「MRI検査では異常が見つからなかったのに、明らかに仕事ができなくなった」「家族から性格が変わったと言われる」——このような悩みを抱えている労災被災者の方は少なくありません。高次脳機能障害は、交通事故や労働災害による頭部外傷後に発症することが多い障害ですが、MRI検査で異常所見が認められないケースでは、労災認定や損害賠償請求において大きな壁に直面することがあります。
しかし、MRIで異常が見つからないからといって、高次脳機能障害が否定されるわけではありません。SPECT(脳血流シンチグラフィ)やPET検査などの機能画像検査を活用することで、脳の機能的な異常を証明し、適正な後遺障害等級認定と賠償金を獲得できる可能性があります。本記事では、弁護士法人ブライトの労災専門弁護士が、MRI異常なしの高次脳機能障害における賠償金請求の実務と具体的な解決事例について詳しく解説します。
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高次脳機能障害とは|MRI異常なしでも認定される理由
高次脳機能障害の定義と主な症状
高次脳機能障害とは、脳損傷に起因する認知機能の障害を指し、厚生労働省が2004年に策定した「高次脳機能障害診断基準」において、その定義と診断方法が明確化されています。労働者災害補償保険法施行規則別表第一に定める後遺障害等級表では、神経系統の機能または精神の障害として、第1級から第14級までの各等級に該当する可能性があります。
高次脳機能障害の主な症状は以下のとおりです。
- 記憶障害:新しいことを覚えられない、約束を忘れる、同じことを何度も聞く
- 注意障害:集中力が続かない、複数の作業を同時にできない、ミスが増える
- 遂行機能障害:計画を立てて行動できない、段取りが悪くなる、優先順位がつけられない
- 社会的行動障害:感情のコントロールができない、怒りっぽくなる、空気が読めなくなる
- 病識欠如:自分の障害を認識できない、以前と変わらないと思い込む
これらの症状は、労働安全衛生法第66条の4に基づく健康診断や、労働基準法施行規則第35条に定める業務上疾病の認定において重要な判断要素となります。
なぜMRI検査で異常が見つからないことがあるのか
MRI(磁気共鳴画像法)は、脳の形態的な異常を検出することに優れた検査方法です。しかし、高次脳機能障害の原因となる脳損傷には、MRIでは検出困難な微細な損傷が含まれることがあります。
具体的には、以下のような損傷はMRIで異常所見として現れにくい傾向があります。
- びまん性軸索損傷(DAI)の軽度例:神経線維の微細な断裂は、通常のMRI撮像条件では検出されないことがある
- 脳挫傷の瘢痕化:受傷から時間が経過すると、出血や浮腫が吸収され、形態的な異常が目立たなくなる
- 神経細胞の機能的損傷:細胞死に至らない程度の損傷は、形態的な変化を伴わないことがある
最高裁判所平成27年3月4日判決(平成25年(オ)第1764号)では、画像所見の有無だけで高次脳機能障害の存否を判断することの問題点が示唆されており、神経心理学的検査の結果や日常生活状況等を総合的に考慮すべきとの判断基準が示されています。
労災認定基準における画像所見の位置づけ
厚生労働省労働基準局長通達「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準」(基発第0808002号、平成15年8月8日)によれば、高次脳機能障害の認定にあたっては、以下の3要件が考慮されます。
- 脳の器質的病変の原因となる外傷の存在
- 外傷後の意識障害の存在(JCS、GCSによる評価)
- 高次脳機能障害の典型的症状の発現
重要なのは、この認定基準において「MRIで異常所見が認められること」は絶対的な要件とはされていない点です。画像所見は重要な判断材料の一つではあるものの、受傷機転、意識障害の程度と持続時間、神経心理学的検査の結果、日常生活や就労状況の変化など、多角的な視点からの評価が求められます。
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SPECT検査とは|MRI異常なしでも脳機能障害を証明する方法
SPECT検査の原理と高次脳機能障害診断における有用性
SPECT(Single Photon Emission Computed Tomography:単一光子放射断層撮影)は、放射性同位元素を用いて脳の血流状態を画像化する核医学検査です。99mTc-ECD(テクネチウム標識エチルシステイネートダイマー)や99mTc-HMPAO(テクネチウム標識ヘキサメチルプロピレンアミンオキシム)などの放射性医薬品を静脈注射し、脳内への集積を撮像することで、局所脳血流量を評価します。
