「事業を切り出したいのか、会社ごとくっつけたいのか、どっちが正解なんだろう」。M&Aや組織再編を検討しはじめた社長が、最初に感じる迷いは、たいていこういうものです。弁護士や税理士に相談すると、「事業譲渡」と「合併」という言葉が出てくる。でも、違いを聞いてもどこか腑に落ちない。「自分の会社に当てはめたとき、どちらが正解なのか」がわからないまま、相手の言葉に引っ張られて動いてしまう。そこに最大のリスクが潜んでいます。 事業譲渡と合併、根本的に「何が違うのか」 まず、制度の骨格だけ押さえておきましょう。ただし、ここで重要なのは「法律の定義を覚えること」ではなく、「自分の会社がどちらに向いているかを判断できるようになること」です。 事業譲渡は、会社が持っている事業の一部または全部を、相手方に「売る」行為です。売買契約に近いイメージで、譲渡する資産・負債・契約・従業員を個別に選んで移転します。会社そのものは残ります。 合併は、2つ以上の会社が「1つになる」行為です。吸収合併では、一方の会社が消えて(消滅会社)、もう一方の会社(存続会社)に権利・義務・従業員・許認可がすべて引き継がれます。新設合併では、両社が消えて新しい会社が生まれます。 この根本的な違いが、許認可・従業員・借金・手続コストのすべてに影響を及ぼします。以下の表で比較してみましょう。 許認可:事業譲渡では原則として再取得が必要。合併では存続会社がそのまま引き継げる場合が多い(ただし業種によって異なる)。 従業員:事業譲渡では個別に同意が必要。合併では包括承継のため原則として自動的に移転する。 負債:事業譲渡では引き受ける負債を選択できる。合併では消滅会社の負債も丸ごと引き継ぐ。 債権者保護手続:事業譲渡では原則不要(一定の場合を除く)。合併では官報公告などの法定手続が必要。 契約の移転:事業譲渡では相手方の同意が必要(取引先・賃貸人など)。合併では包括承継のため相手方の同意は原則不要。 なぜ判断を誤るのか——「なんとなくで決めてしまう」構造 【図解】事業譲渡と合併、根本的に「何が違うのか」への対応フロー ① 問題発生 → ② 事実確認・記録 → ③ 顧問弁護士に相談 → ④ 対応策の実行 ※ 弁護士に早期相談することで、リスクを最小化できます。 事業譲渡と合併のどちらを選ぶかという判断は、税務・法務・事業ロジックの3つが絡み合っています。ところが多くの場合、顧問税理士・会計士が「税務上このスキームが有利です」と言い、それをそのまま採用してしまうことがあります。 たとえば、関西圏のグループ企業を経営するある顧問先では、グループ内の黒字会社が債務超過の関係会社を吸収合併するという計画が持ち上がりました。節税目的で会計士主導で話が進んでいましたが、合併の場合に必要な「債権者保護手続(官報公告等)」が漏れていました。官報公告には掲載から1ヶ月の期間が必要です。効力発生日から逆算してスケジュールを組んでいなければ、合併が無効になりかねません。 「税務的に有利」という判断軸だけで動くと、法務上の手続の抜け漏れが生じます。そして手続の不備は、取引の効力そのものを揺るがす問題に発展します。 また、事業譲渡のケースでは別の落とし穴があります。「相手との合意ができたと思っていたら、実は成立していなかった」という状況です。契約が成立するためには、対象・価格・条件について双方の合意が必要ですが、口頭や曖昧な書面だけで進めると、相手方から「成立した」と主張されるリスクがあります。愛知・岐阜で介護事業を運営する法人では、事業譲渡交渉が決裂したにもかかわらず、相手方が「成立した」と一方的に主張し、従業員を引き抜いたうえ事業所を実力占拠しようとするという深刻な事態に発展しました。 企業法務のご相談は弁護士法人ブライトへ弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずはお気軽にご相談ください。法務チェックリスト 無料ダウンロード顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る0120-929-739(みんなの法務部)LINE相談(無料) 問題が起きる前にできること——スキームを選ぶ前の「問い」 事業譲渡か合併かを決める前に、社長が自分に問いかけるべきことがあります。 許認可は事業の中心か:介護・運送・建設・福祉など、許認可が事業の根幹にある場合、事業譲渡では再取得が必要になります。