執筆:松本 洋明(まつもと ひろあき)弁護士
大阪弁護士会所属
弁護士法人ブライト
監修:和氣 良浩(わけ よしひろ)弁護士
大阪弁護士会所属・弁護士法人ブライト 代表
弁護士歴平均13年以上のチームで交通事故の治療費・保険手続きを担当
この記事でわかること(結論先出し)
- 交通事故のケガでも健康保険は使えます(「使えない」は誤解)
- 使うときに出す書類が「第三者行為による傷病届」。労災の「第三者行為災害届」とは別の書類
- 健保に切り替えると窓口負担は原則3割になり、治療費の総額が抑えられるため過失相殺の目減りも小さくなる
- 加害者が誓約書に署名しなくても、その事情を説明すれば受理されるのが実務
- 自分にも過失があると、あとから健保に過失分の返還を求められることがある
結論:治療費を打ち切られても、通院をあきらめる前に取れる手段があります。健康保険への切替えと自賠責への被害者請求を組み合わせることで、いったん立て替えた費用を後から回収できる場合があります(回収の可否・金額は自賠責の残枠や治療の必要性の評価によります)。
「治療費を打ち切ると言われた。まだ痛いのに通院をやめるしかないのか」
すぐにあきらめる必要はありません。健康保険への切替えと自賠責への被害者請求という手段があります。
06-4965-9590(平日9:00〜18:00)
1. 交通事故でも健康保険は使える(「使えない」は誤解)
病院の窓口で「交通事故は健康保険が使えません」と言われた経験のある方は少なくありません。しかしこれは正確ではありません。交通事故によるケガでも健康保険は使えます。厚生労働省も、第三者の行為による傷病について健康保険が使えることを前提に、届出の様式を定めています。
では、なぜ窓口でそう言われるのか。理由は主に事務手続き上のものです。
- 加害者がいる事故では、保険者(健保)が後から加害者へ費用を請求する(求償する)手続きが必要になる
- そのため「第三者行為による傷病届」の提出が必要になり、病院側にも確認の手間が生じる
- 相手保険会社の一括対応(自由診療)のほうが、病院にとって請求単価が高い
健康保険を使うと、窓口負担は原則3割になります。これは被害者にとって単に「安くなる」以上の意味を持ちます。とくにご自身にも過失がある事故では、決定的な差になります。
| 自由診療のまま通院 | 健康保険に切り替えて通院 | |
|---|---|---|
| 治療費の単価 | 病院が自由に設定できる(高くなりやすい) | 診療報酬点数に基づく(抑えられる) |
| 自賠責の傷害枠120万円の消費 | 早く使い切ってしまう | 枠が残りやすく、慰謝料・休業損害に回せる |
| 過失相殺があるとき | 損害総額が大きい分、自己負担として残る金額も大きくなる | 損害総額が小さくなり、目減り額も小さくなる |

2. 「第三者行為による傷病届」とは|労災の「第三者行為災害届」との違い
混同されやすい2つの書類を、最初に整理します。名前が似ていますが、提出先も制度もまったく別です。
| 第三者行為による傷病届 | 第三者行為災害届 | |
|---|---|---|
| 制度 | 健康保険(協会けんぽ・健保組合・国保) | 労災保険 |
| 提出先 | 加入している健康保険の保険者 | 労働基準監督署 |
| 使う場面 | 私的な外出中・買い物中など、業務・通勤と無関係な事故 | 通勤中・業務中の事故 |
| 窓口負担 | 原則3割 | 原則なし(業務災害=療養補償給付/通勤災害=療養給付) |
| 過失による減額 | ——(給付自体は減らないが、後述の求償で調整が生じ得る) | 過失があっても給付は減額されない(重大な過失の場合を除く) |
どちらの制度も、共通する仕組みは同じです。保険者がいったん治療費を立て替えて支払い、あとから加害者(実質は加害者の任意保険会社)へ請求する——これが「求償」です。届出は、この求償を成り立たせるために必要な手続きです。
労災側の手続きについては第三者行為災害届の書き方と提出期限|通勤・業務中の交通事故で必須の手続きで詳しく解説しています。この記事は健康保険側の話です。
3. 提出する書類と提出先(協会けんぽ・健保組合・国民健康保険)
提出先は、ご自身が加入している健康保険によって異なります。
| 加入している保険 | 提出先 |
|---|---|
| 協会けんぽ(中小企業の会社員等) | 各都道府県支部 |
| 健康保険組合(大企業・業界団体) | 加入している健康保険組合 |
| 国民健康保険(自営業・無職等) | お住まいの市区町村の国保窓口 |
