この記事の執筆・監修
執筆:笹野 皓平 弁護士(弁護士法人ブライト 労災部部長 / 修習64期 / 登録2011年 / 弁護士歴14年)
業務災害の損害賠償請求を専門に扱う。酸素欠乏・有毒ガス事故の安全配慮義務違反立証に精通。
監修:和氣 良浩 弁護士(弁護士法人ブライト代表 / 修習57期)
この記事のポイント(結論)
- 酸素欠乏症での死亡・重傷は、会社の安全配慮義務違反(労働契約法5条・民法415条)を理由に損害賠償請求できます。
- 酸素欠乏症等防止規則(酸欠則)は作業主任者の選任・酸素濃度測定・換気・保護具支給を会社に義務付けており、違反があれば会社責任の根拠になります。
- 救助に入った同僚が連鎖被災(二次災害)した場合も、一次災害者と同様に会社への損害賠償請求が可能です。
- 労災保険給付(療養補償・障害補償等)を受けていても、会社への損害賠償請求は別途できます(損益相殺ルールあり)。
- 損害賠償請求の時効は「損害及び加害者を知った時から5年」(生命・身体侵害・改正民法724条の2)。急ぐ必要があります。
酸素欠乏症とは何か|会社を訴える労災事件として捉える
酸素欠乏症とは、空気中の酸素濃度が18%未満の環境(酸素欠乏危険場所)で作業した際に発症する障害です。マンホール・地下ピット・タンク内部・サイロ・船倉・下水管などが代表的な発生場所です。
酸素濃度16%以下で頭痛・吐き気、6%以下では即座に意識を失い死亡します。現場では「少しだけ入る」「上は空いているから大丈夫」という油断で事故が起き、しかも救助に駆けつけた人が連鎖被災するのが最大の特徴です。
ここで重要なのは、酸素欠乏症は「防げた事故」だという点です。酸素欠乏症等防止規則(以下「酸欠則」)は、会社に対して具体的な安全措置を義務付けています。この義務を果たしていない会社は、労災保険給付とは別に、民事の損害賠償責任を負います。
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酸欠則が会社に課す義務|違反が損害賠償の根拠になる
酸素欠乏症等防止規則(昭和47年労働省令第42号)は、酸素欠乏危険作業について会社(事業者)に以下の措置を義務付けています。ブライトの受任事件でも、笹野弁護士はまずこの義務設定の視点から会社責任の構成を固めます。
| 条文 | 会社の義務 | 違反した場合の責任 |
|---|---|---|
| 酸欠則3条 | 作業場所の酸素濃度・硫化水素濃度の測定(作業前・作業中) | 濃度未測定で事故→会社の過失 |
| 酸欠則5条 | 換気(1時間あたり20回以上の空気交換)または空気呼吸器等の支給 | 換気・保護具なしで入作業→会社の過失 |
| 酸欠則11条 | 酸素欠乏危険作業主任者の選任(技能講習修了者) | 作業主任者なし→会社の組織的過失 |
| 酸欠則15条 | 救出時に空気呼吸器等を使用させる義務(二次災害防止) | 二次災害発生→追加の会社責任 |
| 酸欠則25条 | 酸素欠乏危険作業に係る特別教育の実施 | 教育未実施→安全管理体制の欠陥 |
これらの措置義務違反は、安全配慮義務違反(労働契約法5条・民法415条)を構成します。会社が「知らなかった」「元請けの管理だった」という言い訳は原則通用しません。
実案件から見る会社責任の論点|ブライトが実際に争ってきた3つの争点
ブライトがこれまでに受任した酸素欠乏症・有毒ガス事故の事件では、以下の3つが主要な争点になりました(依頼者のプライバシー保護のため事実を匿名化・抽象化して記載しています)。
争点1:酸素濃度の測定義務違反
金属製品の製造工場でアルゴンガスが充填されたことのあるタンク内に作業員が入り、酸素欠乏状態で倒れた事案。入作業前に酸欠則3条に基づく酸素濃度測定が実施されておらず、「測定義務違反が事故を招いた」として会社の安全配慮義務違反が認定されました(ブライト取扱事件・抽象化済み)。
争点2:換気設備・保護具の不備
タンク内溶接作業中に意識を失った事案(タンク上部は開口)。酸欠則5条が定める「1時間あたり20回以上の換気」も「空気呼吸器等の支給」もなかった。会社側は「上部が開いているから換気は必要ない」と主張しましたが、酸欠則5条は「酸素欠乏危険作業を行う場所の換気」を明示しており、この抗弁は退けられました(ブライト取扱事件・抽象化済み)。
争点3:作業主任者の選任漏れ