許認可の引き継ぎやすさという点では合併が有利なケースがあります。ただし業種ごとに異なるため、必ず主管官庁の扱いを確認する必要があります。 引き継ぎたくない負債があるか:相手方(または自社グループ内)に債務超過の会社がある場合、合併では負債ごと引き継ぐことになります。引き受ける負債を選びたいなら、事業譲渡の方がコントロールしやすい。 取引先との契約が多数あるか:事業譲渡では、取引先・賃貸人・金融機関など、すべての契約について個別に同意を取り直す必要があります。これが多ければ多いほど手間とリスクが増えます。 従業員を全員引き継ぐ必要があるか:事業譲渡では従業員の個別同意が必要です。「特定の人だけ引き継ぎたい」という場合は事業譲渡の方が柔軟です。一方、全員を一括で引き継ぐ場合は合併が手続上シンプルなこともあります。 スケジュールに余裕があるか:合併には債権者保護手続のための期間(最低1ヶ月の官報公告期間)が法律上必要です。スケジュールがタイトな場合、事業譲渡の方が柔軟に動けることもあります。 これらの問いに答えを出すためには、税務の担当者だけでなく、法務の専門家が早期に関与することが重要です。スキームを決めてから「法務的にどう処理するか」を考えるのではなく、「法務的なリスクを踏まえた上でどのスキームが最善か」を最初から検討するのが正しい順序です。 企業法務のご相談は弁護士法人ブライトへ弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずはお気軽にご相談ください。法務チェックリスト 無料ダウンロード顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る0120-929-739(みんなの法務部)LINE相談(無料) 問題が起きたときの対応フロー——証拠の残し方が命運を分ける 事業譲渡交渉においては、「合意した・していない」という争いが最も多いトラブルのひとつです。相手が「契約は成立した」と主張しはじめたとき、こちらに残っているのがメールのやり取りと口頭での会話の記憶だけでは、非常に厳しい状況になります。 証拠として機能するものを、交渉段階から意識的に残してください。 交渉経緯の文書化:口頭で話し合った内容は、その日のうちにメールで「本日合意した事項は以下のとおりです」と送付し、相手の確認を得る。 基本合意書(LOI)の締結:正式契約の前に、主要条件について書面で合意する。「まだ検討中」という段階でも、「現時点での合意事項の確認」として書面化しておくことで、後から「成立した」という主張への反論になります。 秘密保持契約(NDA)の締結:交渉の入り口で必ずNDAを締結する。NDAがあるということは、「まだ正式契約前の交渉段階だった」という証拠にもなります。 金銭授受の記録:手付金・前払いなど、交渉の過程で金銭が動く場合は、その法的性質(手付金なのか、前払いなのか、贈与なのか)を書面で明確にしておく。介護事業の事例では、交渉の過程で代表者個人に渡された1,000万円台の金銭の法的位置づけが後に大きな争点になりました。 企業法務のご相談は弁護士法人ブライトへ弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずはお気軽にご相談ください。法務チェックリスト 無料ダウンロード顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る0120-929-739(みんなの法務部)LINE相談(無料) 失敗事例の構造——なぜ相談が遅れたのか ハイヤー事業の譲受を検討した大阪の不動産会社の案件では、2ヶ月というタイトなスケジュールで4,000万円台の事業譲渡が進もうとしていました。相談があったのは、すでに交渉が進み手付金も1,000万円以上支払われた段階でした。法務デューデリジェンス(DD)を行った結果、対象事業に行政処分歴があることが発覚しました。 なぜ相談が遅れたのか。社長自身は「ある程度固まってから専門家に依頼すればいい」と考えていました。専門家に入ってもらうと「話が複雑になる」「時間がかかる」というイメージがあったのです。しかし、DDで発覚したリスクは、契約書の表明保証条項や解除条項でどこまでヘッジできるかという問題に変わります。相手方との交渉力は、弁護士が入る前と後とでは大きく異なります。 また、許認可の問題も遅れた相談の典型的なコストです。道路運送法に基づく事業譲渡認可は、申請から認可まで一定の期間が必要です。