特集|2026年マンション再生法と立退き 第4回/全16回
2026年4月1日施行の改正区分所有法と『マンションの再生等の円滑化に関する法律』にもとづく「賃貸借の終了請求」と補償金を、賃借人(テナント・入居者)の立場から全16回にわたって解説する特集です。
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この記事でわかること(結論)
- 賃貸借は終了請求から6か月で終了します(マンションの再生等の円滑化に関する法律122条2項)
- そのかわり補償金が支払われ、提供を受けるまでは明渡しを拒めます(区分所有法64条の2第3項・5項)
- 借地借家法28条の正当事由・立退料の枠組みは、この終了請求には直接適用されないと解されます
- 2026年4月1日施行の新しい制度で、裁判例はまだ存在しません
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 根拠法 | マンションの再生等の円滑化に関する法律/建物の区分所有等に関する法律 |
| 施行日 | 2026年4月1日 |
| 賃貸借の終了 | 終了請求から6か月の経過 |
| 明渡し | 補償金の提供を受けるまで拒める |
マンションの売却・取壊しで賃貸借の終了請求を受け、しばらくして組合から補償金の提示が来る。開けてみたら、想定していた額とかけ離れていた──。
このとき、「この金額では出ていきません」と言えるのか。 結論から言えば、言えます。ただし、条文に沿った言い方をする必要があり、大きなリスクも伴います。 この記事では、その根拠と限界を整理します。
1. 根拠条文は明文で存在する
マンションの再生等の円滑化に関する法律(以下「再生円滑化法」)122条3項が準用する区分所有法64条の2第5項が、その根拠です。
5 専有部分の賃借人は、第二項の規定により当該専有部分の賃貸借が終了したときであつても、前二項の規定による補償金の提供を受けるまでは、当該専有部分の明渡しを拒むことができる。
読み方のポイントは2つあります。
① 「賃貸借が終了したときであつても」 ── 賃貸借が終わっていることは前提です。この条文は、賃貸借がまだ続いていると主張するための条文ではありません。
② 「補償金の提供を受けるまでは」 ── 明渡しを拒める理由は、賃借権ではなく、補償金の提供がないことです。
したがって、主張の立て方はこうなります。
- ❌ 「補償金が低いから賃貸借は終了していない」
- ⭕ 「補償金の提供を受けていないから明渡しを拒む」
同じことを言っているようで、法律上はまったく違います。前者は122条2項に真正面から反するので通りません。後者は64条の2第5項の明文どおりです。
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2. 争点は「提供があったといえるか」に絞られる
では、組合が何らかの金額を提示・支払・供託してきた場合はどうなるのか。
条文は「補償金の提供を受けるまで」と書いています。ここでいう提供は、民法の弁済の提供と同じ意味と解されます。
民法第四百九十三条 弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし、債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。
つまり、「債務の本旨に従った提供」でなければ、有効な提供とはいえないことになります。
そして、この場合の債務の中身は、区分所有法64条の2第3項が定めるとおり「賃貸借の終了により通常生ずる損失の補償金」です。当事者が合意した額ではなく、客観的に決まるべき額です。
したがって争点は、次の一点に収れんします。
組合が提供した額は、「通常生ずる損失」に見合う額か。それとも、その一部にすぎないのか。
一部にすぎないのであれば、それは債務の本旨に従った提供とはいえず、明渡しを拒む権利は消えていないと構成することになります。これが、条文構造から導かれる基本的な考え方です。
3. 供託された場合はどうなるか
賃借人が受領を拒んだ場合、組合は供託という手段をとることが考えられます。
民法第四百九十四条 弁済者は、次に掲げる場合には、債権者のために弁済の目的物を供託することができる。この場合においては、弁済者が供託をした時に、その債権は、消滅する。
一 弁済の提供をした場合において、債権者がその受領を拒んだとき。
