「腱鞘炎で労災認定を受けるのは難しい」と耳にしたことはないでしょうか。パソコン作業や工場での反復作業など、仕事が原因で手首や指に痛みが出ても、本当に労災(労働災害)として認められるのか不安に感じる方も多いようです。
実際、腱鞘炎は 業務上疾病(仕事が原因の病気)として労災認定されることがありますが、そのハードルは決して低くありません。
本記事では、腱鞘炎が労災認定されにくいと言われる理由とその背景、労災として認められるための基準、国内で実際に認定された事例、そして労災申請時の注意点について詳しく解説します。労働基準監督署や厚生労働省の公的資料も参照しながら、腱鞘炎の労災認定に関する疑問にお答えします。それでは詳しく見ていきましょう。
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腱鞘炎の労災認定が難しいと言われる理由
腱鞘炎が労災として認められるのは簡単ではなく、しばしば困難だと言われます。これから、その主な理由を3つに分けて説明します。
理由1:慢性的な障害で“一瞬の事故”ではなく、業務起因性の立証が難しい
腱鞘炎は転倒や機械によるケガのような突発的な事故ではなく、長期間の蓄積によって発症する慢性的な障害です。そのため「いつ、どの瞬間に怪我をしたのか」が明確ではなく、仕事との因果関係(業務起因性)を証明しづらい傾向にあります。
実際、現場の声として「慢性疾患になりうるような疾患は労災認定が難しい」といわれることもあります。労災認定では通常、業務と傷病との明確な結びつきを求められるため、徐々に悪化する腱鞘炎では業務が原因と断定できる証拠の収集が難しく、申請が敬遠されがちなのです。
理由2:日常生活や加齢による要因と区別がつきにくい
腱鞘炎の症状(手首や指の腫れ・痛み)は、仕事以外の日常生活でも生じうるものです。例えば家事や育児、スポーツなどで手を酷使する機会は誰にでもありますし、加齢に伴う「五十肩」のような症状として現れることもあります。つまり、「本当に仕事だけが原因なのか?」という点で私生活上の要因と区別するのが難しいのです。
この背景から、厚生労働省は上肢障害(腱鞘炎を含む)について労災認定の厳格な基準を設けており、労災と認められるにはその3つの要件すべてを満たす必要があるとしています。私的な趣味(例:楽器演奏やスポーツ)や既往症がないかも調査され、仕事以外の原因でないことを総合的に確認するため、認定までのハードルが高くなりがちです。
理由3:認定基準への適合と証拠集めに高いハードルがある
労災認定を受けるには、公的基準を満たしていることを客観的に証明しなければなりません。腱鞘炎の場合、前述の3要件に合致する事実関係(作業期間や業務量など)を数字や記録で示す必要があります。「なんとなく仕事が忙しかった」という感覚的な主張では認められず、医師の診断書に「業務が原因」と明記されているか、どの程度の期間・時間その作業に従事したか、他の同僚にも同様の症状が出ていないか等、細かな点まで審査されます。
これらをすべて揃えるのは労働者側にとって大きな負担です。また、労災申請には本来会社の協力も必要ですが、労災が認定されると企業イメージの低下や保険料増加につながるため、必ずしも積極的に協力してくれないケースもあります。
このように、立証と手続きの両面で高いハードルが存在することが、腱鞘炎の労災認定が難しいと言われるゆえんです。
腱鞘炎が労災として認められる基準
では、腱鞘炎(上肢障害)が労災と認定されるための基準とは具体的にどのようなものなのでしょうか。厚生労働省は「上肢作業に基づく疾病」の労災認定基準として次の3つの要件を定めています。すべて満たす場合に業務上の災害と認められる可能性が高まります。
- 上肢等に負担のかかる作業を主とする業務に、相当期間(おおむね6か月以上)従事した後に発症したこと。