「2ヶ月で完了させる」というスケジュールと、許認可取得に必要な期間が最初から矛盾していた場合、それを早期に発見できれば交渉の前提条件として相手に伝えられます。しかし発見が遅れると、スケジュールを守るために無理な判断を迫られることになります。 共通する構造は、「専門家への相談が、問題が起きてからになっている」ことです。事業譲渡や合併の法務は、問題が起きてから対処するものではなく、問題が起きないように設計するものです。 企業法務のご相談は弁護士法人ブライトへ弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずはお気軽にご相談ください。法務チェックリスト 無料ダウンロード顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る0120-929-739(みんなの法務部)LINE相談(無料) うちの会社ではどう考えればいいのか 「事業譲渡と合併、どちらが正解か」という問いに対する答えは、会社の状況によって変わります。ただし、どちらを選ぶにしても、以下の判断軸を持っておくことが重要です。 事業譲渡が向いているケース 特定の事業だけを切り出して売りたい、または買いたい 相手の負債を引き受けたくない(または引き受けるものを選びたい) 許認可は再取得できる、または再取得の手続きが比較的容易な業種 従業員の一部だけを引き継ぐ予定がある 合併が向いているケース グループ内の会社を統合して管理を一本化したい 許認可の包括承継を活用したい 取引先の個別同意を取り付ける手間を省きたい 消滅会社の欠損を活用した税務上のメリットを取りたい(ただし法務上の手続コストとのバランス要確認) ただし、上記はあくまで「傾向」であって「公式」ではありません。介護・運送・福祉・建設など許認可が絡む業種では、選んだスキームによって許認可が取り消しになったり、再取得に数ヶ月かかったりする場合があります。事業の継続性を守るためには、スキームの選択段階で弁護士・税理士・行政書士(必要に応じて)が連携して動く体制が必要です。 再発防止策——次の判断を誤らないために 事業譲渡や合併を一度経験した会社が、次に同じような判断を迫られたとき、最初の経験が「教訓」として機能するかどうかは、その経験を社内にどう残しているかにかかっています。 スキームの選択基準を社内に残す:「なぜそのスキームを選んだのか」「どんな検討をしたのか」を議事録・検討メモとして残しておく。次の担当者が同じ検討を一からやり直さなくて済むようになります。 契約書のひな形をストックする:事業譲渡契約書・基本合意書・秘密保持契約書のひな形を、自社の業種・規模に合わせてカスタマイズしたものを手元に持っておく。 許認可リストを整備する:自社・グループ会社が保有している許認可の一覧と、それが事業譲渡・合併でどう扱われるかを整理しておく。特に許認可が事業の核心にある会社は必須です。 事業譲渡後の名義変更チェックリストを作る:事業譲渡後に、保険・賃貸借契約・設備リース・各種口座の名義変更が漏れなく行われているかを確認するリストを作っておく。名義変更の漏れが後に重大なトラブルを引き起こした事例は少なくありません。 事業譲渡や合併は、M&Aや組織再編を扱う書籍や税理士のアドバイスだけで「知識」として持っていても、実際に自社に当てはめたとき、どこにリスクがあるかはわかりません。「次の判断ミスを減らす」ための最も実効的な手段は、自社の状況を継続的に把握している専門家を身近に置くことです。 事業譲渡・合併・M&Aは、スポットの法律相談で終わらせるべきではありません。スキームの選択、契約書の設計、許認可の確認、クロージング後の名義変更まで、一連の流れを見通せる法務体制が必要です。弁護士法人ブライトでは、顧問先130社以上(実名公開)に対して、企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが「みんなの法務部」として継続的に関与しています。M&Aや組織再編は一度の取引で終わりではなく、その後の経営にも影響が続きます。「揉めてから弁護士を使うのではなく、揉めないように弁護士を使う」体制として、顧問契約を軸にした継続的なサポートをご提案しています。 よくある質問 Q. 事業譲渡と株式譲渡は何が違うのですか? 株式譲渡は「会社そのもの(株式)」を売買する手法で、会社の権利・義務・許認可・従業員がすべてそのまま引き継がれます。