酸欠則11条は酸素欠乏危険作業に「酸素欠乏危険作業主任者技能講習」修了者を作業主任者として選任することを義務付けています。受任事件でも「作業主任者の選任なし」が安全管理体制の欠陥として重視されました。これは過失を認定する際の「組織的な注意義務違反」に直結します(ブライト取扱事件・抽象化済み)。
判例が示す会社責任の基準|酸欠事故での損害賠償認定例
実務書・専門書が引用する裁判例として、金属箔製造工場の縦型焼鈍炉ピット内での酸欠死亡事故に関する判決があります。専門書によれば、この事件では会社の安全配慮義務違反が認定され、作業員が一人でピット内で作業し計器類の事前確認をしなかったことは事故の一因であるとしながらも「被告の過失の重大性に鑑みて過失相殺は相当でない」と判断されました(労働判例765号77頁)。
この判示は酸欠事故の実務で重要な意味を持ちます。「被害者にも落ち度がある」という会社側の過失相殺主張が排斥されているからです。酸欠則が課す義務の重大性・強度から、酸素欠乏という危険を管理する責任はほぼ一方的に会社にあるという考え方が実務的には確立しています。
また別の実務書では、タンカーのタンク内での滞留ガス事故について、業務上過失致死傷の観点から会社・現場責任者双方の責任が認定された事例が紹介されています(労働判例関連)。
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損害賠償の金額はどうなるか|請求できる費目と計算方法
酸素欠乏症で死亡または重篤な後遺障害を負った場合、会社への損害賠償として以下の費目が認められます。
| 費目 | 内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 治療費・入院費 | 全治療費の実費 | 労災保険の療養補償と重複する分は損益相殺 |
| 休業損害 | 事故日から症状固定まで | 労災の休業補償給付(80%)との差額分を請求 |
| 後遺障害慰謝料 | 等級1〜14級に応じた慰謝料 | 1級:2,800万円〜 / 7級:1,000万円〜(裁判基準) |
| 逸失利益 | 将来の収入損失 | 年収 × 労働能力喪失率 × ライプニッツ係数 |
| 入通院慰謝料 | 入院・通院期間に応じた精神的苦痛の補償 | — |
| 死亡慰謝料 | 本人2,800万円前後+遺族固有分 | 死亡事案の場合 |
| 死亡逸失利益 | 生涯収入からライプニッツ係数で計算 | 遺族年金との損益相殺に注意 |
重要:労災保険給付との関係
労災保険(療養補償・休業補償・障害補償・遺族補償)は会社への損害賠償とは別制度です。しかし同一損害に両方から補填を受けることはできないため、損益相殺のルールが適用されます。具体的には、受け取った労災保険給付額を損害賠償額から控除して請求額を算定します。ただし慰謝料は労災保険の対象外なので、控除されず全額請求できます。
二次災害(連鎖被災)の場合も会社責任を問える
酸素欠乏症事故の最も深刻な特徴は、倒れた人を助けようとした同僚・上司が同じく酸欠で倒れる「二次災害(連鎖被災)」が高頻度で発生することです。厚生労働省のデータによれば、酸欠・硫化水素中毒事故の死傷者のうち相当割合が「救助を試みた」二次被災者です。
酸欠則15条は、救出作業に向かう労働者に対しても空気呼吸器等を使用させることを事業者に義務付けています。この義務を履行していなかった場合、二次被災者についても会社の安全配慮義務違反が成立し、損害賠償請求が可能です。
なお、二次被災者が一次被災者(倒れた本人)の遺族である場合、二次被災による損害賠償と一次災害に関する遺族の固有慰謝料は、それぞれ別個の請求として並立します。
「下請けの事故だから」では逃げられない|元請け・発注者の責任
建設現場・工場・プラントの酸欠事故では、実際に作業していたのは下請け・孫請け労働者であることが多く、元請け会社が「自分たちの直接雇用ではない」と責任を否定するケースがあります。しかし、以下の法的根拠から元請けも責任を負う場合があります。
- 労働安全衛生法15条(統括安全衛生責任者):建設現場等では元請け(特定元方事業者)が安全管理の統括義務を負います
- 実質的指揮命令関係:元請けが作業手順・入作業のタイミングを実質的に指示していた場合、下請け労働者に対しても安全配慮義務を負うと解されます(専門書の指摘する一致した見解)