| 共済組合(公務員等) | 所属する共済組合 |
この届出は、健康保険法施行規則65条に基づき「遅滞なく」提出することが求められる被保険者の義務です。提出しないまま放置すると、保険者から給付の支払いを一時差し止められたり、いったん支払われた給付分の返還を求められたりすることがあります。「面倒だから出さない」という選択はできません。
提出する書類は保険者ごとに細かな違いがありますが、おおむね次の組み合わせです。
- 第三者行為による傷病届(本体の届出書)
- 事故発生状況報告書(いつ・どこで・どのように事故が起きたか)
- 交通事故証明書(自動車安全運転センターで取得)
- 負傷原因報告書(保険者により必要)
- 人身事故証明書入手不能理由書(物損事故扱いのままの場合)
- 加害者の誓約書(同意書)(次章参照)
実務でつまずきやすいのは③と⑤です。事故が物損事故として処理されたままだと、交通事故証明書の種別が「物件事故」になり、人身の届出に使えないことがあります。この場合は「人身事故証明書入手不能理由書」を添えて提出します。人身事故への切替えを検討すべき場面でもあるため、判断に迷う場合は早めにご相談ください。
書類の名前が似ていて、どれを・どこに出すのか分からない
健保か労災か、人身か物損か。最初の振り分けを間違えると手続きが止まります。弁護士が整理します。
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4. 加害者が誓約書に署名してくれないとき
届出書類の中には、加害者が「私が事故の加害者であり、賠償の責任を負います」という趣旨を認める誓約書(同意書)が含まれていることがあります。ここで実務上の壁にぶつかることがあります。
加害者が署名を拒否するケースが、現実に存在します。当法人が扱った事案でも、加害者側が第三者行為による傷病届の誓約書について、加害者としての署名を拒否したことがありました。過失割合に争いがある事案、相手が事故態様を認めていない事案では珍しいことではありません。
この場合の対応は次のとおりです。
- 署名が得られない事情を書面で説明して提出する——多くの保険者は、加害者の署名がなければ受理しないという運用にはしていません
- 相手方任意保険会社の担当者名・証券番号などを代わりに記載する——求償先が特定できれば保険者側の実務は回ります
- 交通事故証明書と事故発生状況報告書で事故の存在を示す
「加害者が協力してくれないから健康保険が使えない」と諦めてしまう方がいますが、それは正確ではありません。まずは保険者の窓口に事情を伝えてください。
5. 健保に切り替えると治療費はどう動くか(求償と示談の関係)
健康保険に切り替えたあとのお金の流れは、次のようになります。
- あなたは窓口で3割を支払って治療を受ける
- 残り7割は健康保険が病院へ支払う
- 健康保険は、支払った7割を加害者(実質は加害者の任意保険会社)へ求償する
- あなたが窓口で払った3割は、あなたの損害として加害者に請求する(自賠責への被害者請求、または示談交渉で回収)
ここで現実的な注意点があります。窓口の3割はいったんご自身で立て替える必要があり、被害者請求をしても入金までには通常1〜2か月程度かかります。また、自賠責の傷害枠は120万円が上限で、打ち切りの時点ですでに治療費や休業損害の内払いで枠を使っていると、回収できる額は限られます。通院を続ける前に、既払額と残枠を確認しておくことをお勧めします。
ここで最も注意すべき点があります。健康保険が求償する前に、あなたが加害者と示談してしまうと、健保が求償できなくなり、その分をあなたが健保へ返還しなければならなくなることがあります。示談書に「本件に関し一切の債権債務がないことを相互に確認する」といった清算条項が入っていると、加害者に対する請求権が消えてしまうためです。
したがって、健康保険を使った治療がある事案では、示談の前に健保への届出状況と求償の進み具合を必ず確認するのが実務の鉄則です。
あわせて、事故直後に加害者側から示談を持ちかけられても、その場で応じないでください。治療費の打ち切りとその後の対応については治療打切りを通告されたときの対処マニュアル、打ち切り通告への向き合い方は交通事故の治療費打ち切り通告|弁護士が入れる時間軸もご覧ください。
6. 自分にも過失があると、健保から過失分を請求されることがある
まず前提として、ご自身に過失があること自体を理由に健康保険の給付(7割)が受けられなくなるわけではありません。健康保険の給付制限は故意や重大な事由に限られており、通常の過失はこれに当たりません。