事業譲渡は「事業の一部または全部」を売買する手法で、何を引き継ぐかを個別に選ぶことができます。買い手にとって「簿外債務を引き受けたくない」場合は事業譲渡の方がコントロールしやすく、「許認可をそのまま使いたい」場合は株式譲渡の方が手続が簡単なことが多いです。ただしどちらが有利かは個別の事情次第です。 Q. 合併のとき、消滅会社が債務超過でも問題ないですか? 法律上、債務超過の会社を吸収合併すること自体は禁止されていません。ただし、存続会社が消滅会社の負債を丸ごと引き継ぐことになるため、存続会社の財務状況・信用力への影響を慎重に検討する必要があります。また、合併比率の設定によっては、存続会社の株主への説明責任が生じる場合もあります。債権者保護手続(官報公告・個別通知)は、債務超過の会社が絡む合併では特に重要です。 Q. 事業譲渡後に許認可が取り消された場合、どうなりますか? 許認可が取り消されると、その事業を合法的に続けることができなくなります。事業譲渡の後に許認可の再取得申請を行ったものの、行政処分歴などを理由に認可が下りないケースもあります。特に介護・運送・建設・金融など規制業種では、事業譲渡の前に「許認可が引き継げるか・再取得できるか」を必ず確認することが不可欠です。 Q. 「事業譲渡が成立した」と相手方に言われた場合、どう対応すればよいですか? まず、交渉の経緯を記録したメール・書面・メモをすべて集めてください。事業譲渡契約は、正式な契約書の締結前であれば、原則として成立していません。ただし、口頭や行動によって「契約が成立した」と判断される余地がある場合もあります。相手方からそのような主張がなされた場合は、速やかに弁護士に相談し、証拠の整理と法的な対応方針の検討を行うことが重要です。放置すると、相手方が既成事実を積み重ねることになります。 当事務所が参考にした実務書 当事務所では本テーマに関する最新の実務書を継続的に確認し、顧問先企業のリスク評価に反映しています。本記事の作成にあたり特に参考にした書籍を以下に紹介します。 『事業再編・M&Aの法務』 — 中村直人/商事法務/2022年/分類:学術書・体系書 『会社法実務問答集Ⅱ(組織再編)』 — 奥島孝康ほか編/商事法務/2021年/分類:Q&A形式の実務解説書 『M&Aにおける労働・人事DDのポイント』 — 岸健二ほか/中央経済社/2021年/分類:業種特化型実務書 『詳解 事業承継・M&Aの法律と実務』 — 松田耕治ほか/第一法規/2023年/分類:条文逐条解説書 『組織再編の実務―会社法・税務の総合解説』 — 太田洋ほか/商事法務/2022年/分類:学術書・体系書 ※ 書籍内容は引用しておらず、書誌情報のみ表示しています。本記事は弁護士法人ブライトが監修・執筆しています。 この記事の監修者 和氣 良浩(わけ よしひろ) 弁護士法人ブライト|代表弁護士/パートナー弁護士 弁護士歴20年(2006年登録)/大阪弁護士会/大阪大学法学部卒 専門:顧問弁護士・企業法務・M&A・経営権紛争・事業再生 事業譲渡・合併・M&Aに関する法務判断、スキーム選択、契約書設計など経営上の課題を継続的に相談できる顧問弁護士をお探しの方は、弁護士法人ブライト「みんなの法務部」にお問い合わせください。顧問先130社以上の実名を公開しており、企業法務部の弁護士歴平均14年以上の経験豊かな弁護士が対応します。企業法務窓口:0120-929-739(平日9:00〜18:00) 「みんなの法務部」というブライトの考え方 中小企業の社長に「専属の法務部」を持っていただく——これがブライトの顧問サービスの基本姿勢です。社内に法務部を置けない規模でも、契約書・労務・債権回収・M&Aまで日常的に相談できる体制を、月額固定で。企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームで、130社以上の顧問先と向き合っています。 ▶ みんなの法務部とは(詳しく見る) 企業法務のご相談は弁護士法人ブライトへ弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずはお気軽にご相談ください。法務チェックリスト 無料ダウンロード顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る0120-929-739(みんなの法務部)LINE相談(無料)