会社法356条とは?中小企業の社長が知るべき利益相反・競業取引の落とし穴

会社法356条とは?中小企業の社長が知るべき利益相反・競業取引の落とし穴

「自分の会社なんだから、自分が決めていいはずだ」——多くの社長が、こう感じながら日々の経営判断をしています。特に、オーナー社長が株主も取締役も兼ねているケースでは、「誰かに許可を取る」という発想自体がピンとこないことが多い。でも、その感覚のズレが、後になって大きな問題になることがあります。

会社法356条は、まさにその「自分の会社なんだから」という感覚に待ったをかける条文です。取締役が会社と取引するとき、あるいは会社と同じビジネスを自分でやるとき、事前に会社(株主総会か取締役会)の承認を得なければなりません。知らなかった、面倒だった、自分しか株主がいないからいいと思った——そのどれもが、法的なリスクを生む可能性があります。

「自分の会社だから大丈夫」がなぜ通じないのか

なぜこのような判断ミスが起きるのか。構造から整理します。

中小企業のオーナー社長は、株主・取締役・代表取締役・社長のすべてを一人で兼ねていることが少なくありません。「全部自分なんだから、自分の判断が会社の判断だ」という感覚は、経営の現場では自然なものです。

ところが、法律の目線ではまったく別の話になります。会社という「法人」は、社長個人とは別の人格を持つ主体です。取締役は、会社に対して忠実義務(会社法355条)を負っており、自分の利益を優先させる行為は規制の対象になります。それを具体的に規定しているのが、会社法356条です。

「自分も株主なんだから承認されているのと同じ」——この解釈は法律上は通りません。手続きが踏まれていなければ、承認はなかったものとして扱われます。

会社法356条が規制する2つの取引類型

【図解】「自分の会社だから大丈夫」がなぜ通じないへの対応フロー

① 問題発生
② 事実確認・記録
③ 顧問弁護士に相談
④ 対応策の実行

※ 弁護士に早期相談することで、リスクを最小化できます。

会社法356条が問題にする取引は、大きく2種類あります。

競業取引(1項1号)

取締役が、会社と同じ種類のビジネスを、自分個人または別の会社を通じて行うケースです。

  • 個人事業として会社と同じ業種の仕事を受注している
  • 別法人の代表取締役を兼任しており、その別法人が同種のビジネスを展開している
  • 退職前後に、会社の顧客と直接取引を始める

最高裁(昭和43年12月25日)は、「自己のために」とは名義ではなく取締役の計算で取引することを意味すると判断しています。名義を別会社にしても、実質的に自分が利益を得る構造であれば対象になります。

利益相反取引(1項2号・3号)

取締役と会社との間で、利害が対立する取引です。

  • (直接取引)社長が会社から個人的にお金を借りる/会社に自分の不動産を売る
  • (間接取引)社長が連帯保証人になっている借金を、会社に肩代わりさせる
  • 親子会社間の取引で、親会社の取締役が子会社の取締役も兼任している

「善意でやった貸付」「実質的に損害はない」であっても、手続きが欠けていれば問題になります。最高裁(昭和46年10月13日)は、間接取引にも本条が類推適用されると判断しています。

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問題が起きる前にできること——予防としての手続き整備

会社法356条の問題は、「あとから修正できない」ケースが多い点にあります。取引を完了させてから「承認を取っていなかった」と気づいても、すでに取引の効力が不安定な状態になっています。だからこそ、事前の体制整備が重要です。

取締役会設置会社と非設置会社で手続きが違う

取締役会設置会社の場合は取締役会の承認、非設置会社(多くの中小企業)の場合は株主総会の承認が必要です。どちらの場合も、「重要な事実を開示したうえで承認を得る」というステップが必要です。

東京高判(平成20年6月26日)では、取締役会への開示が不十分だったとして、承認の効力自体が否定されています。「承認を取った」だけでは不十分で、「何を開示して承認を得たか」が問われます。

具体的な予防策

  • 取引前に「これは利益相反取引や競業取引に該当しないか」を確認するチェックリストを作成する
  • 株主総会・取締役会の議事録に、開示した事実と承認の経緯を明確に記録する
  • グループ会社間の取引ルールを社内規程として整備する
  • 年に一度、既存の取引関係を棚卸しして、未承認の取引がないかを確認する

