競業避止の誓約書作成とサインを求める際の注意点

競業避止の誓約書作成とサインを求める際の注意点

「競合他社への転職」や「競合する企業の設立」などの競業行為を行わない義務を、競業避止義務といいます。競業避止義務については、入社時及び退職時の誓約書や就業規則に競業禁止を規定するのが一般的です。特に退職者の競業避止義務について、頭を悩ませる企業も多いでしょう。

「競業行為を未然に防ぐには、誓約書に何をどう記載したらよいのか」「就業規則にはどのような規定が必要か」など知りたい経営者や法務担当者もいるのではないでしょうか。今回の記事では、競業避止に関する誓約書の作成方法や誓約までの流れ、有効な誓約書にするためのポイントなどを解説します。

競業避止義務とは

競業避止義務とは、企業が従業員に対して課す、「競合他社への転職」や「競合する企業の設立」など、企業が行っている事業と競業する行為等を行わない義務のことです。

在職中の従業員は労働契約に伴う競業避止義務を負いますが(労働契約法第3条第4項参照)、退職者には「職業選択の自由(憲法第22条第1項)」が保障されているため、企業が退職後の業務を広範に制限することができないと考えられています。

もっとも、「業務上知り得た情報の漏えい」や「退職後、自社の顧客情報を使った営業」などにより会社に損害を与える事態は見逃せることではありません。そこで、適切な範囲で競業避止義務を就業規則に規定し、従業員が正しく認識できるよう、入社時だけでなく、退職時にも誓約書を交わすことが求められます。

転職が一般化し、「いかに自社の利益を不当な侵害から守り、機密情報にまつわるリスクを管理するか」が企業にとっての課題となっている中、このように、競業避止義務に関する誓約書を従業員と取り交わす企業が増えてきています。一方で、誓約書の記載内容が法的に問題のあるものとなっていると競業避止義務の有効性が認められないため、注意が必要です。

競業避止義務の有効性を判断する6つの基準と裁判例

競業避止義務を定めた誓約書は、法的に有効なものでなければなりません。「どのようなケースが競業行為として認められるのか」について過去の裁判例から傾向をつかんだうえで、契約書を作成するのが望ましいです。

なお、退職後の従業員には職業選択の自由や営業の自由が保障されているため、これらを不当に制限する競業避止義務は無効となる可能性があります。具体的には、6つの判断基準を中心に個別の事情と照合し、総合的に検討して競業避止義務の有効性が判断されると考えられています。

競業避止義務の有効性を判断する6つの判断基準

判断基準考慮するポイント
①守るべき企業の利益営業秘密や営業情報、技術、ノウハウなど、企業に保護されるべき正当な利益があるか
②従業員の地位守るべき利益を保護するために競業避止義務を課す必要がある従業員であったか
③地域的な限定業務の性質などに照らして合理的な絞り込みがなされているか
④義務の存続期間●従業員の不利益の程度を考慮したうえで、業種の特徴や守るべき企業の利益を保護する手段として合理的か
●退職後1年以内であれば有効性を認められることが多いが、「退職後2年以上」の場合には有効性が認められにくい
⑤禁止される競業行為の範囲●守るべき企業の利益と整合性が取れているか
●競合企業への転職を一般的・抽象的に禁止するだけでは合理性が認められにくい
●「在職時の顧客への営業活動の禁止」などと限定することで有効性が高まる
⑥代償措置が講じられているか●競業避止義務を課すことへの代償措置が何もない場合には有効性を否定される傾向にある
●退職金の上乗せや秘密保持手当の支給など、代償措置を講じることにより、有効性が高まる

出典:「競業避止義務契約の有効性について」経済産業省

ここからは、競業避止義務が「認められた裁判例」と「認められなかった裁判例」をもとに、どのような点で有効性の有無が判断されたのかを見ていきましょう。

競業避止義務が認められた裁判例

ヴォイストレーニングを専門的に行う教室を開いている会社に講師として勤務していた者が、同社の講師を辞めた後、新たに教室を開講し、同様の事業を始めたことについて、競業避止合意に基づく競業避止義務に違反するとして、同講師が運営する教室の宣伝、勧誘等の営業行為を行うことの差止めを求めた事案をにおいて、その指導内容や方法、生徒を集めるための方法などのノウハウの保護の必要性等が争点となった裁判例(東京地方裁判所平成22年10月27日判決)では、競業避止義務が認められました。この裁判例について、有効性を認めるポイントになった「①守るべき企業の利益」「②従業員の地位」「④義務の存続期間」の内容を紹介します。