MRIが脳の「形態」を見る検査であるのに対し、SPECTは脳の「機能」を見る検査といえます。脳損傷により神経細胞の活動が低下している領域では血流も低下するため、形態的な変化がなくても機能的な異常を検出できる可能性があります。
日本核医学会が2011年に策定した「脳血流SPECTの適正使用指針」においても、高次脳機能障害の診断におけるSPECT検査の有用性が認められており、特にMRIで明らかな異常が認められないケースでの補助的診断手段として位置づけられています。
eZIS解析とSPM解析による客観的評価
SPECT検査の結果を客観的に評価するために、統計学的画像解析が用いられることがあります。代表的な解析方法として、以下の2つがあります。
eZIS(easy Z-score Imaging System)は、国立長寿医療研究センターが開発した解析ソフトウェアで、健常者データベースと比較して、統計的に有意な血流低下領域をZスコアとして数値化します。Zスコアが2.0以上の領域は、健常者の平均から2標準偏差以上低下していることを示し、臨床的に意味のある血流低下と評価される可能性があります。
SPM(Statistical Parametric Mapping)は、ロンドン大学で開発された解析ソフトウェアで、より高度な統計処理が可能です。ボクセルごとの比較により、局所的な血流低下領域を精密に特定することができます。
これらの統計学的解析結果は、訴訟や労災認定手続きにおいて、客観的な医学的証拠として活用できる可能性があります。弁護士法人ブライトでは、核医学専門医との連携により、SPECT検査結果の適切な解釈と証拠としての活用方法についてアドバイスを提供しています。
PET検査・拡散テンソル画像(DTI)など他の検査方法
SPECT以外にも、MRI異常なしの高次脳機能障害を証明するための検査方法があります。
PET(Positron Emission Tomography:陽電子放射断層撮影)は、SPECTよりも高い空間分解能で脳の代謝活動を評価できます。18F-FDG(フルオロデオキシグルコース)を用いた糖代謝PET検査では、神経細胞の活動低下を高感度で検出できる可能性があります。ただし、検査費用が高額(自費の場合10万円程度)であり、実施可能な医療機関が限られるというデメリットがあります。
DTI(Diffusion Tensor Imaging:拡散テンソル画像)は、MRIの特殊な撮像法の一つで、脳内の神経線維の走行を画像化することができます。びまん性軸索損傷では、神経線維の損傷により水分子の拡散方向が変化するため、通常のMRIでは検出できない損傷を捉えられる可能性があります。FA値(Fractional Anisotropy:異方性比率)の低下が、白質損傷の指標として用いられます。
弁護士法人ブライトでは、各検査方法の特性を理解した上で、ケースに応じた最適な検査方針を医師と連携しながら検討しています。
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MRI異常なし高次脳機能障害の後遺障害等級と賠償金相場
高次脳機能障害の後遺障害等級一覧
労働者災害補償保険法施行規則別表第一(後遺障害等級表)において、高次脳機能障害は「神経系統の機能又は精神の障害」として、以下の等級に該当する可能性があります。
- 第1級1号:神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの(給付基礎日額の313日分の年金)
- 第2級1号:神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの(給付基礎日額の277日分の年金)
- 第3級3号:神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの(給付基礎日額の245日分の年金)
- 第5級2号:神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの(給付基礎日額の184日分の年金)
- 第7級4号:神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの(給付基礎日額の131日分の年金)
- 第9級10号:神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの(給付基礎日額の391日分の一時金)
- 第12級13号:局部に頑固な神経症状を残すもの(給付基礎日額の156日分の一時金)
