「会社の事業の一部を別会社に切り出したい。新設分割という手段があると聞いたが、株主総会決議が必要なら時間も労力もかかる」「グループ再編で簡易新設分割を使えると効率的らしいが、どんな要件なのか分からない」——M&A・事業承継・グループ再編を検討する経営者から、しばしばご相談いただくテーマです。
このページでは、約120社の顧問契約を担当する弁護士法人ブライトが、新設分割のうち**簡易要件**を満たす場合に活用できる「簡易新設分割」のスキームを、要件・手続・注意点・実務での落とし穴まで実務目線で解説します。
簡易新設分割は、要件を正しく満たせば株主総会決議も反対株主の買取請求権も不要となり、事業切り出しのスピードを劇的に上げられる強力なスキームです。一方で「うっかり要件を外して通常の新設分割になってしまう」「労働組合への通知・公告を怠る」等のミスも頻発するため、初期設計が極めて重要です。
この記事でわかること
- 新設分割の基本構造と「簡易」になる要件
- 簡易新設分割で省略できる手続(株主総会・反対株主買取請求権・株主通知)
- 簡易要件を満たさない場合の通常新設分割との違い
- 労働契約承継法による従業員への通知義務
- 事業譲渡・吸収分割との使い分け
この記事のポイント
- 簡易要件は「承継させる資産の合計額が分割会社の総資産額の5分の1以下」
- 株主総会不要・反対株主買取請求権なし・株主通知公告も不要となる
- 労働契約承継法は簡易要件でも適用されるため、従業員通知は省略できない
新設分割とは
新設分割とは、既存の会社(分割会社)が、自社の事業の全部または一部を、新たに設立する会社(新設分割設立会社)に承継させる組織再編行為です。会社法第2条第30号、762条以下に規定されており、M&A・事業承継・グループ再編・特定事業の独立等で活用されます。
類似のスキームに「吸収分割」(既存の会社に承継させる)「事業譲渡」(個別の権利義務を売買で移転)がありますが、新設分割の特徴は以下の通りです。
- 受け皿会社を新設するため、過去の取引関係や負債を切り離せる
- 承継対象の権利義務が一括で移転(事業譲渡のような個別承諾不要)
- 登記によって効力が発生(新設会社の設立登記+分割登記)
- 税制適格要件を満たせば適格組織再編として税負担を抑えられる
原則として新設分割には、株主総会の特別決議(出席株主の議決権の3分の2以上)が必要であり、反対株主には買取請求権が認められます。さらに分割会社の株主に対して通知または公告が必要で、債権者異議手続も並行して行います。これらの手続には最短でも1〜2ヶ月を要するのが通常です。
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簡易新設分割の要件
会社法第805条は、新設分割のうち一定の要件を満たすものについて、株主総会決議を省略できる「簡易新設分割」を定めています。要件は以下の通りです。
承継させる資産の合計額が、分割会社の総資産額の5分の1以下であること
分割会社が新設分割設立会社に承継させる「資産の額」が、分割会社の「総資産額」の5分の1(20%)以下であれば、簡易要件を満たします。なお、分割会社の定款で「20%」よりも厳しい数値(例:10%)を定めている場合はその数値が適用されます。
計算は分割会社の最終事業年度の貸借対照表を基準に行いますが、評価方法・含み損益の取扱い・のれん相当額の認定など、実務では論点が多数発生します。判定が微妙なラインの場合は、弁護士・公認会計士の助言を必ず得るべき場面です。
反対株主の買取請求権も発生しない
簡易要件を満たす新設分割では、分割会社の株主総会決議自体が不要となるため、それに連動する反対株主の買取請求権も発生しません。これが簡易新設分割の最大のメリットです。
株主への通知・公告も不要
通常の新設分割では、株主総会開催にあたっての招集通知や、反対株主買取請求権を行使するための株主通知が必要ですが、簡易新設分割ではこれらが不要となります。
簡易新設分割でも省略できない手続
簡易新設分割であっても、以下の手続は省略できません。むしろ、株主総会が省略される分、これらの手続のミスが致命的になりやすいため、専門家のリードが必要です。
債権者異議手続(債権者保護手続)
新設分割によって権利義務の承継が発生する以上、分割会社の債権者には影響があります。会社法第810条により、分割会社は以下のとおり債権者異議手続を実施する必要があります。
- 官報公告:1ヶ月以上の異議申立期間を設定して公告
- 知れている債権者への個別催告:原則必要(定款で日刊新聞・電子公告を別途定めている場合は省略可能)
異議申立期間は最低1ヶ月確保する必要があり、簡易新設分割であっても全体スケジュールを大きく短縮することは困難です。
労働契約承継法による従業員通知
新設分割では、分割対象事業に従事する従業員の労働契約も承継対象となります。労働契約承継法(会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律)により、分割会社は以下を実施する必要があります。
