的にはあり得ますが、正しく労災保険を利用すれば最終的には自己負担ゼロにできます。
重要なのは、なぜ一時的に全額自己負担になる場合があるのか、その理由を理解し適切に対処することです。
本来、仕事中や通勤中の負傷は労災保険の給付対象であり、健康保険(医療保険)は使えません。労災保険には「療養(補償)給付」という制度があり、労働基準監督署で労災と認定されれば治療費は労災保険から支払われます。
しかし、治療を受ける病院の種類や手続きによっては、窓口で患者が一時的に医療費全額を立て替える必要が生じます。具体的には、労災指定病院ではない一般の医療機関で受診した場合、その場で労災保険に切り替えることができず、健康保険も使えないため窓口で10割負担を求められるのです。緊急搬送などで労災指定外の病院に運ばれた場合や、労災であることを知らずに健康保険証を提示してしまった場合に、こうした事態が起こりがちです。
厚生労働省も「業務中や通勤途中のケガに健康保険は使えません」と明言しており、誤って健康保険で受診すると一時的に治療費の全額を自己負担することになると注意喚起しています。
なお、労災病院・労災指定病院以外の医療機関を受診した場合はその場で10割の医療費を支払う必要がある一方、労災指定病院で治療すれば窓口での自己負担は不要だとされています。つまり、治療費が10割負担となるのは「労災保険をその場で適用できない環境下で治療を受けた場合」に限られるのです。
したがって、「労災事故の治療費=自己負担100%」というのは誤解であり、適切な手続きを踏めば自己負担分は最終的にゼロになるのが原則です。
通院費用で10割負担を払えないときの対処法
労災事故に遭った直後は混乱しがちで、指定病院以外で治療を受けてしまい一時的に医療費を全額請求されることがあります。ここでは、治療費の10割負担を今すぐ払えない場合に取るべき対処法を3つ紹介します。いずれも最終的には労災保険の補償を受けることが前提となりますが、それまでの間の負担を軽減・回避する方法です。
方法1:通院先を労災病院や労災指定病院に切り替える
最初に受診した病院で10割負担を求められたら、できるだけ早く労災指定病院に転院することを検討しましょう。労災指定の医療機関で治療を受ければ、その後の医療費は窓口で支払う必要がなくなります。
労災病院や「労災保険指定医療機関」(労災指定病院)では、労災保険から病院に直接医療費が支払われる仕組みになっています。したがって患者である被災労働者は、治療費を立て替えることなく治療を継続できます。
一方、指定を受けていない病院に通い続けると、その都度自己負担を強いられ経済的負担が大きくなってしまいます。特に入院や長期通院が必要なケースでは、転院の有無で負担額に大きな差が出ます。
労災事故後に最初から受診する病院を選べる場合には労災指定病院を選ぶことで、窓口負担を抑えられるとされています。逆に、緊急搬送などでやむを得ず非指定の病院にかかった場合は、できるだけ早い段階で指定病院への切り替えを行うことが望ましいと言えます。指定病院なら窓口で10割負担する必要がなくなるため、経済的な不安が格段に軽減されるからです。
方法2:家族や親族に立て替えをお願いする
どうしても治療費を一時立て替える必要がある場合は、信頼できる家族や親族に一時的な立て替えを頼む方法があります。後日労災保険から確実に還付されることを説明すれば、支援を得られる可能性が高いでしょう。
前述の通り、労災保険が適用されれば最終的には医療費は全額補償されます。したがって、たとえ今は手元にお金がなくとも、立て替え払いしてもらった分は後日労災保険から返金される見込みがあります。身内であれば労災手続きを理解してもらいやすく、「後で必ず返せるお金」であることを説明すれば協力を得やすいでしょう。
経済的事情で10割負担が難しい場合には家族や親族に立て替えを依頼することを検討してくださいとされています。労災申請によって後日還付が受けられるため、そのことをきちんと説明すれば周囲から支援を得られる可能性は高いとも述べられています。
要は、一時的に周囲の助けを借りて乗り切り、しかるべき手続きによって費用を取り戻す戦略です。
方法3:労働基準監督署に相談し一時的な全額負担を避ける手続きを取る
治療費の全額立て替えがどうしても困難な場合は、直接労働基準監督署に申し出て、自己負担せずに請求できる手続きを利用する方法があります。多少手間はかかりますが、この制度を使えば金銭的余裕がなくても労災保険から給付を受けることが可能です。