そのうえで実務上知っておいていただきたいのは、示談が成立したあとに、保険者から過失割合に関連して照会や返還の求めが届くことがあるという点です。健保は加害者に対する損害賠償請求権を給付の範囲で代位取得しますが、過失相殺があると加害者から回収できる額が減ります。そのため、示談の内容によっては、被保険者が受け取った賠償金との調整が問題になります。
当法人が扱った事案では、示談成立後に保険者が過失割合を「当方10%・相手方90%」と認定したうえで、支払った治療費の10%分の支払いを求めてきたことがありました。このとき担当弁護士は、請求額が数百円と少額であり、争っても訴訟等の手続きに発展する見込みが乏しいことから、その額を支払って早期に問題を終わらせることを助言しています。求めの当否は事案によって異なり、金額の規模も踏まえて、争うか支払うかを判断する場面です。
重要なのは、示談のあとに保険者とのやり取りが残り得ることを、示談交渉の段階で織り込んでおくことです。示談金額を決めるときに考慮していないと、手元に残る金額が想定と変わることがあります。
7. 整骨院・接骨院はどう扱うか(病院は健保・整骨院は自賠責という組み方)
整形外科と並行して整骨院・接骨院にも通っている方は多いと思います。ここで実務が分かれます。整骨院の施術費は、健康保険の適用対象になる範囲が限られるためです。
ご本人の立替え負担を避けるため、次のような組み立てを取ることがあります。
- 病院(整形外科)は健康保険(第三者行為による傷病届)で通院する
- 整骨院の施術費は、その都度ご本人に自費でお支払いいただくのではなく、自賠責保険への被害者請求で回収する
打ち切り後の施術費を毎回自費で払い続けることは、生活面の負担が大きくなります。回収の見込みが立つ範囲で、ご本人の持ち出しをできるだけ抑える形を検討します。この組み立てが取れるかどうかは事案や通院先の運用にもよるため、個別に確認したうえで進めます。
また、自賠責へ請求する際は、整形外科の診断書・診療報酬明細書をあわせて提出し、整骨院への通院の必要性を客観的に示します。施術費だけを単独で請求するより、医学的な必要性が認められやすくなります。
なお、自賠責保険では「近接部位」の施術費など、基準に照らして一部が否認されることがあります。自賠責の画一的基準で否認された費用でも、必要性・相当性を立証できる余地があれば損害として主張します。ただし、施術の必要性・相当性が否定されている費目は、相手方任意保険会社や裁判所でも認められないことが少なくありません。「自賠責で否認された=必ず取れない」でもなければ、「主張すれば必ず取れる」でもない、という前提でご理解ください。
8. 通勤中・業務中の事故なら、健保より先に労災
ここまで健康保険の話をしてきましたが、その事故が通勤中・業務中に起きたものであれば、健康保険ではなく労災保険を使うのが原則です。
| 労災保険 | 健康保険 | |
|---|---|---|
| 窓口負担 | 原則なし | 原則3割 |
| 休業への給付 | 休業(補償)給付+休業特別支給金 | 傷病手当金(要件あり) |
| 後遺障害 | 障害(補償)給付・障害特別支給金 | なし |
| 過失による減額 | 減額されない(重大な過失の場合を除く) | —— |
※通常の過失では減額されませんが、故意の犯罪行為や重大な過失(信号無視・著しい速度超過・酒気帯び運転など)による事故では、労働者災害補償保険法12条の2の2により給付の一部が制限されることがあります。
労災が使える場面で健康保険を使うことは、制度上認められていません。業務災害・通勤災害は労災保険が対応する領域であり、健康保険は業務・通勤と無関係な傷病を対象とする制度だからです。誤って健康保険証を使うと、後から保険者に給付分の返還を求められ、あらためて労災へ請求し直す手間が生じます。
もっとも、「勤務先が労災の利用に非協力的で事実上使えない」というご相談は実際にあります。この場合の正しい進め方は健康保険への切替えではなく、事業主証明が得られない事情を添えて、ご本人(または代理人弁護士)が労働基準監督署へ直接労災を請求することです。そのうえで、治療費の確保は自賠責への被害者請求や人身傷害保険の活用と組み合わせて設計します。
通勤・業務中の事故の全体像は通勤・業務中の交通事故|労災保険と自賠責保険を両方使う方法、労災を使うかどうかの判断は交通事故で労災は使うべき?「使わない方がいい」は本当かをご覧ください。
9. よくある質問(FAQ)
Q1. 病院で「交通事故に健康保険は使えない」と言われました。どうすればよいですか?