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問題が発生したときの対応フロー——証拠の残し方を含めて

「すでに承認なしで取引してしまった」という状況に気づいたとき、どう動くべきか。

証拠は、紛争になってから急に作れるものではありません。後から議事録を「作成」しても、それが本当に当時の意思決定を反映していないなら法的には意味をなしません。まず現状を正確に把握することが先決です。

  1. 取引の全容を整理する——いつ、誰と、どんな内容で取引したか。契約書・請求書・通帳記録などを収集する
  2. 承認手続きの痕跡を確認する——議事録はあるか。あったとして開示事項は適切だったか
  3. 相手方の認識を確認する——取引相手が「承認がなかった」ことを知っていたかどうかで、取消の可否が変わる
  4. 弁護士に現状を相談する——取引の取消リスク、損害賠償リスク、今後の対応策を整理する

取消や損害賠償の話が出てくる前に、法的な現状評価を受けることが重要です。問題を「なかったこと」にしようとすると、後の紛争でさらに不利な立場になります。

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失敗事例の構造——なぜ相談が遅れ、なぜ証拠がなかったのか

実務で見られる典型的な失敗パターンを整理します。

ケース①:「自分一人が株主だから問題ない」と思っていた

社長一人が全株式を保有しているケースでも、法律上は「株主総会の承認」という手続きは必要です。「自分が株主だから自分が承認している」という解釈は通りません。M&Aの場面でデューデリジェンスが入ったとき、過去の取引に承認手続きの痕跡がないことが発覚し、企業評価に影響した例があります。

ケース②:「問題になってから対処すればいい」と先送りした

弁護士への相談が遅れる最大の理由は、「今すぐ問題になっているわけではない」という感覚です。しかし、株主代表訴訟のリスクは、株主が変わったとき(相続・M&A・少数株主との対立)に突然顕在化します。少数株主が加わった時点で「以前の取引はどうなっていたのか」という調査が始まり、過去の未承認取引が蒸し返されることがあります。

ケース③:証拠が残っていなかった

「取締役会でみんな了解していた」という事実があっても、議事録がなければ法的には「承認なし」として扱われます。口頭での了解、LINEでの報告——これらは、正式な開示と承認の代替にはなりません。東京高判(平成20年6月26日)では、開示内容が不十分という理由で承認の効力自体が否定されています。

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うちの会社ではどう考えればいいのか——自社へのあてはめ方

「理屈はわかったが、うちのケースはどうなのか」——これが一番大事な問いです。以下のチェックポイントを確認してみてください。

  • 社長(または取締役)が、別の会社や個人事業の代表・役員を兼任していないか
  • 社長個人と会社の間で、金銭の貸し借りや不動産取引が発生していないか
  • グループ会社間(親子会社・兄弟会社)で取引があり、そこに兼任取締役がいないか
  • 過去の取引について、株主総会や取締役会の承認議事録が残っているか
  • 今後M&Aや事業承継を検討しており、デューデリジェンスを受ける可能性があるか

一つでも「そういえば…」と思うものがあれば、現状の整理と専門家への確認をお勧めします。問題の大小より、「把握しているかどうか」が重要です。把握した上で動けば、多くの場合は対処できます。

なお、「うちは株主が自分一人だから問題は起きない」という考え方は、事業承継・相続・M&A後の局面では通用しなくなります。今は問題なくても、会社の構造が変わる前に手を打てるかどうかが分岐点です。

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再発防止策——一度整えれば、ずっと守りになる

問題を一つ解決したら、同じ構造が繰り返されないための仕組みを整えることが重要です。

  • 関連当事者取引ポリシーの策定:どのような取引が利益相反・競業取引に該当するかの基準を文書化する
  • 年次の「取引棚卸し」の定例化:毎年一度、取締役が関係する取引を一覧化し、承認手続きの状況を確認する
  • 議事録の作成・保管ルールの徹底:承認手続きを取った場合は、開示事項・承認の経緯を明記した議事録を必ず作成・保管する
  • 事業拡大・グループ再編時の事前チェック体制:新規事業や子会社設立の際に、利益相反リスクを事前に評価する

これらは一度整備すれば、継続的に会社を守る仕組みになります。毎年対処するより、構造を変える方がコストは低い。

会社法356条への対応は、決して「法律の形式を整えること」ではありません。社長の判断を守るための記録を残すことです。いざというとき「ちゃんと手続きを踏んでいた」という事実が、社長の立場を守ります。