通常、労災保険へ療養費を請求するには、一度自分で医療費全額を支払った上で払い戻しを受ける流れになります。しかし経済的事情で立て替えができない場合、労働基準監督署が間に入って立て替えなしで請求できる方法が用意されています。
具体的には、健康保険を一時的に利用してしまったケースなどで、労災への切り替え時に本人負担を省略できる調整手続きを行ってくれるものです。これにより、被災労働者は自ら全額を用意しなくても、労災保険からの給付を受けられるようになります。
厚生労働省の資料によれば、「一時的に医療費の全額を自己負担するのが困難な場合」は労働基準監督署へ申し出ることで、自己負担せずに請求する方法もあると明記されています。
実際の手続きは多少複雑ですが、専門誌の解説では次のような流れと紹介されています。
- 労働基準監督署に相談し、「いったん全額を自己負担せず労災保険に請求したい」旨を申し出る。
- 監督署が健康保険の保険者(協会けんぽや健康保険組合)と調整し、健康保険側が負担した医療費の返還額を確定します。
- 健康保険の保険者から労災用の医療費返還通知書が届きます。
- その通知書と必要書類を添えて労働基準監督署で労災保険の療養給付費請求(様式第7号等)を行います。
このように段階を踏むことで、お金を用意できなくても労災保険の給付請求が可能となります。
労災病院や労災指定病院に切り替える手続き
前述の方法1で触れた労災指定医療機関への転院について、その具体的な手続きを確認します。適切に手続きを行えば、転院後の医療費は労災保険から直接支払われ、自己負担なく治療が継続できます。
1.指定病院を探し、紹介状をもらう
まず、現在受診中の病院が労災指定かどうかを確認しましょう。厚生労働省のホームページ等で労災保険指定医療機関を検索できます。もし今通っている病院が未指定であれば、近隣の労災病院または指定医療機関を探します。転院にあたっては、今の主治医に事情を説明し紹介状を書いてもらうことが大切です。紹介状があれば、転院先でスムーズに治療の続きを受けられます。紹介状なしに飛び込むと、診療情報が伝わらず余分な検査や時間がかかる恐れがあります。
2.労災指定病院での手続き
転院先の労災病院または労災指定病院では、労災保険を使った治療費支払いの手続きを行います。具体的には以下の書類を病院窓口に提出する必要があります。
- 業務災害の場合:「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」
- 通勤災害の場合:「療養給付たる療養の給付請求書(様式第16号の3)」
これらの用紙は厚労省のサイトからダウンロードできるほか、最寄りの労働基準監督署でも入手できます。記載例を参考にしながら必要事項を記入し、転院先病院の窓口に提出しましょう。提出後は、病院が労災保険に直接医療費を請求してくれるため、以降の治療費について患者の支払いは発生しません。
3.事業主の証明をもらう
上記の請求書類には、勤務先(事業主)の証明欄があります。労災であることを会社側に証明してもらう必要があるため、用紙を会社に持参し会社の担当者(上司や労務担当者)に記入・押印してもらいましょう。会社が労災申請に非協力的な場合でも、労働者本人が監督署へ申請することは可能です。
その際は監督署に事情を説明し、証明欄が空欄でも受理してもらえる場合があります(ただし後日、監督署から会社への照会が行われます)。事業主の協力が得られればベストですが、難しい場合は労働基準監督署に早めに相談してください。
以上の流れで転院・手続きを済ませれば、以降の治療費はすべて労災保険負担となり、窓口でお金を支払う必要はなくなります。なお、転院前に自身が立て替えた医療費がある場合は、別途「療養補償給付たる療養の費用請求(様式第7号)」等を用いて労災保険に還付請求を行いましょう。領収書の原本が必要になるので、立て替え分の領収書は捨てずに保管してください。
その他の補償
労災保険からは治療費や休業補償など様々な給付が受けられますが、それだけでは十分でない損害もあり得ます。ここでは、労災保険以外で受け取れる可能性のある補償を3つ紹介します。労災保険ではカバーされない部分を埋めるための手段として覚えておきましょう。
その1:会社に対する損害賠償請求(慰謝料・逸失利益など)
労災事故について、会社側に法的な責任(安全配慮義務違反など)がある場合は、労災保険の給付とは別に会社に対して損害賠償請求ができる可能性があります。
労災保険では、治療費や休業補償など実費的な損失は補填されますが、精神的苦痛に対する慰謝料や、後遺障害・死亡による将来の逸失利益までは含まれていません。そこで、会社に過失があるケースでは慰謝料や逸失利益を別途請求し、被災労働者は追加の補償を受け取れる可能性があります。
