この記事のポイント(結論)
- 判断能力がない状態で不動産を売却することは法律上できない(民法3条の2)。勝手に売却すると契約が取り消される
- 認知症が進んだ後に不動産を売るには成年後見人の選任が必要だが、居住用不動産には別途家庭裁判所の許可が必要(民法859条の3)
- 成年後見の申立てから許可まで3〜6か月、費用は20〜30万円前後かかることがある
- 認知症になる前なら「家族信託」「任意後見契約」「生前売却」という3つの生前対策が選べる
- 対策の選択を誤ると財産が数年間凍結されることがある。早期に弁護士へ相談することを推奨する
「親の認知症が進んで、実家を売ろうとしたら銀行も不動産業者も動いてくれなかった」——そんな相談がブライト不動産チームに毎月寄せられます。
認知症の本人は法的に「判断能力がない」と判断されることがあり、その状態では本人名義の不動産を勝手に売却することができません。しかし「だから何もできない」と諦める必要はありません。正しい法的手続きを踏めば解決できるケースが多くあります。
この記事では、認知症の親の不動産が「売れない」理由と、成年後見制度の実務手順、そして認知症になる前にできる生前対策(家族信託・任意後見・生前売却)を弁護士が解説します。
認知症の親の不動産問題、一人で抱え込まないでください
成年後見・家族信託・生前売却など、状況に応じた最善策を弁護士がご説明します。初回相談は無料です。
認知症の親の不動産が「売れない」法的理由
意思能力のない人の契約は取り消せる(民法3条の2)
不動産の売買契約は、売主と買主が「売ります」「買います」という意思を有効に表示して初めて成立します。民法3条の2は「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と規定しています。
認知症が進行し、本人に「自分が何を売っているのか」「代金はいくらなのか」を理解する能力(意思能力)がなくなった状態での契約は無効または取り消しの対象となります。不動産業者も、そのリスクを知っているため取引を拒絶することがほとんどです。
認知症の程度には幅があります。軽度の認知症であれば、まだ意思能力が残っていると判断されることもあります。しかし「アルツハイマー型認知症で要介護2以上」「長谷川式認知症スケールで著しく低下」などの状態になると、不動産会社・司法書士・金融機関はほぼ取引を認めない運用になっています。
実務で「売れない」と言われる典型的な状況
弁護士法人ブライトに寄せられた相談(匿名化済み)の中で、「親の不動産が売れない」として問題になるのは主に以下のようなケースです。
- 実家の売却で不動産業者に相談したところ「本人に確認させてほしい」と言われ、面談の結果「意思疎通が難しい」と判断されて契約を断られた
- 親が老人ホームに入居するための費用として自宅を売却しようとしたが、金融機関が親本人の同意確認を求めて手続きが止まった
- 兄弟で実家を相続したが親がまだ生存しており、親が認知症のため遺産分割の前提となる合意が取れない
- 空き家になった実家を処分しようとしたが、親の認知症が発覚しており、弟が「勝手に売るな」と主張して動けない
いずれも「親が生きているうちに名義を変えられない」「本人の意思が確認できない」という点が共通しています。このような状況を打開する法的な仕組みが成年後見制度です。
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成年後見制度で不動産を売却する方法と手順
成年後見とは何か(民法7条)
成年後見制度は、認知症・知的障害・精神障害などにより判断能力が不十分な方を法律的に保護するための制度です。家庭裁判所が「後見開始の審判」(民法7条)を行うことで成年後見人が選任され、その後見人が本人に代わって財産管理や法律行為を行います。
成年後見には判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の3種類があります。不動産の売却が問題となるケースでは、多くの場合「後見」(もっとも判断能力が低下しているケース)が選択されます。
居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要(民法859条の3)
成年後見人が選任されれば、原則として本人に代わって不動産の売却ができます。しかし、本人が現在または過去に住んでいた「居住用不動産」を売却・賃貸・取り壊しなどする場合には、家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。
