事業承継のご相談で弁護士のところに来られるのは、これから承継を設計する方ばかりではありません。実務では、すでに承継を終えた後で困っている方が相当の割合を占めます。
会社を渡す日は、手続の終わりではありません。渡した後に、前の代表・従業員・他の株主・買い手との関係が動き出します。承継の合意を書面にしていない、前の代表が経営に口を出してくる、従業員がまとまって辞める、対価が入らない——こうしたご相談は、承継が「無事に終わった」後から始まります。
この記事では、事業承継の4つの選択肢と手続の順番を整理したうえで、税理士・仲介会社・金融機関の解説があまり扱わない「承継の後で起きること」を中心にまとめます。
事業承継の相談が弁護士に来る3つの局面
ご相談は大きく3つの局面に分かれます。まずご自身の位置を選んでください。
① 後継者を決める前
親族・従業員・第三者・廃業のどれを選ぶか、全体像を知りたい段階。
② 手続の最中
後継者は決まったが、株式の移し方と作るべき書面が分からない段階。
③ 承継した後(揉めた)
前の代表・他の株主・買い手との間で、すでに言い合いになっている段階。
このうち、税理士・M&A仲介会社・金融機関が引き受けにくいのが③です。株価の算定や相手探しは各分野の専門職の領域ですが、相手方との交渉に代理人として出る、内容証明を出す、裁判所の手続を使う、という対応ができるのは弁護士だけです。
当事務所が扱った事例でも、承継そのものは終わっているのに、正式な書面がほとんど作られていないという状態でご相談に来られたケースがありました。合意が形になっていないと、後から「渡していない」と言われたときに反論の材料が足りません。
もっとも、①の段階であれば③を避けられる可能性があります。日弁連中小企業法律支援センター編『事業承継法務のすべて』でも、承継を「5ステップ」に分け、準備・見える化・磨き上げ・計画の策定・実行という順で進める考え方が示されています(同書「5ステップ」の項)。準備の全体像は事業承継準備のロードマップ|5〜10年スパンで何をすべきかにまとめています。
事業承継の4つの選択肢と、法律面で決まること
選択肢は、親族内承継・従業員承継(MBO)・第三者へのM&A・廃業(清算)の4つです。よくある比較表は税負担と手続の重さで並べますが、ここでは「後で揉めやすい点」を1列足しました。この列が、誰に相談すべきかを決める材料になります。
| 選択肢 | 株式の動き方 | 主な手続 | お金の出どころ | 後で揉めやすい点 | 関わる専門職 |
|---|---|---|---|---|---|
| 親族内承継 | 生前贈与・遺言・種類株式 | 贈与契約・遺言・名義書換 | 資金移動なし(税負担は発生) | 他の相続人との遺留分 | 税理士+弁護士 |
| 従業員承継・MBO | 後継者が買い取る | 譲渡承認・株式譲渡契約・役員変更 | 自己資金・融資・持株会社 | 資金不足。分割払いの未払い | 弁護士+金融機関+税理士 |
| 第三者へのM&A | 株式譲渡または事業譲渡 | 秘密保持・基本合意・DD・最終契約 | 買い手の資金 | 表明保証違反の指摘。後払い分の不払い | 弁護士+仲介会社+会計士 |
| 廃業・清算 | 会社を畳むので消える | 解散決議・清算人選任・債権者保護 | 会社の残余財産 | 経営者保証が残る | 弁護士+税理士 |
親族内承継——株式を移す3つの経路と、遺留分
経路は生前贈与・遺言・種類株式の3つが基本です。生前贈与は渡す時期を選べる代わりに、その時点で税負担が生じます。遺言は存命中に会社を動かさなくてよい反面、効力が出るまで経営が空白になるおそれがあります。種類株式は、議決権と配当を分けて経営権と財産を切り分ける方法です。
法律面で最大の争点になりうるのが遺留分です。株式は経営者の財産の大半を占めることが多く、後継者に集中させると他の相続人の遺留分を侵害する場合があります。相続後に遺留分侵害額の請求を受けると、後継者は金銭で支払う必要が生じ、その資金のために株式や会社の資産を手放さざるを得ない事態も考えられます(浅野洋『事業承継相談対応マニュアル』の遺留分の項)。