二 債権者が弁済を受領することができないとき。
2 弁済者が債権者を確知することができないときも、前項と同様とする。ただし、弁済者に過失があるときは、この限りでない。
ただし、供託が有効であるためには、その前提として有効な弁済の提供があったことが必要です(1項1号)。したがって、供託された額が「通常生ずる損失」に足りていなければ、供託によって債務が消滅したとはいえず、明渡しを拒む権利も消えていない、という構成が可能と考えられます。
なお、賃貸人と賃借人の間で賃貸借の効力そのものに争いがあるようなときには、組合が「債権者を確知することができない」として供託してくることもあり得ます(2項)。
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4. リスク──これは「全か無か」の賭けになりうる
ここからが重要です。明渡しを拒み続けるという選択には、決して小さくないリスクがあります。
4-1 後から「提供額は相当だった」と判断されたら
もし裁判で、組合が提供した額が「通常生ずる損失」として相当であったと認定されれば、提供の時点にさかのぼって、賃借人は正当な理由なく占有を続けていたことになります。
そうなると、次のような負担が生じ得ます。
- 賃料相当額の損害金(占有していた期間分)
- 明渡訴訟の費用
- 工程が切迫していれば、明渡断行の仮処分とその執行費用
- 場合によっては、解体工程の遅延による損害の主張
4-2 不足が「わずか」だった場合
提供額と客観的な額との差が小さい場合、明渡しを拒み続けることが権利の濫用と評価されるおそれもあります。「1円でも足りなければ拒める」という運用が認められるとは限りません。
どの程度の乖離があれば拒絶が正当化されるのか──この点について、条文は何も定めておらず、裁判例もまだありません。
4-3 拒んでいる間も「賃料相当額」は払うことになります
ここは誤解しやすいので、はっきり書きます。
明渡しを拒む権利が有効に働いている間、賃借人は明渡しについて履行遅滞の責任を負わないと考えられます。実際、法務省の報告書はこの権利を「同時履行の抗弁権」と呼んでいます。
しかし、その間も部屋を使い続けている以上、対価は発生します。 報告書は次のように述べています。
賃貸借終了請求日から賃貸借契約終了日までの間は賃料支払義務があるほか、終了後も明渡しまでは従前の賃料相当額を支払う義務があると考えられる。 なお、補償金支払請求権の発生は、賃貸借終了請求から6か月経過の時点であると解されている。
(法務省「区分所有法の賃貸借終了請求等に伴う補償金の算定方法等に関する調査研究報告書」令和8年3月27日)
つまり、
- 請求から6か月の間 → 賃料を払う
- 6か月経過後、明け渡すまで → 従前の賃料相当額を払う
ということです。「補償金が出るまで居座れば、その間はタダで住める(使える)」わけではありません。 明渡しを拒むという選択をするなら、この負担を織り込んでおく必要があります。
4-4 現実的な問題──建物が「使えなくなる」
見落とされがちですが、実務上は次の点も重大です。
他の住戸の退去が進み、解体の準備が始まると、電気・水道・エレベーター・警備といった共用部分のサービスが順次止まっていきます。そうなると、住み続けることも、店舗・事務所として営業を続けることも事実上難しくなります。
居座り続ける戦術は、実益が乏しいだけでなく、営業を継続していないことが営業補償の算定にとって不利に働くおそれもあります。
5. リスクを下げる3つの選択肢
「拒み続ける」か「言い値で受け入れる」かの二択ではありません。中間的な組み立て方があります。
選択肢A 異議を留保して受領する
補償金を受け取ったうえで、「これは不足額の請求を放棄する趣旨ではない」と明確に留保し、不足分を別途請求するという方法です。
- メリット:損害金が積み上がるリスクを止められる。移転資金も確保できる。
- デメリット:受領によって明渡しを拒む権利は失われます。以後は純粋な金銭請求の争いになります。
供託された場合も、異議を留保したうえで還付請求するという形が考えられます。留保の意思表示は、後で争いにならないよう、必ず書面で、記録に残る形で行うべきです。
選択肢B 一部を受領しつつ、明渡しの条件を合意で作る
補償金の一部を受け取りつつ、明渡しの猶予期間や移転実費の後日精算を合意で取り付ける方法です。組合にとっても工程の見通しが立つため、交渉が成立しやすい場面があります。
選択肢C こちらから先に金額の土俵を作る