交通事故のケガでも健康保険は使えます。窓口でそう言われるのは、届出の事務手続きが必要になることや、自由診療との単価の違いが背景にあることが多いです。「第三者行為による傷病届を保険者に提出したうえで健康保険を使いたい」と明確に伝えてください。それでも取り扱ってもらえない場合は、加入している健康保険の保険者に相談するか、弁護士から病院に説明することもできます。
Q2. 届出を出す前に健康保険で受診してしまいました。問題になりますか?
受診が先になること自体はよくありますが、届出は健康保険法施行規則65条に基づき「遅滞なく」提出すべき義務です。放置すると、保険者から給付の支払いを一時差し止められたり、支払われた給付分の返還を求められたりすることがあり、その場合は窓口で全額(10割)を求められる事態にもなり得ます。気づいた時点で速やかに提出してください。
Q3. 健康保険組合から書類が届きました。相手の治療費を請求されるのでしょうか?
多くの場合、それは「第三者行為による傷病届」の提出を求める案内です。加害者の治療費を負担させるための書類ではありません。保険者が加害者側へ求償するために事故の情報を確認する趣旨のものです。ご自身にも過失がある事案では、後日に過失割合相当分の返還を求められることがありますが、それは加害者の治療費とは別の話です。文面に不安がある場合は、書類の写しをお持ちください。
Q4. 相手保険会社が治療費の一括対応を打ち切ると言ってきました。すぐ健保に切り替えるべきですか?
まずは延長交渉が可能かどうかを検討します。医師が治療継続の必要性を認めているのであれば、その旨を根拠に延長を求めます。それでも打ち切られた場合の選択肢は、①治療を終えて賠償交渉に入る、②健康保険に切り替えて通院を続ける(※業務中・通勤中の事故では健康保険は使えません。労災保険の対象です)、③自費で通院して後から自賠責へ被害者請求する、の3つです。いずれを選ぶかは症状・通院頻度・自賠責の残枠を見て決めます。
Q5. 健康保険を使うと、もらえる慰謝料は減りますか?
減りません。慰謝料は入通院の期間・実日数などから算定されるもので、治療費をどの制度で支払ったかによって変わるものではありません。むしろ治療費の総額が抑えられる分、自賠責保険の傷害枠(120万円)に余裕が生まれ、慰謝料や休業損害に回せる金額が増えるという効果があります。
Q6. 加害者が誓約書に署名してくれません。健康保険は使えませんか?
使えないわけではありません。加害者の署名が得られない事情を書面で説明したうえで届出を提出するのが実務です。相手方任意保険会社の担当者・証券番号など、求償先が特定できる情報を添えることで手続きが進む場合が多くあります。当法人でも、加害者が署名を拒否した事案を扱った経験があります。
Q7. 健康保険で通院した分は、示談のときにどう扱われますか?
窓口で支払った3割はあなたの損害として加害者に請求します。健保が負担した7割は、健保が加害者へ求償します。注意すべきは、健保の求償が済む前に清算条項付きの示談をしてしまうと、健保から返還を求められる可能性があることです。示談の前に、届出の提出状況と求償の進み具合を必ず確認してください。
10. まとめと無料相談のご案内
- 交通事故のケガでも健康保険は使える。「使えない」は誤解
- 健保側の書類は「第三者行為による傷病届」。労災側の「第三者行為災害届」とは別物
- 提出先は協会けんぽ・健保組合・国保・共済組合など、加入先ごとに異なる
- 加害者が誓約書に署名しなくても、事情を説明すれば手続きは進められる
- 健保に切り替えると治療費総額が抑えられ、自賠責の傷害枠120万円に余裕が生まれる
- 自分に過失があると、示談後に健保から過失分の返還を求められることがある
- 示談の清算条項は健保の求償を妨げる。示談前に届出・求償の状況を確認する
- 整骨院は「自賠責への被害者請求」で回収する組み方が有効。自賠責で否認されても示談で請求する
- 通勤中・業務中の事故では健康保険は使えない。会社が非協力的でも、労基署への直接請求で労災を進める
執筆:松本 洋明 弁護士(弁護士法人ブライト)
大阪弁護士会所属。治療費打ち切り・健康保険切替え・自賠責被害者請求の実務を多数担当。
▶ プロフィール詳細
監修:和氣 良浩 弁護士(弁護士法人ブライト 代表)
大阪弁護士会所属。弁護士歴平均13年以上のチームを率いる。
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