有効性が認められたポイント

①守るべき企業の利益
「ヴォイストレーニングを行うための指導方法・指導内容及び集客方法・生徒管理体制についてのノウハウ」は、原告の代表者によって「長期間にわたって確立されたもので独自かつ有用性が高い」と判断。

②従業員の地位
原告は、「指導方法及び指導内容等についてノウハウを伝授されたのであるから、本件競業避止合意を適用して原告の上記ノウハウを守る必要があることは明らかであり、被告が週1回のアルバイト従業員であったことは上記判断(競業避止義務契約の合理性、有効性が認められること)を左右するものではない」と判断。

④義務の存続期間
ヴォイストレーニングに係る教育支援業における事案で、指導方法・指導内容及び集客方法・生徒管理体制についてのノウハウは、長期間にわたって確立されたもので独自かつ有用性が高いと判断しており、そのために退職後3年間の競合行為禁止期間も、目的を達成するための必要かつ合理的な制限であると判断。

出典:「競業避止義務契約の有効性について」経済産業省

競業避止義務が認められなかった裁判例

人材派遣業の元従業員が、退職直後に同業他社の会社に就職したこと及び元勤務先会社の信用に関する虚偽情報を伝えて元勤務先会社と派遣社員との契約を解消させたなどとして競業避止義務違反に問われた事案において、使用者の事業内容や、職業選択の自由に対する制約の程度が争点となった裁判例(大阪地方裁判所平成24年3月15日判決)では、「本件競業避止義務の内容が必要最小限の範囲であり、当該義務を従業員に負担させるに足りうる事情が存在するとは認めることができない」として、競業避止義務が認められませんでした。この裁判例について、有効性が否定されたポイントである「③地域的な限定」「⑥代償措置が講じられているか」の内容を紹介します。

有効性が否定されたポイント

③地域的な限定
「本件誓約書における競業避止義務においては、退職後6か月間は場所的制限がなく、また2年間は在職中の勤務地又は『何らかの形で関係した顧客その他会社の取引先が所在する都道府県』における競業及び役務提供を禁止しているところ、原告在職中に九州及び関東地区の営業マネージメントに関与していた被告Bについては、少なくとも退職後2年間にわたり、九州地方及び関東地方全域において、原告と同種の業務を営み、又は、同業他社に対する役務提供ができないことになり、被告Bの職業選択の自由の制約の程度は極めて強い」と判断。

⑥代償措置が講じられているか
「競業避止義務等を課される対価として受領したものと認められるに足りるのは月額3000円の守秘義務手当のみである」として否定的に判断。

出典:「競業避止義務契約の有効性について」経済産業省

競業行為のリスクと現実的な対応策

退職者が同業他社へ転職、または独立して競合事業を展開し、既存の顧客や取引先を奪うケースは決して稀ではありません。こうしたリスクに対しては、「競業避止契約」を活用した法的な防衛が必要です。

ただし、競業を一律に禁止することは、憲法で保障された「職業選択の自由」に抵触する恐れもあります。企業としては、業種や従業員の立場に応じて、制限の対象を「本当に守りたいコア領域」に絞り込むことが求められます。

実効性を高める制限範囲の設計ポイント

競業避止の対象範囲は、「業界全体」などの漠然とした指定ではなく、以下のように具体性を持たせることが重要です。

 【地理的な限定】自社が実際に営業活動を展開している地域に限る
 【業務の限定】自社の強みである事業分野・情報に関連する業務のみ対象
 【関係者との取引制限】既存の顧客への営業禁止、従業員の引抜き防止