ここで線を引きます。株価の算定・贈与税や相続税の試算・事業承継税制の適用可否は税理士の領域、株式を誰へどの順序で動かすか、どの書面に残すか、争いになったときにどう主張するかは弁護士の領域です。税負担だけを見て設計すると、遺留分で崩れることがあります。手続の流れは事業承継における株式贈与の手続きと税務・遺留分対策で解説しています。
なお『事業承継法務のすべて』は親族内承継を「人(経営)の承継」と「財産の承継」に分けています(同書「親族内承継」の項)。株式だけを渡しても、取引先や従業員との関係が引き継がれていなければ承継は完了していない、という整理です。
従業員承継・MBO——壁は「後継者に買う資金がない」
MBOは、役員や幹部社員が現経営者から株式を買い取って経営権を引き継ぐ方法です。実務上の壁は明確で、後継者に買い取る資金がないことに尽きます。会社を任せられる人材でも、代金をすぐに用意できるとは限りません。資金の組み方とセットで設計します。
| 順 | やること | 誰が動くか | つまずきやすい点 |
|---|---|---|---|
| 1 | 後継者を決め、意思を確認する | 現経営者・後継者 | 保証や借入まで引き受ける覚悟があるか |
| 2 | 株主名簿で株式の名義を確認する | 会社・弁護士 | 名義株・細分化した株式が出てくる |
| 3 | 株価の考え方を整理する | 税理士・公認会計士 | 場面によって価格の考え方が変わる |
| 4 | 取得資金の組み方を決める | 後継者・金融機関 | 自己資金/融資/持株会社/段階的移転 |
| 5 | 譲渡承認の手続をとる | 取締役会または株主総会 | 承認を飛ばすと後で争いになる |
| 6 | 株式譲渡契約を結ぶ | 当事者・弁護士 | 分割払いの担保と期限の利益喪失条項 |
| 7 | 名義書換・役員変更の登記 | 会社・司法書士 | 名簿と登記が食い違ったまま残る |
| 8 | 経営者保証の交代を交渉する | 会社・金融機関 | 前経営者の保証が外れないまま残る |
資金調達・後継者教育・持株会社を使う方法は『事業承継法務のすべて』が「従業員承継」の章で扱っています(同書「資金調達」「持株会社」の項)。
もう一つ大事なのが、交渉のルートを一本にすることです。当事務所が扱った事例では、経営陣へ株式を売る形(MBO)で仲介会社が入っていたのに、当事者の周辺にいた人物が独自に交渉へ入り込み、条件が固まらない状態になったことがありました。まず取り組んだのは、価格の交渉ではなく、誰と誰が話をするのかという整理でした。手続の詳細はMBOによる中小企業の事業承継:手続きと法的注意点で解説しています。
第三者への承継(M&A)——株式譲渡か事業譲渡かで引き継がれ方が変わる
親族にも社内にも後継者がいない場合、第三者への譲渡が選択肢になります。最初の分かれ道は、株式譲渡で会社ごと渡すのか、事業譲渡で事業を切り出して渡すのかという点です。
株式譲渡では会社という入れ物が残るため、雇用契約も取引先との契約も原則として会社に残ります。事業譲渡では相手方ごとに移す手続が必要で、従業員は個別の同意、取引先は契約移転の承諾、許認可は取り直しが必要になる場合があります。「会社を売る」という言葉は同じでも、作業量が大きく変わります(『事業承継法務のすべて』「社外への引継ぎ(M&A等)の代表的手法」の項)。
この章は入口にとどめます。詳細は後継者不在の中小企業がM&Aで会社を売却する流れと弁護士の役割とM&Aを弁護士に依頼すべき場面をご覧ください。
廃業・清算——争いになる前に畳むという判断
他所の解説であまり取り上げられないのが廃業です。続けられる見込みが乏しいのに相手を探し続けると、時間と費用がかかったうえに条件が悪くなることがあります。資産が残っているうちに清算したほうが、手元に残るものが多い場合もあります。
要は経営者保証です。会社を畳んでも、経営者個人の保証債務は自動的には消えません。負債が資産を上回る状態であれば、保証債務の整理を含めて設計する必要があります(『事業承継法務のすべて』「廃業」「過大な負債処理を行う場合の経営者の保証債務」の項)。廃業は後ろ向きな選択ではなく、争いを避けるための選択肢になりうる、という点だけ押さえてください。
後継者がいないと分かってから、M&Aに動くまでの順番
