架空発注を見抜くための社内体制と法的対応——社長が知っておくべき判断の順番

架空発注を見抜くための社内体制と法的対応——社長が知っておくべき判断の順番

「取引先の数が増えてきて、細かい発注の中身まで目が届かなくなってきた」——そう感じ始めたとき、社長の頭の中には漠然とした不安がよぎります。経費の流れは把握しているつもりでも、実際の業務を担う現場の細部まで確認する余裕はない。請求書が上がってきても、「そういう仕事があるなら仕方ない」と承認してしまう。その小さな隙間に潜り込んでくるのが、架空発注という手口です。

架空発注は、実際には存在しない取引や業務を「発注した」と見せかけて会社の資金を横流しする行為です。外部の詐欺師ではなく、信頼していた自社の社員や役員が加害者になるケースが大半です。発覚したとき、社長は驚きとともに「どこまで被害が広がっているのか」「この先どうすればよいのか」という二重の不安に直面します。この記事では、架空発注が起きる構造を整理したうえで、発覚前・発覚時・解決後のそれぞれで社長がどう動けばよいかを具体的に説明します。

架空発注はなぜ起きるのか——判断ミスの構造

架空発注が長期間にわたって発覚しない理由の多くは、「信頼」と「分業」の組み合わせにあります。発注・請求・入金確認という三つの流れを同一人物がコントロールできる状態になっていると、横領の舞台が整います。

典型的な構造はこうです。担当者が架空の外注先名義の口座を用意し、「外注費」「業務委託費」として請求書を作成します。上長は「この担当者が言うなら大丈夫だろう」と請求書の中身を精査せずに承認する。経理は「承認が通っているから問題ない」と振込処理をする。誰もがそれぞれの仕事をしているつもりなのに、全体として誰もチェックしていない状態になっています。

中小企業では、人手不足から一人の担当者に複数の業務を兼任させることが珍しくありません。そのこと自体は仕方がない面もありますが、「発注権限と支払確認権限を同一人物が持つ」という状態が続くと、架空発注の温床になります。社長が「あいつは信頼できるから」と目をつむってきた部分が、まさにリスクの核心になっているのです。

問題が起きる前にできること——予防の仕組みづくり

【図解】架空発注はなぜ起きるのか——判断ミスの構への対応フロー

① 問題発生
② 事実確認・記録
③ 顧問弁護士に相談
④ 対応策の実行

※ 弁護士に早期相談することで、リスクを最小化できます。

架空発注を防ぐ最大の武器は、「発注と支払の承認を分ける」という内部統制の基本です。一人の人間が発注も請求確認も支払承認もできる状態を解消するだけで、リスクは大幅に下がります。

具体的には次のような仕組みが有効です。

  • 取引先マスタの管理:新規取引先の登録は必ず複数人の承認を必要とするルールにする。担当者が勝手に架空の外注先を登録できないようにする。
  • 請求書の突合確認:請求書の内容と発注書・納品書・成果物を照合する手続きを義務化する。「請求書があれば支払う」という流れを断ち切る。
  • 定期的な取引先リストの棚卸し:年に一度、実際に取引が継続している先かどうかを第三者(経理担当者と発注担当者の組み合わせを変えるなど)が確認する。
  • 内部通報窓口の設置:架空発注に気づいた同僚が安心して通報できる仕組みを作る。外部の弁護士や専門機関を窓口にすると実効性が上がる。

これらは「不信感から作るルール」ではなく、「不正が起きにくい環境を整えることで従業員を守るルール」でもあります。架空発注の誘惑に負けないための安全装置は、会社と社員の双方を守る仕組みです。

顧問弁護士を活用するなら、この段階が最もコストパフォーマンスが高いといえます。就業規則や社内規程に「不正行為に対する懲戒処分の根拠」が明記されているか、発注・支払フローに法的に問題がないかを事前に確認しておくことで、後になって「懲戒解雇が無効になる」というリスクを防げます。

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架空発注が発覚したときの対応フロー——証拠を残す順番

「架空発注かもしれない」という疑いが生じたとき、最初にやってはいけないことがあります。それは「本人にすぐ問い詰める」ことです。証拠の隠滅やデータの削除が起きやすくなり、後の法的手続きが難しくなります。

第一段階:デジタル・紙の証拠を先に確保する

発注書、請求書、振込明細、稟議書、業務委託契約書、メール・チャット履歴などを、手を加えずに保全します。電子データは日付スタンプごと保存し、紙は原本を安全な場所に移します。社内のサーバーやメールシステムへのアクセスログも保存対象です。