利益相反取引・競業取引の規程整備やグループ会社間の取引ルール策定は、スポット対応で終わらせるよりも、継続的に法律の専門家と確認し合える体制を持つ方が実効性が高い領域です。弁護士法人ブライトでは、顧問先130社以上の実名を公開しており、企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが「みんなの法務部」として、こうした社内規程の整備から個別案件の判断まで、継続的にサポートしています。揉めてから弁護士を使うのではなく、揉めないように弁護士を使う——それが顧問契約の本来の価値です。

よくある質問(Q&A)

Q1. 自分が唯一の株主かつ取締役の場合でも、承認手続きは必要ですか?

はい、必要です。法律上は、会社と取締役は別の法人格です。「自分が株主だから承認は不要」という解釈は認められていません。ただし、一人株主・一人取締役の場合、株主総会を開催して自分が承認する、という形でも手続きは完了します。重要なのは、手続きを踏んだ記録(議事録)を残すことです。

Q2. 承認を取らずに行った取引は、必ず取り消されるのですか?

必ずしも取り消されるわけではありません。取引の相手方が「承認を取っていない」ことを知っていた(悪意)場合には会社から取消が主張できますが、知らなかった場合は取消が難しいケースもあります。ただし、承認を取っていなかった取締役本人は、損害賠償責任を問われる可能性があります。承認がなかったこと自体が、任務懈怠の根拠になります。

Q3. グループ会社間の取引も対象になりますか?

対象になり得ます。特に、親会社の取締役が子会社の取締役も兼任しているケースでは、グループ間の取引が利益相反取引に該当する可能性があります。最高裁(平成21年3月10日)は、子会社の利益が親会社取締役の判断によって実質的に損なわれた場合に任務懈怠を認定しています。グループ経営においては、取引の構造を事前に整理しておくことが重要です。

Q4. 過去にさかのぼって問題になることはありますか?

あります。特に、M&Aや事業承継の場面で、デューデリジェンスの過程で過去の取引が精査されることがあります。また、少数株主が加わったり、株主構成が変わったりしたときに、株主代表訴訟のリスクが顕在化することがあります。「当時は問題なかった」という主観的な判断より、「手続きが踏まれていたかどうか」という客観的な記録が問われます。

参考裁判例

当事務所では本テーマに関する最新の裁判例を継続的に確認し、顧問先企業のリスク評価に反映しています。本記事の作成にあたり特に参考にした裁判例を以下に紹介します。

  • 最判昭和43年12月25日(民集22巻13号3511頁)
    要旨: 競業取引の「自己のために」とは名義を問わず取締役の計算で取引することを意味する。
  • 最判昭和46年10月13日(民集25巻7号900頁)
    要旨: 間接的に会社の不利益となる取引にも利益相反取引の規定が類推適用される。
  • 東京高判平成20年6月26日(金融商事判例1297号52頁)
    要旨: 取締役会への開示が不十分であったとして承認の効力を否定した事例。
  • 最判平成21年3月10日(民集63巻3号385頁)
    要旨: 親子会社間で子会社の利益が親会社取締役の判断により損なわれたとして任務懈怠を認定。
  • 東京地判平成8年11月29日(商事法務1498号35頁)
    要旨: 競業取引を承認なしで行った取締役に対し、損害賠償責任を認定した事例。

※ 裁判例情報は判例秘書INTERNETから取得した参照情報です。本記事は弁護士法人ブライトが監修・執筆しています。

和氣良浩 弁護士

この記事の監修者

和氣 良浩(わけ よしひろ)

弁護士法人ブライト|代表弁護士/パートナー弁護士

弁護士歴20年(2006年登録)/大阪弁護士会/大阪大学法学部卒

注力分野:顧問弁護士・企業法務・M&A・経営権紛争・事業再生

利益相反取引・競業取引への対応や、グループ会社間の取引ルール整備など経営上の法務課題を継続的に相談できる顧問弁護士をお探しの方は、弁護士法人ブライト「みんなの法務部」にお問い合わせください。顧問先130社以上の実名を公開しており、企業法務部の弁護士歴平均14年以上の経験豊かな弁護士が対応します。企業法務窓口:0120-929-739(平日9:00〜18:00)

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