第三者への譲渡に動くまでには順番があります。飛ばすと、相手が見つかった後で止まります。
後継者不在からM&Aまでの7ステップ
① 直近の決算書と会社の現状を整理する
② 株主名簿を見て、株式が誰の名義かを確認する(ここが最重要)
③ 相談先を決める(仲介・金融機関・弁護士・税理士の役割を分ける)
④ 相手を探す(秘密保持契約を結んでから情報を出す)
⑤ 基本合意を結ぶ(価格の考え方と独占交渉の期間を決める)
⑥ デューデリジェンス(買い手による調査)を受ける
⑦ 最終契約を結び、決済・引継ぎを行う
強調したいのは②です。中小企業では、設立時の名義貸し(名義株)、相続で細分化した株式、連絡の取れない株主といった事情が残っていることが珍しくありません。買い手は株式のすべてを取得できるかを見ますから、株主が確定していないと交渉が止まります。加藤真朗ほか『株主管理・少数株主対策ハンドブック』でも、株式の集約と株主名簿への対応が、事業承継・M&Aへの備えとして最初に置かれています(同書「株式の集約の必要性」の項)。
⑥は、売り手側にとっては「買い手が何を見に来るか」を先に知ることが準備になります。当事務所が扱った事例では、買い手側からのご相談で、まず標準的な法務デューデリジェンスの資料一覧をお渡しすることから始めました。売り手から見れば、その一覧が揃わなければ交渉が止まる、ということでもあります。株主名簿・議事録・許認可・主要な契約書・係争の有無は、探し始めると時間がかかります。
実際に多い書類の不備は中小企業M&Aの株式書類不備|名義株・公正証書・連帯保証の落とし穴に、顧問弁護士が入る場合の進め方は顧問弁護士と事業承継 後継者不在 M&A 売却にまとめています。
契約書を作らずに承継すると、何が起きるか
ここからが本題です。中小企業の事業承継は信頼関係で進むことが多く、「話がついたから」と書面を作らないまま経営者が交代する場面があります。何が起きるかを、税務ではなく紛争の形で整理します。まず、作っておくべき書面の一覧です。手元にどれがあるかを確認してください。
| 書面 | 誰と誰で作るか | 無いとどうなるか |
|---|---|---|
| 株式譲渡契約書/贈与契約書 | 前の株主と後継者 | 株式が誰のものかを争われる可能性 |
| 株主名簿(名義書換の記録) | 会社が備え置く | 会社に対して株主だと主張しにくい |
| 株主総会・取締役会の議事録 | 会社の内部で作成 | 承認や代表者選定の手続を示せない |
| 役員変更の登記 | 会社と法務局 | 登記をしないと、第三者に対して代表者の交代を主張(対抗)できない |
| 経営者保証の引継ぎ・解除の書面 | 前経営者・後継者・金融機関 | 前経営者が保証を負ったまま残る |
| 引継ぎ範囲と競業避止の合意 | 前経営者と後継者 | 同種の事業を始められても止めにくい |
| 取引先・従業員への通知 | 会社から相手方へ | 契約の条項を根拠に解除を求められる |
前の代表に「渡していない」と言われる
合意が書面に残っていないと、後から前の代表が経営権を否定してくることがあります。当事務所が扱った事例では、承継を受けて経営を始めた後、前の代表から経営権を否定され、経営から外そうとする動きを受けたというご相談がありました。正式な契約書は、ほとんど作られていない状態でした。
反論の材料は契約書だけではありません。登記・株主名簿・議事録・取引先への通知のうち、どれが揃っているかで主張できる範囲が変わります。代表取締役の変更が登記されていれば、対外的な代表者について一定の説明ができます。名簿の名義が書き換わっていれば、株主としての権利を主張しやすくなります。逆に、どれも動いていない場合は、承継があったこと自体を事実の積み重ねで立証する必要が生じます。
『事業承継法務のすべて』には代表権の承継に関する取締役会議事録の書式があり(同書「書式3-1」)、会社内部に何を残すべきかの目安になります。書面がないまま承継した場合でも、今から作れる書面はあります。前の代表と話ができるうちに、承継の内容を確認する書面を交わす意味は小さくありません。新会社へ事業を移した場合の契約の扱いは事業を新会社へ移すとき、締結済みの契約はどうなるかで整理しています。