第二段階:被疑者を業務から切り離す

証拠保全と並行して、当該担当者を該当業務から外します。「調査中の案件を別の担当者に引き継ぐ」という形で、業務上の理由として行うのが現実的です。いきなり出勤停止にすると労務上の問題が生じる可能性があるため、この段階での対応方法は弁護士に確認しておくことが重要です。

第三段階:内部調査チームを組成する

被疑者と利害関係のない社員(可能であれば外部の弁護士を加えた調査チーム)で、被害額・期間・関与者の特定を進めます。調査結果はすべて記録し、後の損害賠償請求や刑事告訴に使える形で整理します。

第四段階:法的対応の選択

調査が一定程度まとまった段階で、①民事上の損害賠償請求・不当利得返還請求、②懲戒解雇、③刑事告訴のどれをどの順で進めるかを弁護士と相談しながら決定します。三つは必ずしも同時に進める必要はありませんが、時効や証拠の消失リスクがあるため、判断は早めに行う必要があります。

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失敗事例の構造——なぜ相談が遅れ、証拠が消えたのか

架空発注の対応で最もよく見られる失敗は、「まず社内で穏便に解決しようとした」というものです。

ある製造業の会社では、購買担当の社員が3年以上にわたって架空の外注費を計上し続けていました。社長が異変に気づいたのは、経理担当者の何気ない一言からでした。しかしその後、社長は「まず本人に話を聞いて、返してもらえればそれでいい」と考え、弁護士への相談を後回しにしました。本人は「すぐ返す」と約束しましたが、その間にパソコンのデータを削除し、取引履歴を改ざんしていました。

弁護士に相談したのは発覚から2ヶ月後。このとき残っていた証拠は断片的で、被害額の全容を証明することが難しい状況になっていました。懲戒解雇は行いましたが、その後に起こされた労働審判では「手続きが不十分」として解雇の有効性が一部争われました。

この事例から見えてくる構造は二つです。

  1. 相談が遅れた理由:「社内で解決できる」「表沙汰にしたくない」という心理が、証拠保全のタイミングを逃させた。
  2. 証拠が残らなかった理由:被疑者に「自分が疑われている」と気づかせてしまったことで、意図的な証拠隠滅が起きた。

証拠は、紛争になってから急に作れるものではありません。疑いが生じた瞬間から、証拠保全と法的対応の準備を並行して進めることが、会社を守る唯一の方法です。

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うちの会社ではどう考えればいいのか——規模別の判断基準

「うちは小さい会社だし、架空発注なんて起きない」と思っている社長ほど、注意が必要です。実際、架空発注が多く発生するのは、内部統制が整っていない中小企業です。大企業には複数のチェック機能がありますが、中小企業では一人の担当者に権限が集中しやすく、そのぶん横領が起きやすい構造になっています。

社員数30人以下の会社:経理と発注を同一人物が担当している場合、最低限「毎月の振込明細を社長自身が確認する習慣」を持つことが重要です。社長が数字を見る目を持つことが、最もシンプルで効果的な抑止力になります。

社員数30〜100人規模の会社:取引先マスタの管理権限と支払承認権限を分ける仕組みを作るタイミングです。就業規則に懲戒規定が明記されているかも確認してください。

社員数100人以上の会社:内部通報窓口の設置と、外部専門家による定期的な内部監査(法務ドック)の実施を検討してください。架空発注が組織的に行われている場合、社内だけでは発見が難しくなります。

いずれの規模においても、「疑いが生じたら迷わず弁護士に相談する」という判断基準だけは共通して持っておいてください。初動が遅れるほど被害が拡大し、対応の選択肢が狭まります。

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再発防止策——次の架空発注を起こさないために

架空発注事件が一件落着した後、多くの会社は「これで終わった」と感じます。しかし本当に怖いのは、同じ穴が別の場所に残っていることです。一人の横領者を排除しても、構造が変わらなければ次の問題が生まれます。