- 第14級9号:局部に神経症状を残すもの(給付基礎日額の56日分の一時金)
MRI異常なしのケースでは、画像所見がないことを理由に低い等級での認定や非該当とされるリスクがありますが、SPECT等の機能画像検査結果や神経心理学的検査結果を適切に提出することで、実態に即した等級認定を受けられる可能性が高まります。
等級別の賠償金・損害額の目安
会社に対する損害賠償請求(民事賠償)において獲得できる可能性のある賠償金は、労災保険給付とは別に請求することができます。民法第709条(不法行為)または民法第415条(債務不履行)を根拠として、以下の損害項目を請求することが考えられます。
後遺障害慰謝料(裁判基準・弁護士基準の目安)
- 第1級:2,800万円程度
- 第2級:2,370万円程度
- 第3級:1,990万円程度
- 第5級:1,400万円程度
- 第7級:1,000万円程度
- 第9級:690万円程度
- 第12級:290万円程度
- 第14級:110万円程度
逸失利益は、後遺障害により失われた将来の収入を賠償するもので、「基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」で算定されます。例えば、年収500万円の35歳男性が第7級(労働能力喪失率56%)と認定された場合、67歳までの32年間のライプニッツ係数18.147を用いると、逸失利益は約5,081万円となる可能性があります。
弁護士法人ブライトでは、MRI異常なしのケースにおいても、SPECT検査結果等を活用して第9級以上の認定を獲得し、数千万円規模の賠償金を獲得した解決実績があります。
MRI異常なしが賠償金に与える影響と対策
MRIで異常所見がない場合、以下のような形で賠償金額に悪影響が及ぶリスクがあります。
- 後遺障害等級認定において、低い等級での認定や非該当とされる
- 素因減額の主張をされやすくなる(既往症や加齢変性の寄与を主張される)
- 因果関係の立証が困難となり、損害賠償請求自体が認められないリスクがある
これらのリスクに対しては、以下の対策が有効と考えられます。
第一に、SPECT・PET等の機能画像検査を早期に実施することです。受傷から時間が経過すると、脳血流の状態が変化し、受傷時の状態との比較が困難になる可能性があります。できる限り早い段階で検査を実施し、客観的な証拠を確保することが重要です。
第二に、神経心理学的検査を複数実施することです。ウェクスラー成人知能検査(WAIS-IV)、ウェクスラー記憶検査(WMS-R)、前頭葉機能検査(FAB)、Trail Making Test、Wisconsin Card Sorting Testなど、複数の検査を組み合わせることで、高次脳機能障害の存在とその程度を多角的に証明することができます。
第三に、日常生活状況報告書を詳細に作成することです。厚生労働省の書式「日常生活状況報告書」を、ご家族など身近な方に詳細に記載していただくことで、実際の生活上の支障を具体的に証明することができます。
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弁護士法人ブライトの解決事例|MRI異常なし高次脳機能障害で適正な賠償金を獲得
事例1:建設現場での墜落事故|第7級認定で約6,500万円の賠償金を獲得
大阪府内の建設現場で足場から墜落し、頭部を強打した40代男性の事例です。救急搬送時の意識障害はJCS10(刺激に応じて覚醒するが、すぐに戻る)程度でしたが、MRI検査では明らかな異常所見は認められませんでした。
しかし、復職後に「同僚から何度も同じことを聞くようになったと指摘される」「段取りが悪くなり、作業効率が著しく低下した」「些細なことで激昂するようになった」といった症状が出現しました。
弁護士法人ブライトでは、以下の証拠収集を行いました。
- SPECT検査の実施:両側前頭葉および側頭葉内側部に有意な血流低下を認めた
- 神経心理学的検査:WAIS-IVで動作性IQの顕著な低下、WMS-Rで遅延再生の著明な低下を認めた
- 職場同僚からの陳述書:受傷前後の変化を具体的に記載
- 妻作成の日常生活状況報告書:家庭内での問題行動を詳細に記載
これらの証拠を労働基準監督署に提出した結果、後遺障害第7級4号が認定されました。さらに、労働安全衛生法第21条(事業者の講ずべき措置等)違反を主張し、会社との交渉を行った結果、約6,500万円の賠償金で和解が成立しました。
事例2:工場での機械事故|審査請求で第9級に変更決定
兵庫県内の製造工場でプレス機に頭部を挟まれた30代男性の事例です。当初のMRI検査では異常なしとされ、労働基準監督署は後遺障害第14級9号(局部に神経症状を残すもの)と認定しました。