- 荷主・発注者の注意義務:発注者が作業環境の危険について認識し得た場合、注意義務違反が問われます
ブライトの取扱事件でも、元請け・発注者・下請けの複数社に対して同時に損害賠償請求を行い、各社の責任割合を交渉・訴訟で確定させた事例があります。感電・クレーン・熱傷事故での同様の多社責任追及の実例はこちらもご参照ください。
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時効に注意|急がないと請求権を失う
酸素欠乏症事故に関する時効は、制度によって異なります。混同すると「まだ大丈夫と思っていたら時効で請求できなくなった」という最悪の事態が生じます。
| 種類 | 時効期間 | 根拠 |
|---|---|---|
| 会社への損害賠償請求(民事) | 損害・加害者を知った時から5年 | 改正民法724条の2・166条1項(2020年4月1日以降の事故) |
| 労災保険 療養補償給付・休業補償給付 | 2年 | 労災保険法42条 |
| 労災保険 障害補償給付・遺族補償給付 | 5年 | 労災保険法42条 |
「時効5年だから余裕がある」とは言えません。時効の起算点は「損害と加害者(会社)を知った時」であり、事故発生直後から進行します。また証拠(作業指示書・安全管理台帳・作業主任者の選任記録・酸素濃度測定記録)は時間の経過とともに廃棄・散逸するリスクがあります。できるだけ早い段階で弁護士に相談することを強くおすすめします。
労災認定と損害賠償は別の手続き|どちらも行うべき理由
「労災認定が先か、損害賠償請求が先か」という質問をよく受けます。結論として、労災認定(労基署への申請)と会社への損害賠償請求は並行して進めることができます。
労災認定を得ることで、業務起因性(「仕事が原因の事故」)が公的に認定されます。これは会社への損害賠償請求においても業務起因性の立証に活用できます。一方、損害賠償請求は労災保険給付だけではカバーされない損害(慰謝料・休業損害の差額分・逸失利益の上乗せ分)を回収するために必要です。
両方の手続きを同時に進め、受け取った労災保険給付は適切に損益相殺して請求額を算定する——この二段構えの対応が、被害者の損害を最大限回復する方法です。詳しくは業務起因性と会社への損害賠償請求の解説もご覧ください。
弁護士に依頼するメリット|酸欠事故で会社と対峙するために
酸素欠乏症事故での会社への損害賠償請求は、以下の理由から弁護士なしでは極めて困難です。
- 証拠保全:作業主任者の選任記録・酸素濃度測定記録・安全教育実施記録などは会社に保管されており、弁護士が早期に保全請求しないと廃棄されるリスクがあります
- 複数被告の組み立て:元請け・発注者・下請けが複数いる場合、各社の責任割合を法的に整理して請求を組み立てる必要があります
- 損益相殺の計算:労災保険給付と損害賠償の損益相殺は計算が複雑で、誤ると過少請求になります
- 過失相殺への反論:「被害者にも過失がある」という会社側の主張(酸欠則違反の重大性を踏まえると排斥できる場合が多い)に法的根拠を持って反論できます
弁護士法人ブライトの笹野弁護士(労災部部長)は、業務中の酸素欠乏症・有毒ガス事故での損害賠償請求を受任しています。着手金0円・完全成功報酬制のため、賠償金を受け取るまで費用は発生しません。
解決事例(抽象化)
ブライトが取り扱った酸素欠乏・有毒ガス事故関連の事件では、以下のような解決実績があります(依頼者保護のため事実を抽象化・匿名化しています)。
事例A:製造業タンク内作業・酸欠症・後遺障害残存
タンク内作業中に酸欠症を発症。作業主任者選任なし・換気設備なし・酸素濃度測定なしという三重の義務違反が認定。後遺障害等級認定後、労災保険給付に上乗せして会社(元請け・下請け2社に対して請求)への損害賠償を交渉で解決。解決金は数百万〜数千万円レンジ(後遺障害等級・年収・年齢により個別に変動します)。
事例B:下水道工事・酸欠・会社の労災隠し疑いあり
下水道管内での点検作業中に倒れ、会社が「体調不良」として処理しようとしたケース。弁護士介入後に労基署への申告を行い、業務起因性を確定。会社の損害賠償責任を交渉で認めさせ解決。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 労災認定が下りていなくても損害賠償請求できますか?