腕や手に負荷がかかる作業(例えばパソコンでのキーボード入力、重い物の運搬や積み下ろし、組立作業、調理、ミシン作業など)を長期間続けた後に症状が出た場合です。「相当期間」とは原則6か月以上を指すとされています。ただし作業内容や負荷によっては6か月未満でも認定例があり、短期間でも極めて過重な作業で発症した場合は考慮されます。 - 発症前に過重な業務に就いていたこと。
症状が出る直前の時期に、通常よりも大幅に多い業務量をこなしていた事実が必要です。厚労省の基準では例えば、「1日の業務量が通常より20%以上多い日が1か月に10日程度あり、それが約3か月続いた」場合などが「過重な業務」に該当するとされています。また、同僚など同種の労働者と比べて明らかに業務量が多かったかも判断材料になります。要するに、発症直前に一時的な繁忙や長時間労働など特別な負荷がかかっていたことが必要です。 - 過重な業務と発症との時間的経過が医学的に妥当であること。
重い業務に就いた直後またはその期間中に症状が現れていること、医学的に見て因果関係が妥当と判断されることが求められます。一般的には、過重労働が続いた期間のすぐ後に発症しているかがポイントです。極端に時間が空いている場合などは、「業務が原因とは考えにくい」と判断される可能性があります。
以上の3点が認定の必須条件です。裏を返せば、「長期間にわたる腕の酷使」「直前期の明らかな業務量増大」「発症時期の整合性」という3つが揃って初めて、労働基準監督署も業務起因性を認めやすくなるということです。
日本国内で腱鞘炎が労災として認められたケースはあるのか?
結論から言えば、腱鞘炎が労災と認定されたケースは実際に存在します。数は多くありませんが、適切な証拠を揃え要件を満たせば認定された例が報告されています。厚生労働省の公表資料にも、労災認定された具体例が紹介されています。その一つは事務職員の腱鞘炎です。
ある事務職のAさんは、1時間あたり約100件というハイペースでパソコン入力作業を続けていたところ、肘から指先にかけて痺れと痛みが生じ、医師に「腱鞘炎」と診断されました。調査の結果、同僚の平均が1時間80件程度だったのに対しAさんは常に25%ほど多い件数を処理しており、同種の労働者より業務量が10%以上多かったことが確認されました。そのため「過重な業務による発症」と認められ、労災認定されています。
また、伝統産業である畳職人のケースでも労災が認められた例があります。東京で畳製造を請け負っていたAさん(自営業、第2種特別加入者)は、繁忙期に畳の製作・搬入作業で腕を酷使した結果、両手首に強い痛みが出て腱鞘炎を発症しました。
労働基準監督署への申請から約4か月後、Aさんの腱鞘炎は業務上疾病(労災)と正式に認定されました。このケースでは単に「畳を作った枚数」だけで過重性を判断しなかった点が特筆されます。
発症前の直近1週間の生産枚数は突出していなくても、畳を担いで運ぶ距離や階段の上り下り、季節ごとの繁忙期(年度末の3~4月や秋の繁忙期)による負荷蓄積などが総合的に考慮され、「長期間にわたる過重作業」があったと評価されました。このように実務では、形式的な数字に表れにくい負担も含めて審査が行われ、要件を満たせば労災と認められることがあるのです。
以上のような事例は他にも、製造業での反復作業中に発症したケースや、作業療法士が担当患者急増により肘を痛めたケースなど複数報告されています。重要なのは、「仕事が原因」と客観的に示し得る資料が揃っていることです。裏を返せば、条件を満たせば腱鞘炎でも労災保険による救済を受けられる可能性が十分にあるということでもあります。
腱鞘炎で労災の申請を行うときの注意点
腱鞘炎を労災申請する際には、以下のポイントに注意することで認定される可能性を高め、手続きをスムーズに進めることができます。ここでは主な注意点を3つ紹介します。
注意1:症状が出たら早めに報告・申請し、時効に注意する
まず大切なのは、早期対応です。手首や指に痛みを感じ始めたら我慢せず、できるだけ早く上司や担当部署に症状を報告しましょう。また、「ただの疲れだろう」と放置せず病院で診断を受けてください。