しかし、被災者の症状は第14級の評価にはそぐわないものでした。新規の業務を覚えられない、複数の指示を同時に処理できない、感情の起伏が激しく職場の人間関係に支障をきたすなど、明らかに就労に重大な影響が生じていました。
弁護士法人ブライトでは、労働保険審査官に対する審査請求を行いました(労働者災害補償保険法第38条)。審査請求にあたっては、以下の追加証拠を提出しました。
- 受傷1年後に実施したSPECT検査(eZIS解析により、前頭葉眼窩面にZスコア2.5以上の血流低下領域を確認)
- 高次脳機能障害に詳しい神経内科専門医による診断書
- 神経心理学的検査結果(受傷前の学歴・職歴から推定される能力水準との乖離を立証)
- 職場の上司による陳述書(受傷前後の業務遂行能力の変化を具体的に記載)
審査請求の結果、原処分が変更され、後遺障害第9級10号が認定されました。これにより、労災保険給付額が大幅に増加したほか、会社に対する損害賠償請求においても逸失利益の算定根拠として有利に働き、最終的に約3,800万円の賠償金を獲得しました。
事例3:交通事故による労災|SPECT検査が決め手となり第5級認定
営業職として社用車を運転中に追突事故に遭った50代男性の事例です。相手方の前方不注視が原因の事故でしたが、業務中の事故であったため労災申請を行いました。
受傷時の意識消失は数分間と短く、CT・MRI検査でも明らかな異常は認められませんでした。しかし、復職後、「取引先との約束を忘れる」「商談の内容を覚えていない」「得意先から人が変わったと言われる」といった症状が顕在化し、営業成績は受傷前の3割程度にまで低下しました。
弁護士法人ブライトでは、高次脳機能障害の専門医療機関での精査を依頼しました。SPECT検査(SPM解析)では、両側前頭葉、両側側頭葉、帯状回に広範な血流低下が認められました。また、PET検査でも同領域に代謝低下が確認され、器質的な脳損傷の存在が裏付けられました。
神経心理学的検査では、WAIS-IVで全検査IQ78(受傷前の職歴等から推定されるIQ水準は100以上)、WMS-Rで一般記憶指数62と著明な低下が認められました。三宅式記銘力検査、ベントン視覚記銘検査においても重度の記憶障害が示されました。
これらの証拠を提出した結果、後遺障害第5級2号(特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)が認定されました。労災保険からの年金給付に加え、相手方(加害者側)の任意保険会社との交渉を行い、最終的に約8,200万円の賠償金で示談が成立しました。
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高次脳機能障害の労災申請・損害賠償請求の進め方
労災保険給付の請求手続き
高次脳機能障害で労災保険給付を受けるためには、管轄の労働基準監督署に対して各種請求書を提出する必要があります。主な給付と請求書様式は以下のとおりです。
- 療養補償給付:様式第5号(労災指定病院の場合)、様式第7号(労災指定外病院の場合)
- 休業補償給付:様式第8号
- 障害補償給付:様式第10号(症状固定後に請求)
- 介護補償給付:様式第16号の2の2(第1級・第2級で常時または随時介護を要する場合)
高次脳機能障害の場合、特に重要となるのが障害補償給付の請求です。症状固定時(これ以上治療を続けても症状の改善が見込めない状態に達した時点)に、後遺障害診断書とともに請求書を提出します。
MRI異常なしのケースでは、通常の後遺障害診断書に加えて、以下の資料を添付することが重要です。
- SPECT検査結果(eZIS解析またはSPM解析を含む)
- 神経心理学的検査結果報告書
- 日常生活状況報告書(厚生労働省様式)
- 主治医以外の専門医による診断書(必要に応じて)
会社に対する損害賠償請求の法的根拠
労災保険給付とは別に、会社に対して損害賠償を請求できる場合があります。主な法的根拠は以下のとおりです。
安全配慮義務違反(債務不履行責任・民法第415条):労働契約法第5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。この安全配慮義務に違反し、労働者が損害を被った場合、会社は債務不履行責任を負う可能性があります
監修者
笹野 皓平(ささの こうへい)
弁護士法人ブライト|労災事業部 部長
大阪弁護士会(2011年登録・修習64期)
京都大学法学部卒・立命館法科大学院修了
専門:労災事故・会社関係争訟・M&A・事業再生
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