家庭裁判所が許可を判断する基準は「本人の利益になるかどうか」です。単に「老人ホームの費用が欲しい」というだけでは許可が下りない場合もあります。「施設入居が既に確定していて今後その家に戻る見込みがない」「維持費(固定資産税・管理費)が本人の財産を圧迫している」などの事情が整理されている必要があります。
一方、居住用不動産でない場合(投資目的の収益不動産・駐車場・農地など)は家庭裁判所の許可なく売却できる場合があります。ただし後見人の権限行使が後見監督人や家庭裁判所の監督下に置かれるため、重要な取引は事前に確認を取るのが実務上の慣行です。
成年後見申立の具体的な手順と期間・費用
成年後見開始の申立てから不動産売却完了までには、一般的に以下のような流れをたどります。
| ステップ | 内容 | 目安期間 |
|---|---|---|
| ①申立書類の準備 | 申立書・戸籍謄本・診断書(書式あり)・財産目録・収支状況報告書などを収集・作成 | 2〜4週間 |
| ②家庭裁判所への申立 | 本人の住所地の家庭裁判所に申立(大阪の場合:大阪家庭裁判所)。申立費用:収入印紙800円+登記手数料2,600円+予納郵便切手3,000〜4,000円程度 | 1〜2日 |
| ③審理・調査 | 家庭裁判所が精神鑑定(必要に応じて)・本人調査・親族照会を実施。精神鑑定費用:約5〜10万円(別途) | 1〜3か月 |
| ④後見開始の審判・後見人選任 | 審判確定後、後見登記が完了。後見人は親族が選任される場合と弁護士・司法書士等の専門職が選任される場合がある | 2〜4週間 |
| ⑤居住用不動産売却許可申請 | 売却の必要性・売却条件(価格・相手方)を整理し家庭裁判所に許可申立。不動産鑑定書・査定書の添付が望ましい | 1〜2か月 |
| ⑥売買契約・引き渡し | 許可取得後、後見人が売主として契約・決済。登記も後見人名義で手続き | 1〜2か月 |
全体として申立から売却完了まで最短3か月、通常5〜8か月かかることがあります。費用の総計は弁護士費用(申立代理・後見業務)を含めると20〜50万円以上になるケースもあります。
後見人に親族が選ばれるとは限らない
申立を行う際に後見人候補者として親族を指名することはできますが、家庭裁判所が最終的に後見人を決定します。親族間に対立がある場合(「兄弟で不動産の売却に賛否が分かれている」など)は、家庭裁判所が弁護士や司法書士などの専門職を選任することが少なくありません。
専門職後見人が選任された場合、後見業務の報酬(月額1〜6万円程度)が本人の財産から支払われ続けます。長期化すると財産が大幅に目減りすることがあるため、早期に状況を整理して対策を講じることが重要です。
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認知症になる前にできる3つの生前対策
成年後見制度は「認知症になった後」の対策です。しかし本人にまだ判断能力がある段階で手を打てれば、もっとシンプルで費用も抑えられる方法があります。代表的なのが以下の3つです。
①家族信託(信託法)
家族信託とは、本人(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分を任せる仕組みです。信託法に基づく契約であり、公証人の前での公正証書作成が一般的です。
家族信託の最大のメリットは、本人の判断能力が低下した後も受託者(家族)が不動産を管理・売却できる点です。成年後見制度のように家庭裁判所の監督を受けることなく、家族の判断で迅速に動けます。居住用不動産の売却にも家庭裁判所の許可は不要です。
ただし、家族信託には以下の注意点があります。
- 信託契約を締結する時点で本人に十分な判断能力が必要(認知症発症後は設定不可)
- 設計の複雑さによっては弁護士・司法書士費用が30〜100万円前後かかることがある
- 信託財産に含めなかった財産(預貯金・他の不動産)は別途管理が必要
- 相続税・贈与税の取り扱いに注意が必要(税理士との連携推奨)
②任意後見契約
任意後見契約は、本人が元気なうちに「将来判断能力が低下した場合に後見人になってもらう人(任意後見人)」と契約を結んでおく制度です(任意後見契約に関する法律)。公証役場で公正証書として作成します。