できます。損害賠償請求と労災認定は別の手続きであり、認定を待たずに会社への請求を始めることが可能です。ただし労災認定は業務起因性の有力な証拠になるため、並行して進めることを推奨します。
Q2. 下請け・一人親方でも会社に請求できますか?
可能です。実質的指揮命令関係があった元請け・発注者に対して、直接の雇用関係がなくても安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求できます。一人親方については労災保険の特別加入制度の利用も検討が必要です。
Q3. 会社が「換気していた」「測定していた」と証拠を出してきたらどうなりますか?
会社側が酸素濃度測定記録・換気実施記録を証拠として提出してきた場合、その信頼性・記録の正確性を吟味します。記録の様式・測定時刻・測定箇所が酸欠則の要件を満たしているか、実際の作業状況と整合しているかを詳細に検証し、必要に応じて証人尋問等で争います。
Q4. 被害者本人が死亡した場合、遺族が請求できますか?
できます。遺族は相続人として死亡した被害者の逸失利益・慰謝料を相続して請求できるほか、遺族固有の慰謝料(配偶者・父母・子それぞれ)も請求可能です。また死亡による葬儀費用も請求できます。死亡労災での遺族の請求手順はこちらで詳しく解説しています。
Q5. 事故から2年以上経っていますが、まだ請求できますか?
会社への損害賠償請求の時効は「損害・加害者を知った時から5年」(改正民法724条の2)です。事故から2年でも請求可能な場合がありますが、3年・5年と経過するほど証拠の散逸リスクが高まります。急いで弁護士に相談してください。
Q6. 費用はいくらかかりますか?
弁護士法人ブライトの労災事件は着手金0円・完全成功報酬制です。解決した賠償金の中から報酬をいただく仕組みなので、受け取るまで費用は発生しません。まずは無料相談でご状況をお聞かせください。
Q7. 会社が「自分でタンクに入った」と言ってきます。過失相殺されますか?
会社側は被害者の過失(自ら危険場所に入った、作業手順を守らなかった等)を主張して損害賠償額の減額(過失相殺)を求める場合があります。しかし、酸欠則が課す義務の重大性・強度からみて、会社に義務違反がある場合には過失相殺が制限または排斥される場合があります。実務書が引用する裁判例でも「被告の過失の重大性に鑑みて過失相殺は相当でない」と判示されたものがあります。
まとめ|酸素欠乏症事故は「防げた事故」として会社を訴える
酸素欠乏症・酸欠則違反による事故は、会社が法定の措置義務(酸素濃度測定・換気・作業主任者選任・保護具支給・特別教育)を果たしていれば防げた事故です。この義務を怠った会社には、労災保険給付とは別に、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任があります。
死亡・重傷・後遺障害が残った場合、賠償額は数百万円〜数千万円のレンジになります。しかし時効・証拠散逸のリスクがあり、早期の弁護士相談が不可欠です。
弁護士法人ブライトでは、笹野皓平弁護士(労災部部長・弁護士歴14年)が酸素欠乏症・有毒ガス事故の損害賠償請求を着手金0円・完全成功報酬制でお受けしています。まずは無料相談にてご状況をお聞かせください。
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関連記事:窒息・酸欠(酸素欠乏症・硫化水素中毒)の労災と「会社への損害賠償」
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