再発防止のために整えておくべき項目は次の通りです。

  • 就業規則の懲戒規定の見直し:「架空発注」「架空の外注費計上」「会社資産の横領」などを具体的に列挙した懲戒事由の規定があるか確認する。規定が曖昧だと、懲戒解雇が裁判で無効とされるリスクがある。
  • 発注フロー規程の整備:発注権限・支払承認権限の分離を明文化した社内規程を作成する。口頭での慣行ではなく、書面として残す。
  • 定期的な取引先の実在確認:年に一度、全取引先について担当者以外が存在確認を行う手続きを設ける。
  • 不正発覚時の対応フローの明文化:「疑いが生じたら誰に報告するか」「証拠をどう保全するか」を事前に定めておく。
  • 内部通報制度の実効性確認:通報窓口が機能しているか、通報者が不利益を受けないルールが整っているか確認する。

これらは一度整えたら終わりではなく、会社の成長や組織変更に合わせて定期的に見直すことが重要です。

架空発注の再発防止は、単なるルール整備で終わらせないことが肝心です。就業規則・発注規程・内部通報制度のそれぞれが有機的につながり、「不正が起きにくく、起きても早期に発見できる体制」として機能して初めて意味を持ちます。顧問先130社以上の実名を公開している弁護士法人ブライトの「みんなの法務部」では、企業法務部の弁護士歴平均14年以上の弁護士が、こうした社内規程の整備から不正発覚時の初動対応まで継続的に伴走しています。架空発注は一件解決しても、内部統制の仕組みが変わらなければ再発します。スポット対応で終わらせず、就業規則・発注フロー規程の整備と、日常的に相談できる体制を作ることが、会社を長期的に守ることにつながります。

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よくある質問

Q. 架空発注が発覚したら、すぐに警察に届けるべきですか?

A. 刑事告訴は対応の選択肢の一つですが、必ずしも「すぐに届ける」ことが最善とは限りません。まず証拠を保全し、被害額を特定したうえで弁護士と相談しながら民事・刑事の対応方針を決めることが重要です。告訴状の内容が不十分だと受理されないケースもあるため、専門家のサポートのもとで進めることをお勧めします。

Q. 架空発注をした従業員を懲戒解雇にできますか?

A. 懲戒解雇の有効性は、就業規則に「架空発注」「横領」を懲戒事由として明記しているかどうかに大きく左右されます。規定が曖昧だったり手続きが不十分だったりすると、裁判で無効とされるリスクがあります。懲戒解雇を行う前に必ず弁護士に相談してください。

Q. 損害賠償請求の時効はいつまでですか?

A. 不法行為に基づく損害賠償請求権の時効は、損害および加害者を知った時から3年です(民法724条1号)。また、不法行為の時から20年という除斥期間もあります。発覚してから時間が経つほど証拠も散逸しやすくなるため、早めに動くことが重要です。

Q. 少額の架空発注でも法的対応が必要ですか?

A. 金額の大小にかかわらず、架空発注は業務上横領罪に該当しうる行為です。「少額だから大目に見た」という対応は、次の不正を誘発するリスクがあります。また、調査を進めると被害が想定より大きかったというケースも珍しくありません。金額を問わず、発覚した時点で弁護士に相談し、対応方針を整理することをお勧めします。

参考裁判例

当事務所では本テーマに関する最新の裁判例を継続的に確認し、顧問先企業のリスク評価に反映しています。本記事の作成にあたり特に参考にした裁判例を以下に紹介します。

※ 裁判例情報は判例秘書INTERNETから取得した参照情報です。本記事は弁護士法人ブライトが監修・執筆しています。

和氣良浩 弁護士

この記事の監修者

和氣 良浩(わけ よしひろ)

弁護士法人ブライト|代表弁護士/パートナー弁護士

弁護士歴20年(2006年登録)/大阪弁護士会/大阪大学法学部卒

専門:顧問弁護士・企業法務・M&A・経営権紛争・事業再生

架空発注・横領・懲戒解雇・不正対応など経営上の課題を継続的に相談できる顧問弁護士をお探しの方は、弁護士法人ブライト「みんなの法務部」にお問い合わせください。顧問先130社以上の実名を公開しており、企業法務部の弁護士歴平均14年以上の経験豊かな弁護士が対応します。企業法務窓口:0120-929-739(平日9:00〜18:00)

「みんなの法務部」というブライトの考え方

中小企業の社長に「専属の法務部」を持っていただく——これがブライトの顧問サービスの基本姿勢です。社内に法務部を置けない規模でも、契約書・労務・債権回収・M&Aまで日常的に相談できる体制を、月額固定で。企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームで、130社以上の顧問先と向き合っています。

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本記事は、一般的な情報の提供を目的とするものであり、個別案件に関する法的助言を目的とするものではありません。また、情報の正確性、完全性及び適時性を法的に保証するものではありません。
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