その上で業務が原因と考えられる場合は、早めに労災申請手続きに着手することが重要です。症状が慢性化してからでは、仕事との因果関係の証明が一層難しくなる可能性があります。
事後になって過重労働を証明する資料を集めるのは困難ですし、労災保険給付には時効(請求期限)もあります。例えば療養補償給付や休業補償給付は、原則として傷病が治癒した翌日から起算して2年間で請求権が消滅します。
後になって「やはり労災だったかも…」と気付いても手遅れにならないよう、症状が出た段階で早め早めに動くことが肝心です。
注意2:業務状況の記録と客観的な証拠収集を徹底する
労災認定では客観的な証拠が何より重要です。業務内容や作業時間の記録、繁忙期の業務量のデータ、タイムカードや日報など、仕事の実態を示す資料を可能な限り集めましょう。
感覚的な訴えだけでは業務起因性は認められにくいため、「〇月は通常より○割増の生産量をこなした」「繁忙期に残業が月○時間に及んだ」など、数値で裏付けられた事実データを用意することが労災認定のコツになります。
また、医療機関の診断書や治療記録も重要な証拠です。診断書には可能であれば「長期間の反復作業による腱鞘炎である」等、業務との因果関係について言及してもらえるようお願いしましょう。診療明細やMRI・レントゲン画像の所見なども保管しておきます。
その他、痛みで作業に支障が出ている様子を示す写真・動画、同僚の証言書なども有効な裏付けとなる場合があります。要するに、「仕事でこれだけ手を使っていた」という事実を客観的資料の束として示すことが大切です。
注意3:会社の協力が得られない場合は専門家に相談する
労災申請の手続きそのものも煩雑ですので、専門家への相談も視野に入れましょう。労災に詳しい弁護士や社会保険労務士に依頼すれば、必要書類の整備や的確なアドバイスを受けられます。とくに初めて労災申請する場合、プロのサポートがあると心強いです。
また、会社の対応にも注意が必要です。本来、会社は従業員の労災請求に協力すべき立場ですが、現実には労災記録が付くことを嫌がり消極的な態度を示す例もあります。労災が認定されると職場の安全配慮義務が問われたり、労災保険料が増加したりするため、残念ながら労災隠しや申請妨害が起きるケースもゼロではありません。
もし会社に相談しても協力してくれなかったり、「大したことないから申請しなくていい」などと言われたりした場合でも、労災申請をあきらめる必要はありません。労働者には労災保険請求の権利が保障されています。会社が非協力的なときは、直接労働基準監督署に相談しましょう。
労基署は労災申請の窓口であり、会社を経由せずとも相談・申請に応じてくれます。必要に応じて会社への指導も行ってくれますし、社会保険労務士を紹介してくれることもあります。
専門家や公的機関の力を借りて、適切な補償を受けられるよう動いてください。
まとめ:まずは専門家に意見を聞いてみよう
腱鞘炎の労災認定は確かにハードルが高く感じられますが、仕事が原因であることが明確に証明できれば認定の可能性は十分にあります。ポイントは、そのための公的基準と必要書類をしっかり押さえることです。本記事で述べたように、労災認定には明確な要件がありますので、自分のケースがそれに当てはまるかどうかを冷静に整理しましょう。
その上で、不安な点や手続き上の疑問があれば、遠慮せずに労働基準監督署や専門の社労士・弁護士に意見を聞いてみることをおすすめします。厚生労働省も、上肢障害の労災認定については「詳しくは最寄りの都道府県労働局や労働基準監督署へお問い合わせください」と案内しています。
プロに相談すればケースごとの具体的なアドバイスが得られますし、申請書類の作成もスムーズです。まずは一人で抱え込まず、信頼できる専門家の力を借りながら、適切な補償を受けられる道を探ってみてください。労災保険は労働者の権利ですので、必要なときには遠慮なく制度を活用しましょう。