任意後見のメリットは、誰が後見人になるかを本人が自分で選べる点です。法定後見では家庭裁判所が後見人を決めますが、任意後見では信頼できる子・兄弟・弁護士などを指定できます。
ただし任意後見は「実際に判断能力が低下したとき」に発動します。発動するには家庭裁判所が任意後見監督人を選任する必要があり、その審判に1〜2か月かかることがあります。また、居住用不動産の売却には法定後見と同様に家庭裁判所の許可が必要になる場合があります。
③生前売却(早期処分)
最もシンプルな対策は、本人にまだ判断能力があるうちに不動産を売却してしまうことです。「いずれ売ることになる」とわかっているなら、認知症の進行を待たずに早期に処分するという選択肢も現実的です。
売却後の現金は、本人の生活費・施設費用として管理しやすく、相続時の分割も容易になります。不動産の維持管理(固定資産税・修繕費・管理組合費など)の負担からも解放されます。
ただし、愛着のある実家を早期処分することへの心理的抵抗や、売却時の税負担(譲渡所得税)についての計算が必要です。マイホーム特例(3,000万円控除)の適用条件も確認しておくとよいでしょう。
3つの方法の比較表
| 項目 | 家族信託 | 任意後見 | 生前売却 | 法定後見(認知症後) |
|---|---|---|---|---|
| 判断能力が必要か | 必要(設定時) | 必要(設定時) | 必要(売却時) | 不要(制度上本人能力不問) |
| 家庭裁判所の関与 | 原則なし | 監督人選任あり | なし | 申立・許可・監督すべてあり |
| 居住用不動産売却の裁判所許可 | 不要 | 必要な場合あり | 不要 | 必要 |
| 準備費用の目安 | 30〜100万円 | 10〜30万円 | 仲介手数料等 | 20〜50万円以上 |
| 完了までの期間 | 1〜3か月 | 2〜4か月(発動後さらに1〜2か月) | 1〜3か月 | 3〜8か月以上 |
| こんな人に向いている | 財産規模が大きい・管理を長期で任せたい | 後見人候補を自分で決めたい | 売却の意思が固まっている | 既に認知症が進行している |
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実際の相談事例から見る「対策のタイミング」の重要性
事例1:生前対策ができず不動産が数年間凍結(匿名化済み)
大阪市内にお住まいの50代の方から「母が認知症と診断されたが、実家(母名義)を売って施設費用に充てたい」というご相談をいただきました(事例は複数件をもとに匿名化・抽象化しています)。
診断書によると認知症の程度は中等度。意思疎通は限定的で、不動産業者が面談したところ「売買契約の内容を理解して合意している状態には見えない」と判断され、取引を断られました。
成年後見の申立を行いましたが、家庭裁判所の調査・審判確定まで約5か月を要しました。後見人(弁護士)が選任された後も、居住用不動産の売却許可申立が必要で、さらに2か月かかりました。施設への入居は費用が捻出できず予定より半年以上遅れ、その間の施設一時金は預貯金から充てることになりました。
相談者の方は「もし5年前にまだ母が元気だった頃に相談していれば、家族信託や生前売却という選択肢があったのに」とおっしゃっていました。法的処理の期間中も固定資産税や施設費用が積み重なり、経済的な損失が相当額に上ったことがあります。
事例2:軽度認知症段階で家族信託を設定(匿名化済み)
別の事例では、70代の父親が軽度認知症と診断された直後に、長男が弁護士に相談して家族信託を設定したケースがあります。
信託契約の内容は「父名義の自宅と投資用マンション2棟を信託財産とし、長男を受託者として管理・処分の権限を付与する」というものでした。公証人の面前での公正証書作成の際に父親の意思確認が行われ、「現時点では判断能力が残っている」と確認されました。
その後2年で父親の認知症が進行しましたが、信託契約が有効に設定されていたため、長男は家庭裁判所への申立なしに投資用マンションの一棟を市場価格で売却し、父親の施設費用と固定資産税の支払いに充てることができました。
「あの時すぐに相談していて本当によかった」という声は、この種の相談でよく聞かれます。認知症は突然進行することもあるため、「少しおかしいかも」と感じた段階での早期相談が重要です。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 親がまだ軽度認知症ですが、今すぐ成年後見の申立をする必要がありますか?