- 承継対象事業に従事する労働者への個別通知
- 労働組合への通知(労働組合があれば)
- 異議申立期間の設定(13日以上)
- 労働契約承継についての協議(5条協議・7条措置)
労働契約承継法は簡易要件の有無を問わず適用されます。従業員通知の漏れは、後日「労働契約が承継されていない」と主張されるリスクを生むため、絶対に省略できません。
許認可・資格の引き継ぎ手続
分割対象事業が建設業許可・古物商許可・宅建業免許等の許認可を要する場合、新設分割設立会社が当該許認可を取得する必要があります。許認可の種類によっては、新規申請から許可までに2〜6ヶ月を要するため、新設分割のスケジュールは許認可取得タイミングに引きずられます。
簡易新設分割が向く場面・向かない場面
向く場面
- 大企業が小規模事業を子会社として独立させる(資産規模が総資産の5分の1以下)
- グループ内で特定事業を再編する(既存子会社で受ける吸収分割と組み合わせるパターンも有効)
- 事業譲渡を検討したが、個別の権利義務承諾の取得が困難で、新設分割で一括承継したい
- 株主総会開催のスケジュールが取れない・株主構成が複雑で総会運営に懸念がある
向かない場面
- 承継させる資産が総資産の5分の1を超える(簡易要件を満たさない)
- 分割会社の株主全員の合意が容易に得られる場合(簡易にしなくても株主総会決議で問題ない)
- 新設会社の株主構成や定款を分割会社の株主と共有したい場合(簡易要件では細かい合意形成が難しい)
- 契約上「組織再編に株主総会決議を要する」旨の制約がある場合
事業譲渡・吸収分割との比較
事業の切り出しを検討する際、選択肢は新設分割のほかに事業譲渡・吸収分割があります。それぞれの特徴を整理すると以下の通りです。
- 新設分割:受け皿会社を新設・権利義務一括承継・株主総会決議が原則必要(簡易要件で省略可)・債権者異議手続あり・労働契約承継法適用
- 事業譲渡:既存の会社に売却・個別の権利義務承諾が必要・原則として株主総会特別決議が必要(事業の重要部分の譲渡時)・債権者異議手続不要・労働契約は新規雇用形式
- 吸収分割:既存の会社に承継・権利義務一括承継・株主総会決議が原則必要(簡易要件で省略可)・債権者異議手続あり・労働契約承継法適用
事業譲渡は手続が比較的シンプルですが、契約・許認可・労働契約・知的財産等の権利義務それぞれについて個別の承諾が必要となるため、対象事業に多数の権利義務が紐づく場合は時間がかかります。
一方、新設分割(特に簡易要件)は権利義務の一括承継ができるため、対象事業が大規模で権利義務が多数ある場合に有利です。
実務での注意点・落とし穴
① 5分の1要件のギリギリ判定
「総資産の5分の1以下」のラインがギリギリの場合、簿価評価か時価評価か、含み損益をどう扱うか、のれんはどうするか等の論点で判定が分かれます。後日税務調査や債権者からの異議で「実は5分の1を超えていた→簡易要件を満たさない→株主総会決議が必要だった→分割無効」と主張されるリスクを避けるため、税理士・公認会計士・弁護士の三者で評価するのが安全です。
② 労働契約承継法の通知期限
労働契約承継法では、対象労働者への通知は「異議申立期限の13日前まで」に行う必要があります。スケジュール設計時にこの「13日前ルール」を見落とすと、全体のクロージング日が押す原因になります。
③ 税制適格要件との整合性
簡易新設分割の手続要件と、税制適格組織再編の要件は別物です。両者を満たす必要がある場合、特に「分割会社の株主が新設会社の株式を継続保有する」「事業の継続性」「従業者の継続」等の税制適格要件を初期設計段階で整合的に設計しなければなりません。
顧問弁護士による組織再編支援
簡易新設分割を含む組織再編は、会社法・労働契約承継法・税法・許認可法・契約法が複合的に絡む高度な実務領域です。スキーム設計・要件判定・スケジュール管理・各種書面作成・登記まで、専門家のリードなしでは進められない場面が多くなります。
弁護士法人ブライトでは、顧問契約の中でM&A・組織再編の初期相談からスキーム選択・実行支援までを伴走しています。スポット案件としてのご相談も承っていますが、組織再編は事業の根幹に関わる意思決定であるため、顧問契約として継続的に関係を構築しているクライアントに対する支援が、最も精度の高い結果を生みます。
「事業の一部を切り出したい」「グループ再編を考えている」「事業譲渡か新設分割か迷っている」といった段階で、ぜひ一度ご相談ください。顧問弁護士の選び方 も併せてご参照ください。
まとめ
簡易新設分割は、要件を正しく満たせば株主総会・反対株主買取請求権・株主通知を省略できる強力なスキームです。スピード重視のグループ再編・事業切り出しに有効である一方、債権者異議手続・労働契約承継法・許認可承継等の省略できない手続が残るため、初期スケジュール設計と要件判定の精度が成功の鍵となります。
本記事の内容は実務概観であり、個別案件の判断は必ず弁護士・公認会計士に相談してください。
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