このように、企業の正当な利益と退職者の自由のバランスを保つことが、契約の有効性を担保します。

【応用編】営業秘密と連動した誓約条項の設計

競業避止誓約書には、単なる「競業の禁止」だけでなく、営業秘密の漏洩や不正使用を防止する条項も盛り込むべきです。

営業秘密とは、不正競争防止法により保護される情報であり、「秘密として管理されていること」「事業活動に有用であること」「公然と知られていないこと」の3要件を満たす必要があります。顧客情報や技術情報、販売戦略などが該当します。

営業秘密として不正競争防止法の保護を受けられれば、元従業員などによる不正な使用・開示に対して、差止請求や損害賠償請求が可能となります。刑事罰の対象にもなり得るため、抑止効果が高く、企業の重要な情報資産を法的に強力に守ることができます。

たとえば、顧客情報、技術情報、営業戦略 などは、自社の中核を成す機密情報であり、NDA(秘密保持契約)と合わせて管理体制を強化することが推奨されます。競業避止と営業秘密は表裏一体といえる存在であり、二つを組み合わせた契約構成が最も有効です。

競業避止義務の規定から誓約するまでの注意点

実際、従業員と競業避止義務の誓約書を交わす際は、どのような対応が必要となるのでしょうか。競業避止義務の規定から誓約するまでの注意点を2つ紹介します。

就業規則や雇用契約書に規定する

従業員に対する競業避止義務は、就業規則や雇用契約書に規定しましょう。

競業避止義務について、従業員全員を課したいときは、就業規則に規定しましょう。もちろん、禁止される競業の範囲・内容などは役職などによって変わるものですので、別に禁止する競業の範囲・内容を記載した誓約書を作成して、各従業員に署名・捺印をしてもらいましょう。

競業避止誓約書は早期の段階で締結する

従業員が退職するタイミングで、競業避止誓約書を交わそうという会社は少なくありませんが、本来的には、採用や昇進時に誓約書を交わしておくのが一般的です。退職するタイミングでは、従業員との関係性が壊れたりして署名・捺印することを拒否される可能性が高いと思われますし(従業員が署名・捺印する義務はありません)、有効性にも疑問が持たれます。そのため、以下のような早期の段階で締結することが望ましいです。

・入社時
・昇進時
・重要プロジェクトへの配属時
・社内システムや情報へのアクセス権付与時

これにより、従業員の意識付けと同時に、企業側の法的保護を強化できます。特に情報資産の価値が高まる昨今では、情報管理部門と法務部門の連携が重要です

【雛形付き】競業避止に関する誓約書の作成方法

競業避止に関する誓約書にはどのような内容を記載すればよいのでしょうか。具体的な記載内容例と、「就業規則」「雇用契約書」および「誓約書」への記載例を紹介します。

具体的な記載内容例

競業避止義務を追わせるには、対象者が「どのような分野について」「どのような行為を」「どこで」「どの期間」行わないかを具体的に記載しましょう。

具体的には、「競業避止義務」の項目に「競業禁止の義務を負う期間を、契約終了後の一定期間などに限定する」「競業事業を行ってはならない地域を限定する」などと規定しましょう。

就業規則への記載例

次に、就業規則への記載例です。

第〇条 (競業避止義務)従業員が在職中及び退職後6カ月間、会社と競合する他社に就職及び競業する事業を営むことを禁止し、在職中の副業や兼業においては当社の事業との利益相反がないことを条件に認める。ただし、従業員が会社と個別に竸業避止義務について合意または誓約した場合には、当該合意または誓約によるものとする。

※以下、個別合意(誓約書)の例

貴社を退職するにあたり、退職後1年間、貴社からの許諾がない限り、次の行為をしないことを誓約いたします。
①貴社で従事した〇〇の開発に係る職務を通じて得た経験や知見が貴社にとって重要な企業秘密ないしノウハウであることに鑑み、当該開発及びこれに類する開発に係る職務を、貴社の競合他社(競業する新会社を設立した場合にはこれを含む。以下、同じ)において行いません。
②貴社で従事した〇〇に係る開発及びこれに類する開発に係る職務を、貴社の競合他社から契約の形態を問わず、受注ないし請け負うことはいたしません。