従業員がまとまって辞める動きが出る
承継を機に、前の代表の時代からいる従業員がまとまって退職しようとすることがあります。当事務所が扱った事例でも、承継の直後に従業員が徒党を組んで退職しようとする動きが出たケースがありました。
ここは冷静に線を引く必要があります。従業員には原則として退職の自由があります。期間の定めのない雇用契約なら労働者側からの解約は認められており、「まとまって辞めた」というだけで違法になるわけではありません。問題になりうるのは勧誘の態様です。在職中の役員や従業員が秘密情報や顧客情報を使って組織的に引き抜く、虚偽の情報で動揺させる、といった事情があれば、悪質性によっては損害賠償の問題になる可能性があります。ただし、どこからが違法かは事案ごとの判断です。
予防としては、前の代表との間で競業避止と勧誘の禁止を合意しておくことが効きます。加藤真朗ほか『弁護士・公認会計士の視点と実務 中小企業のM&A』でも競業避止義務は譲渡当事者間で定める条項として整理されています(同書の競業避止義務の項)。従業員への説明と同意の取り方は事業譲渡における従業員への説明・通知・同意取得の実務手順にまとめています。
「契約書」だと思っていた書面が、契約書ではない
当事務所が扱った事例で、ご相談者が持参された「契約書」と題する書面が、実際には契約書の本体ではなかったということがありました。表題は契約書でも、中身は取引を説明する書面だったのです。表題ではなく中身を見る、という当たり前のことが、当事者どうしでは意外に難しくなります。手元の書面は次の4点を確認してください。
- 署名または記名押印のある本体があるか——写しや案文しか残っていないことがあります
- 当事者は誰か——会社どうしか、個人と会社か、代表者個人が当事者になっていないか
- いつの日付か——実際に動いた時期と書面の日付がずれていないか
- 何を約束しているか——株式か事業か、対価はいくらでいつ払うのかが書かれているか
どれかが欠けていると、その書面だけでは承継の合意を証明しきれない可能性があります。『事業承継法務のすべて』には事業譲渡契約書の書式があり(同書「書式4-5 事業譲渡契約書」)、手元の書面に載っているべき条項が入っているかを照らす材料になります。事業譲渡を弁護士と進める流れは顧問弁護士と進める事業譲渡—判断ミスを防ぐための実務ガイドをご覧ください。
顧問契約 141社 / 企業法務部の弁護士歴平均14年以上 / 大阪・全国対応
経験豊富な専属チームが、
貴社の"法務部"になります
弁護士法人ブライトの「みんなの法務部」は、契約書・債権回収・労務トラブル・M&Aまで伴走支援します。
▲ M&A・契約・労務の必須チェック項目をPDFで配布中
平日 9:00-18:00(TEL)/ LINE 24時間受付
承継した後に起きる争い
承継後に持ち込まれるご相談は、渡した会社の使われ方・代表者の地位・対価の3つの型に分かれます。
渡した会社の資金の使い方がおかしい
株式を譲った後も一部を持ち続けている場合に、現経営陣による会社資金の使い方に疑いが生じることがあります。当事務所が扱った事例では、承継で会社を譲った後、現在の代表による会社資金の使い方に疑いがあるとして、元代表であり株主でもある方からご相談を受けたことがありました。決算書に、使途のはっきりしない貸付金が現れていたケースです。
最初に考えたくなるのが刑事告訴ですが、刑事の入口は高いと考えておくほうが現実的です。捜査機関に動いてもらうには資金の流れと私的な費消を高い精度で示す必要があり、決算書の記載だけでは足りないことが多いためです。順番としては民事から考えます。
- 会社から代表者個人への貸付金について、会社として返還を求める
- 取締役としての任務違反を理由に、会社に生じた損害の賠償を求める
- 株主として、会計帳簿や株主名簿の閲覧・謄写を求め、事実関係を確かめる
- 株主総会の招集や役員の選び直しを通じて、経営体制そのものを問い直す
いずれも、資料を手元に集められるかが分かれ目です。加藤ほか『株主管理・少数株主対策ハンドブック』では、株主が権利を行使するための制度として株主名簿の閲覧謄写請求権などが整理されています(同書「株主名簿閲覧謄写請求権」の項)。会社に代わって役員の責任を追及する手続は、加藤ほか『中小企業のM&A』でも株主代表訴訟として扱われています。