建設現場で安全対策が不十分なまま高所作業をさせられ墜落事故が起きた場合を考えます。労災保険から治療費や休業補償は支給されますが、被災者の長期療養による昇給機会の喪失や、負傷による精神的苦痛といった損害はカバーされません。
そこで、会社の安全配慮義務違反を理由に慰謝料や逸失利益の賠償を求めれば、数百万円規模の示談金が支払われた例もあります(裁判例による金額はケースにより異なります)。このように労災保険では足りない部分を会社に補償してもらう道があるのです。会社への損害賠償請求を検討する際は、証拠集めや法的主張が専門的になるため弁護士に相談することが不可欠です。
その2:第三者(加害者)への損害賠償請求
労災事故の中には、会社以外の第三者の行為によって生じた事故もあります。典型例が通勤途上の交通事故です。こうした場合、労災保険から給付を受けるだけでなく、事故の加害者(第三者)に対して民事上の損害賠償請求が可能です。労災保険はあくまで労働者とその雇用主との関係で成り立つ制度ですが、第三者に法的賠償責任がある場合、それとは別枠で被害回復を図ることが認められています。
労災事故の原因が第三者による不法行為にある場合、その第三者に対して損害賠償請求できる可能性があります。例えば業務中に交通事故に遭ったケースでは、事故の相手方(加害者)に対し治療費・休業損害・慰謝料などを請求することになります。請求項目としては、医療費や働けなかった間の収入減(休業損害)、労災では補填されない慰謝料や将来の逸失利益など、多岐にわたります。
労災保険ですでに給付を受けている部分(例えば治療費や休業補償の一部)については、後で保険側と加害者側の間で清算(求償)が行われる仕組みがあります。したがって被災者としては、労災と第三者賠償の両方から必要な補償を受け取ることが可能です。
その3:健康保険等の公的制度による補償(傷病手当金・障害年金など)
労災と認められれば労災保険から手厚い補償が受けられますが、万一労災認定がされなかった場合や、労災給付でカバーされない状況では、他の公的補償制度に頼る選択肢もあります。
代表的なものが健康保険の傷病手当金と公的年金の障害年金です。労災でない一般傷病として扱われた場合、健康保険から所得補償として傷病手当金(給料の2/3相当額)が支給される可能性があります。また、ケガや病気により重い障害が残った場合には、国の年金制度から障害年金を受給できる場合があります(労災保険の障害補償給付とは別枠で、公的年金の加入状況に応じ支給)。
一方、障害年金については、労災事故かどうかに関わらず障害状態になれば公的年金から給付が出る可能性があります。例えば厚生年金に加入している労働者が労災事故で後遺障害等級に該当する障害を負った場合、労災保険の障害(補償)給付とは別に障害厚生年金を請求でき、要件を満たせば両方の給付を受け取れます(一定の調整はありますが併給可能です)。このように、公的保険・年金制度も労災以外で被災者を支える仕組みを提供しています。
まとめ:労災のプロに相談しよう
労災事故による治療費が一時的に10割負担となってしまっても、慌てる必要はありません。労災保険の正しい手続きを踏めば、立て替えた医療費は後から全額補償されます。払えない場合でも、今回紹介したように労災指定病院への切り替えや監督署での調整手続きなどで自己負担を極力減らす方法があります。
さらに、労災保険だけでは足りない損害についても、会社や第三者への賠償請求、公的保険制度の利用といった追加の補償手段が存在します。
とはいえ、労災申請の手続きや会社への請求交渉には専門知識が必要です。少しでも不安がある場合は、労災問題に詳しいプロ(弁護士や社会保険労務士)に相談することを強くおすすめします。
専門家であれば、適切な手続きを指導してくれるのはもちろん、会社との交渉や証拠収集、書類作成まで包括的にサポートしてくれるでしょう。実際、労災の損害賠償を会社に請求する際には、まず弁護士に相談することが不可欠だとする指摘もあります。労災のプロに相談することで、あなたの権利を最大限に守り、経済的・精神的負担を軽減することができます。
困難な状況だからこそ一人で抱え込まず、信頼できる機関や専門家の力を借りてください。適切な対応を取れば、必ずや治療に専念できる環境と正当な補償を手にできるはずです。万が一労災事故に直面した際には、本記事の情報を思い出しつつ、早めに行動に移しましょう。そして必要に応じて労災のプロフェッショナルに相談し、安心して治療と復帰に取り組んでください。