組合の提供を待たず、賃借人の側から補償金の請求をして、金額の議論を先に始めるという方法です。組合から明渡しを求められた場合には、賃貸人と組合の双方を相手方として、補償金の支払と引換えの処理を求めていくことになります。
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6. いちばん大事なこと──「低すぎる」だけでは戦えない
これがこの記事の核心です。
「提示額は低すぎる」と主張するだけでは足りません。 裁判所に判断してもらう場面になれば、組合側は補償コンサルタントによる算定書を出してきます。こちらに対抗する数字がなければ、裁判所は組合側の算定だけを見ることになります。
したがって、明渡しを拒むという選択をとるのであれば、次の準備が事実上の前提になります。
- 補償コンサルタント・不動産鑑定士による対抗試算を用意する
- そのために、営業補償・内装工作物補償・借家人補償の各項目の裏づけ資料を揃える
- そのために、組合の室内調査に応じ、こちらも同じ土俵の資料を持つ
一見すると矛盾しているようですが、そうではありません。調査を拒むことは、「低すぎる」という主張の立証基盤を自分で壊す行為です(→「室内調査に応じるべきか」)。
資料を出さないと、抗弁権そのものを失うおそれがあります
これは軽く扱えない指摘です。法務省の報告書は、営業補償の基礎資料が得られない場合について、次のように述べています。
それでもなお借家人から適切な協力が得られない場合には、営業補償は無し、または、概算推定の営業補償を提示することとなることもやむを得ないと考えられ、このようにして算出された補償金を提供することをもって、借家人の同時履行の抗弁権(改正区分所有法64条の2第5項)を失わせることは可能と考えられる。
つまり、資料を出さないまま「金額が不当だ」と拒み続けると、営業補償ゼロで算定された補償金の提供によって、明渡しを拒む権利まで失いかねないという整理が示されているということです。
報告書の一方的な見解であって裁判所を拘束するものではありませんが、組合側はこの整理に沿って動いてくると考えるのが現実的です。 非協力は戦術になりません。
そして、専門家の選任は早ければ早いほど有利です。組合の室内調査に自分の専門家を同席させられれば、現況の記録を自分の手元に残せます。
7. この論点はまだ判例がない
再生円滑化法122条を含む改正法は2026年4月1日に施行されたばかりであり、次の点について確立した裁判例はありません。
- どの程度の額が提供されれば「債務の本旨に従った提供」といえるのか
- 不足がわずかな場合に、拒絶が権利濫用となるのか
- 補償金の額を争う手続はどうなるのか(再生円滑化法には、都市再開発法97条4項のような収用委員会への裁決申請の規定がありません)
この記事で引用した国土交通省のマニュアルと法務省の報告書は、いずれも2026年3月に公表された行政側の資料であり、法令ではなく、裁判所を拘束するものでもありません。報告書自身も「今後、実務や裁判例の積み重ねを経て、より具体的かつ妥当な算定基準に繋がっていくことを期待する」と述べている段階です。
とはいえ、組合側はこれらの資料に沿って動いてきます。 反論するにせよ、まずは同じ土俵に立ったうえで、どこがこの事案に当てはまらないのかを具体的に示す必要があります。
本記事は一般的な法制度の解説であり、特定の事案についての法的助言ではありません。 明渡しを拒むという判断は、後日大きな負担につながるおそれがあります。実行の前に、必ず弁護士にご相談ください。
記事中の条文は、e-Gov法令検索により原文を確認しています。
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監修者情報
監修:弁護士法人ブライト 代表弁護士 和氣 良浩
大阪弁護士会所属。2006年弁護士登録(修習59期)。不動産トラブル・企業法務・相続を中心に、大阪・関西の案件を幅広く取り扱う。「みんなの法務部」として中小企業・オーナー経営者の法的リスク対応をサポート。
弁護士法人ブライト
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本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、特定の案件に対する法律上のアドバイスではありません。具体的な事情については弁護士にご相談ください。