こうした事態を避けるには、株式を譲る段階で譲った後に何を確認できる立場を残すかを決めておく必要があります。この点は株式譲渡を顧問弁護士なしで進めるリスク|社長が知っておくべき判断の落とし穴で解説しています。
株主総会で解任される、されそうになる
経営を任されていても、株式の過半数を持っていなければ、株主構成が変わった瞬間に代表者の地位を失う可能性があります。取締役の解任は株主総会の決議で行われるため、誰が株式を持っているかが結果をほぼ決めます。
当事務所が扱った事例では、先代の逝去をきっかけに代表となった方が、大株主との関係が悪化し、株主総会での解任のおそれに直面したケースがありました。会社分割などの対応策が法的に成り立つのか、解任の決議そのものを争えるのかを検討した案件です。
注意していただきたいのは、会社分割のような対応策には制約があるという点です。会社分割は原則として株主総会の特別決議が必要で、大株主と対立している局面では実行そのものが難しいことが多くあります。事業を別会社に移して経営の実体を確保しようとしても、株主の利益を害する形であれば効力を争われる可能性があります。決議を争う場合も、不存在の確認・無効・取消しといった複数の入口があり、どれを選ぶかで期間の制限が変わります。『株主管理・少数株主対策ハンドブック』には、オーナー社長に相続が発生した場合の経営権の危険を扱うコラムがあります。
会社分割という手法そのものは会社分割と事業譲渡・株式譲渡の違いと選び方と簡易新設分割の実務で解説しています。
承継の対価が、約束どおり入らない
対価を分割払いや業績連動(アーンアウト)にすると、渡した後も相手の信用リスクを負い続けることになります。会社は手放したのに代金は入っていない、という状態が起こりえます。
当事務所が扱った事例では、対価の一部を後払いにしていた案件で、支払が遅れたことがありました。行ったのは督促だけではありません。株式に質権を設定して、支払われない場合に株式の回収を図れる形を求め、契約に基づいて期限の利益喪失の通知を出しました。支払わない場合に何が起きるかを条項として先に決めてあったことが効いた場面です。後払いにする場合は、次の点を確認してください。
- 支払が遅れたときに残額を一括で請求できる条項(期限の利益喪失条項)があるか
- 担保があるか——株式への質権、買い手の親会社の連帯保証、代表者個人の保証など
- 業績連動にする場合、その業績をどう計算するかが契約に書かれているか
- 買い手の側が会社の資産を動かしてしまう事態に、歯止めがあるか
これらが無いまま渡すと、回収の手段が「請求する」だけになります。『事業承継法務のすべて』には免責的債務引受契約書の書式があり(同書「書式3-2」)、債務の引継ぎを書面でどう整理するかの参考になります。担保や保証の組み方は、有限責任監査法人トーマツ『改訂5版 M&A実務のすべて』でも扱われています。
すでに対価が入っていない場合の対応は株式譲渡対価が支払われない時の法的対応に、リース契約の残債が残る問題はリース残債と顧問弁護士|契約途中解約・M&A・事業承継で社長が直面するリスクにまとめています。
株式をどう集めるか——少数株主・名義株・所在不明株主
親族内承継でもMBOでもM&Aでも、株式が散らばっていると先へ進みません。中小企業で問題になるのは主に次の3類型です。
| 類型 | どういう状態か | 処理の方向 |
|---|---|---|
| 名義株 | 設立時に名義だけ借りた株式が名簿に残る | 実際の出資者を裏づける資料を集め、名義人と整理します |
| 相続で細分化した株式 | 元の株主が亡くなり、相続人が複数で持つ | 相続人の確定と、買い取り・集約の交渉を行います |
| 所在不明の株主 | 通知が届かず、連絡が取れない | 会社法上の手続を検討します。要件と期間の確認が先です |
先ほどの解任の事例も、株式が誰の手にあったかが結果を左右した案件でした。株式の集約は、承継の前にやっておくほど選択肢が多く残ります。