雇用契約書への記載例

雇用契約書への記載例です。

第〇条 (競業避止義務)従業員は在職中及び退職後6カ月間、会社と競合する他社に就職及び競業する事業を営まないことを誓約する。ただし、従業員が会社と別途竸業避止義務について合意または誓約した場合には、当該合意または誓約によるものとする。

※以下、個別合意(誓約書)の例

貴社を退職するにあたり、退職後1年間、貴社からの許諾がない限り、次の行為をしないことを誓約いたします。
①貴社で従事した〇〇の開発に係る職務を通じて得た経験や知見が貴社にとって重要な企業秘密ないしノウハウであることに鑑み、当該開発及びこれに類する開発に係る職務を、貴社の競合他社(競業する新会社を設立した場合にはこれを含む。以下、同じ)において行いません。
②貴社で従事した〇〇に係る開発及びこれに類する開発に係る職務を、貴社の競合他社から契約の形態を問わず、受注ないし請け負うことはいたしません。

従業員に競業避止について効果的に機能させるポイント

合意がより功を奏するために、押さえておきたい2つのポイントを紹介します。

重要なプロジェクトへの参加時や昇進時の書面に入れ込む

従業員には退職時に競業避止義務の誓約書を取り交わす義務はないため、誓約書の提出を拒否されてしまう恐れもあります。そのため、例えば、従業員が昇進するタイミングで、競業避止義務や守秘義務を負っていることを誓約させることが合理的だと思われます。

競業避止義務と関連する「秘密保持義務」についても誓約書を交わす

従業員の中には、在職中に得た顧客情報などの秘密を、自分のノウハウのように錯覚する退職者もいるでしょう。競業行為や情報漏えいなどが起こってから「競業行為の差止め」や「損害賠償責任」を求めるとしても、競業避止義務と関連する「秘密保持義務」についても誓約書を交わし、競業行為や情報漏えい対策をしておく必要があります。

秘密保持義務を課す際は、「営業秘密」や「業務上知り得た情報」と記載するだけでは、情報の特定が不十分として、不正競争防止法上の「営業秘密」として保護の対象とされない可能性があります。そのため、自社の業務内容や実際の情報の性質を踏まえて、保護する情報を具体的に記すことが重要です。

「保護する情報の具体化」に際しては、専門的な知識が要求されるため、弁護士をはじめとする外部の専門家に相談することをおすすめします。

専門家と連携して競業避止誓約書を整備する

競業避止誓約書の有効性を高めるためには、以下の3点が必須です。

 【1.契約の合理性】企業の利益と従業員の自由を両立させる
 【2.限定性】過度な制限を避け、正当な範囲に限定
 【3.実効性】代償措置や具体的な条項を盛り込むことで、法的効果を高める

これらを実現するためには、契約法や労働法に精通した弁護士の支援が不可欠です。専門家と連携し、裁判例や業界の慣習に基づいた文面作成を行いましょう。

競業避止誓約書は「営業秘密」とセットで設計を

競業避止誓約書を有効に機能させるためには、営業秘密と一体で考える視点が不可欠です。契約の文面には、「制限範囲」「期間」「地域」「業務内容」「代償措置」などを具体的に明記することで、不正競争防止法により保護されるため、法的リスクを抑えることができます。

企業にとって最も守るべき価値は、ノウハウや情報資産です。退職者による不正な競業や情報流出を防ぐためにも、法的根拠に基づいた誓約書の整備を急ぎましょう。

ブライトでは、企業の競業避止対策をトータルでサポートしています。誓約書の作成・見直しをご希望の方は、ぜひお気軽にご相談ください。

本記事は、一般的な情報の提供を目的とするものであり、個別案件に関する法的助言を目的とするものではありません。また、情報の正確性、完全性及び適時性を法的に保証するものではありません。
なお、本記事の内容に関する個別の質問や意見などにつきましては、ご対応できかねます。ただし、当該記事の内容に関連して、当事務所へのご相談又はご依頼を具体的に検討されている場合には、この限りではありません。
  • 記事カテゴリ
  • 成功事例
    インタビュー
契約
人事労務
債権回収
消費者
炎上
会社運営

準備中