A. 軽度の認知症段階では、すぐに成年後見申立が必要とは限りません。本人に判断能力が残っているなら、家族信託や任意後見契約の設定が現実的な選択肢です。どのタイミングで、どの手段を取るかは、認知症の進行度・財産の種類・家族の状況によって異なります。早めに弁護士に相談して選択肢を整理することをお勧めします。
Q2. 兄弟で話し合って勝手に認知症の親の不動産を売却することはできますか?
A. できません。本人名義の不動産を本人の同意なく売却することは法律上無効または取り消し可能な行為です。たとえ全員の合意があっても、認知症の本人の意思を確認せずに売却した契約は後に争われるリスクがあります。後見人を選任するか、任意後見・家族信託を事前に設定する必要があります。
Q3. 成年後見人には誰がなれますか?弁護士に頼む必要がありますか?
A. 成年後見人は親族(子・兄弟など)が選ばれることも多いですが、家庭裁判所が最終的に決定します。親族間に対立がある場合や財産規模が大きい場合は、弁護士・司法書士などの専門職が選任されることがあります。弁護士が後見人になった場合、月額報酬が本人の財産から支払われます。
Q4. 家族信託と任意後見はどちらがよいですか?
A. 一概にどちらが優れているとは言えず、状況によります。財産の種類・家族構成・費用・本人の希望などを総合的に判断する必要があります。たとえば「不動産をメインに管理したい・家庭裁判所の関与を最小化したい」なら家族信託が向いていることがあります。「後見人を自分で指名したいが財産管理はシンプルでよい」なら任意後見が合うことがあります。弁護士との相談で比較検討することをお勧めします。
Q5. 相続が発生した後に認知症の親がいる場合、遺産分割はどうなりますか?
A. 相続人の中に認知症で判断能力がない方がいる場合、その方は自ら遺産分割協議に参加できません。成年後見人(家庭裁判所が選任)が代理人として協議に参加することになります。なお、後見人は本人の利益を最大化する義務があるため、法定相続分を下回る内容での合意には応じないことがほとんどです。この問題も含めた関連情報は相続した不動産でもめる5大パターンでも解説しています。
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弁護士に相談するべきタイミング
認知症と不動産の問題は、状況が進行するほど対応の選択肢が狭まります。以下に当てはまる場合は早めに弁護士への相談を検討してください。
- 親が物忘れや判断力の低下を示し始めた(「軽度認知症かも」という段階)
- 不動産業者に「本人の意思確認ができない」と言われた
- 相続・売却・施設入居など、不動産を動かす必要が出てきた
- 兄弟間で売却の賛否が分かれており、家族会議が進まない
- すでに認知症が進行しており「成年後見しかない」という状況だが手続き方法がわからない
弁護士法人ブライトでは、不動産問題に精通した弁護士が、成年後見の申立代理・家族信託の設計・不動産売却の法的サポートまで対応しています。初回相談は無料ですので、まずはお気軽にお問い合わせください。
関連する記事として、遺産分割が揉めて名義変更できない場合の対処法や共有不動産の分割・共有物分割請求も参考にしてください。
監修者プロフィール
和氣 良浩(わき よしひろ)
弁護士法人ブライト 代表弁護士
登録:2006年(弁護士歴20年)
大阪弁護士会所属
不動産トラブル・相続・企業法務を専門とし、大阪を中心に法律相談・交渉・訴訟を手がける。