株価は一つだけ押さえてください。価格は場面によって考え方が変わります。親族間で移すとき、第三者に売るとき、少数株主から買い取るときとで前提が異なるためです(『株主管理・少数株主対策ハンドブック』「シチュエーションによって株価が異なるという特殊性」の項)。ここで算定式は示しません。式を1本に決めると、後で相手方から別の前提を持ち出されるためです。
集約の手法には、譲渡の承認手続、株券不発行会社への移行、種類株式の活用、特別支配株主による株式等売渡請求などがあります(同書「株券不発行会社への移行」、『中小企業のM&A』「特別支配株主の株式等売渡請求」の各項)。どれを選べるかは株式の分散状況と定款によります。手続の詳細は非公開会社の株式譲渡手続き・承認・名義株整理に、複数の株主で会社を持ち続ける場合の取り決めは株主間契約(SHA)の論点にまとめています。
税理士・金融機関・仲介会社との役割分担
事業承継には複数の専門職が関わります。「今の相談先で足りているか」を判定できるよう、作業ごとに整理します。
| 作業 | 税理士 | 金融機関 | 仲介会社 | 弁護士 |
|---|---|---|---|---|
| 株価の算定・税負担の試算 | ◎ | - | △ | - |
| 贈与税・相続税・事業承継税制 | ◎ | - | - | - |
| 取得資金の融資・経営者保証の交代 | △ | ◎ | △ | ○ |
| 譲渡先・譲受先を探す | △ | ○ | ◎ | △ |
| 契約書の作成・レビュー | - | - | △ | ◎ |
| 株主総会・議事録・登記まわり | - | - | - | ◎ |
| 相手方との交渉に代理人として出る | - | - | - | ◎ |
| 訴訟・仮処分などの裁判所の手続 | - | - | - | ◎ |
税負担と資金は税理士・金融機関の領域です。この記事では税額の計算に立ち入りません。税務の判断は税理士と連携して進めるものとお考えください。逆に、代理人として交渉に出ることと裁判所の手続を使うことは、弁護士でなければできません。
もう一点。当事務所が扱った事例では、取引が終わった後、税務の場面で当時の経緯について説明を求められたことがありました。契約の内容と報酬の根拠を書面に残しておくと、後日の説明が楽になります。顧問弁護士が入る場合の進め方は顧問弁護士と事業承継|社長が「判断」を誤らないための活用法と進め方にまとめています。
弁護士を入れる場面と、入れなくてよい場面
株主が経営者1人、後継者も1人、対価の授受もなく、対立の兆しがない——この条件が揃っているなら、書式を使って手続を進められる場面もあります。当事務所が扱った事例でも、持株を共同経営者へ譲るご相談で代理人を立てる見積までお出ししたものの、その後当事者だけで条件がまとまり、ご依頼には至らなかったことがあります。こうした結末は珍しくありませんし、それでよいと考えています。
一方、次の5つのいずれかに当てはまる場合は、弁護士を入れて進めることをおすすめします。
弁護士を入れたほうがよい5つの条件
① 株主が複数いる——名義株・所在不明株主を含みます
② 相続が絡む——遺留分・遺産分割と同時に動かす必要があります
③ 対価が後払い・分割・業績連動——担保と期限の利益喪失条項が要ります
④ 前の代表が経営に残る——役割と権限の線引きを書面にします
⑤ すでに言い合いになっている——相手方との直接のやり取りを代わります
逆に言えば、①〜⑤に当てはまらない場面まで依頼する必要はありません。迷う場合は、手元の書面を持って一度相談だけ、という使い方でも構いません。株式譲渡の手続の全体像は株式譲渡M&Aの手続き完全ガイド【売り手・経営者向け】で確認できます(契約書の型は『事業承継法務のすべて』「書式4-4 株式譲渡契約書」も参考になります)。
費用の考え方と、事業承継・M&A補助金
費用は、相場を並べるよりも作業を分解して、どこまで頼むかを選べる形にするほうが実務に合います。当事務所では次の区分で見積を組み立てています。
- 株式の移転手続まで——譲渡承認・議事録・名義書換など社内の手続を整える範囲
- 契約書の作成・レビューまで——株式譲渡契約や事業譲渡契約の作成、相手方案の検討
- 相手方との交渉に代理人として出る——窓口を弁護士に一本化し、条件を詰める範囲
- 紛争になった場合の対応——通知の発送、保全、訴訟などの手続
この分け方には理由があります。当事務所が扱った事例では、最初は最小限の範囲で見積を出し、調査したい範囲が増えた時点で組み替えるという進め方をしたことがありました。事業承継やM&Aは、進むにつれて調べる範囲が変わります。最初に一式の金額を決めるより、範囲を区切って積み上げるほうが見通しが立ちます。
また、事業承継・M&A補助金の申請に添える見積が必要だというご相談も実際にあります。制度は年度によって内容が変わるため、申請を予定している場合は要件を確認したうえで見積の形式を合わせる必要があります。使えるかどうかは案件によります。M&A全体の進め方は中小企業M&Aの進め方完全ガイドにまとめています。
顧問契約 141社 / 企業法務部の弁護士歴平均14年以上 / 大阪・全国対応
経験豊富な専属チームが、
貴社の"法務部"になります
弁護士法人ブライトの「みんなの法務部」は、契約書・債権回収・労務トラブル・M&Aまで伴走支援します。
▲ M&A・契約・労務の必須チェック項目をPDFで配布中
平日 9:00-18:00(TEL)/ LINE 24時間受付
よくある質問
後継者がいません。まず誰に相談すればよいですか。
決算書と株主名簿を揃え、株式が誰の名義かを確認するところからです。名義が整理されていないと、相手探しに進んでも交渉が止まります。株価と税負担は税理士、相手探しは仲介会社や金融機関、株式の整理と契約は弁護士、という分担です。どこから手を付けるか分からない段階のご相談も受け付けています。
契約書を作らずに承継してしまいました。今からでも作れますか。
前の代表と話ができる関係が残っているなら、承継の内容を確認する書面を今から交わすことは可能です。当事務所が扱った事例でも、承継は終わっているのに正式な書面がほとんど無い、という状態でのご相談がありました。あわせて、登記・株主名簿・議事録のどれが動いているかを確認してください。何も残っていない場合、後で承継の事実を立証するのに時間がかかる可能性があります。
承継した後に、前の代表が経営に口を出してきます。止められますか。
承継の内容がどこまで形になっているかによります。代表取締役の変更が登記され、株主名簿の名義も書き換わっていれば、意思決定の権限がどちらにあるかを示しやすくなります。取引先への働きかけや従業員への勧誘といった行為がある場合は、行為ごとに対応を検討します。事実関係を時系列で整理してご相談ください。
株主に連絡が取れません。承継を進められますか。
所在の分からない株主がいる場合、会社法上の手続を検討しますが、要件と一定の期間が必要です。名義株や、相続で細分化した株式が混ざることもあります。まず株主名簿・過去の議事録・設立時の資料を確認し、誰が実際の出資者かを整理します。承継の話が具体化する前に着手するほど、選べる手段が多く残ります。
税理士に相談しています。弁護士も必要ですか。
株価の算定・贈与税や相続税・事業承継税制は税理士の領域で、その部分は税理士との連携で進みます。弁護士が必要になるのは、株主が複数いる、相続が絡む、対価が後払いになる、前の代表が経営に残る、すでに言い合いになっている、といった場面です。税負担だけを見て設計すると、遺留分などで後から崩れることがあります。
大阪以外の会社でも相談できますか。
弁護士法人ブライトは大阪に事務所を置いていますが、事業承継・M&Aのご相談は大阪府外からもお受けしています。書面の確認やお打ち合わせはオンラインでも対応可能です。裁判所の手続が必要な場合は、管轄によって進め方が変わりますので、その点もご説明します。
この記事の監修体制
本記事は、弁護士法人ブライト代表弁護士・和氣良浩(大阪弁護士会)が監修しています。当事務所は、事業承継・M&Aの設計段階から、承継後の経営権や対価をめぐる紛争の対応まで、企業法務のチームで取り扱っています。記載した事例は、当事務所が実際に扱った案件をもとに、依頼者や関係者が特定されないよう業種・地域・金額・時期を伏せ、判断の型のみを紹介したものです。M&A全般で弁護士が関与する場面はM&Aを弁護士に依頼すべき場面をあわせてご覧ください。
