法人経営者必読!雇用契約書の不備が引き起こすリスクと整備すべき書類チェックリスト この記事でわかること: 雇用契約書・就業規則の不備が「退職後の多額請求」につながる具体的なメカニズム 中小企業が今すぐ確認すべき雇用関係書類のチェックリスト 書類整備を「一度きり」ではなく継続的に維持するための実践的な方法 その雇用契約書、本当に大丈夫ですか? 「うちにも雇用契約書はある」「就業規則も一応作った」——そう思っている経営者・人事担当者は多いはずです。しかし、「ある」ことと「機能している」ことはまったく別の話です。 雇用関係の書類は、作成した当時は問題がなかったとしても、法改正・実態の変化・従業員の増加とともに陳腐化していきます。問題が表面化するのは、たいてい「退職後」「トラブル発生後」——つまり、手遅れになってからです。 本記事では、書類不備が実際にどのような法的リスクを生み出すのか、どの書類をどのように整備すべきかを、実務の視点から解説します。 雇用契約書の不備が引き起こす法的リスク ①退職後の残業代請求:3年分がまとめて降ってくる 労働基準法上、残業代の請求権は原則として3年間さかのぼって行使できます(2020年の法改正後)。つまり、在職中は何も言わなかった従業員が退職した翌日に弁護士を立て、「3年分の残業代を支払え」と請求してくることが現実に起きています。 特に問題になりやすいのが「固定残業代(みなし残業)」の不備です。「残業代込みの給与」として実態上運用していても、雇用契約書や就業規則に適切な文言がなければ、法律上は「残業代を支払っていない」と評価されるリスクがあります。 ②「言った・言わない」の水掛け論:口頭合意の限界 労働条件の変更(降格・配置転換・賃金減額など)について書面が存在しない場合、後から「そんな合意はしていない」と争われるケースが頻発します。証拠は従業員側に有利な形で残りやすく(メール・LINEのやり取りなど)、会社側が「合意があった」と立証するのは困難です。 ③就業規則の不備:懲戒処分・解雇が無効になる 問題社員を懲戒解雇しようとしたとき、就業規則に適切な懲戒事由の定めがなければ、その解雇は無効とされます。就業規則は「作っていればいい」ものではなく、実態に即した内容で整備・周知されていなければ法的効力を持ちません。 ④秘密保持・競業避止の穴:退職後の情報流出 競合他社への転職禁止や顧客情報の持ち出し禁止を徹底したくても、雇用契約書に秘密保持条項・競業避止条項がなければ、法的に差し止めを求めることも損害賠償を請求することも極めて困難です。 実際に起きた事例:書面がなかったから、こうなった 事例①:みなし残業の定めなし→退職後に300万円超を請求された(物流業) ある物流業の会社では、「残業込みの給与」として長年運用してきましたが、固定残業代(みなし残業)について就業規則にも雇用契約書にも適切な記載がありませんでした。在職中は誰も問題にしなかったため、経営者も「これで問題ない」と思っていたのです。 ところが、ある社員が退職した直後、弁護士を通じて残業代300万円超の請求が届きました。残業時間の実績は日報・メール・入退室記録として残っており、それが証拠として使われました。請求権は3年間さかのぼれるため、3年分全期間が請求対象となったのです。 法的には「残業代は支払われていない」と評価されるリスクがある状態でした。この会社はその後、顧問弁護士とともに就業規則・雇用契約書を全面的に見直し、固定残業代の定めを適切に整備しました。「今の状態で請求されても出ないくらいになった」というのが、整備後の評価です。 教訓:就業規則は「存在する」だけでは意味がない。実態と整合した内容かどうかが問われる。 事例②:契約書なし・口頭合意のみ→1年間でリスクが積み上がっていた(卸売・流通業) ある卸売業の会社では、業界慣習として本契約書を交わすことが少なく、受発注書のみで取引を進めることが常態化していました。秘密保持契約は締結していても、本契約書に進まないケースが多く、「認識のすり合わせツールとしての契約書」がほぼ機能していない状態でした。 1年間を振り返る形でリスクを洗い出したところ、人材紹介トラブル(紹介した人材が入社後に逮捕)・盗品疑惑商品の取り扱いなど、契約書がなければ責任の所在が曖昧になる案件が複数出てきていたことがわかりました。都度対応していたため個別には気づかなかったものの、積み上がったリスクの総量は無視できないものでした。 その後、基本契約書のひな形を整備し、受発注書と組み合わせる形に移行。盗品疑惑商品の取り扱いマニュアルも作成しました。「1年間の振り返りで、これだけのリスクが積み上がっていたことがわかった」というのが担当者の率直な感想です。 教訓:「問題が起きていない」と「リスクがない」は別。書類がなければ、リスクは静かに積み上がる。 今すぐ確認!雇用関係書類の整備チェックリスト 以下のチェックリストで、自社の書類整備状況を確認してください。ひとつでも「×」があれば、早急に対応が必要です。 【雇用契約書】 □ 全従業員(正社員・パート・アルバイト含む)と書面で雇用契約を締結している □ 労働条件通知書として交付する場合も、署名・受領確認が取れている □ 固定残業代(みなし残業)を設けている場合、「何時間分・何円分」と明記されている □ 秘密保持条項・競業避止条項が盛り込まれている(特に営業・開発職) □ 試用期間・更新条件(有期雇用の場合)が明記されている □ 労働条件を変更した際に、変更後の契約書を改めて締結している 【就業規則】 □ 常時10人以上の従業員がいる場合、労働基準監督署への届出を行っている □ 最終改訂日が直近3年以内である(法改正への対応が済んでいる) □ 懲戒事由・懲戒の種類が具体的に列挙されている □ 固定残業代の定め方が適切で、割増賃金との整合が取れている □ 従業員への周知方法が確保されている(掲示・共有フォルダ等) □ パート・アルバイト向けの別規程(パートタイム就業規則)がある場合、整合が取れている 【その他の労務関連書類】 □ 労働時間・残業時間の記録(タイムカード・勤怠システム等)が保存されている(5年保存義務) □ 36協定(時間外・休日労働協定)が有効期間内である □ ハラスメント防止規程・相談窓口が整備・周知されている □ 退職時に秘密保持誓約書を取得している 「就業規則はあるが、いつ作ったか覚えていない」「雇用契約書は入社時に渡したが、その後の変更は口頭」——こうした状況は、中小企業では珍しくありません。しかしそれは、「リスクが顕在化していないだけ」にすぎない場合がほとんどです。 「整備したつもり」が最も危険:書類は更新し続けなければ意味がない 書類整備で多くの経営者が陥るのが、「一度作ったから大丈夫」という思い込みです。しかし、労働法は頻繁に改正されます。近年だけでも、残業代の請求権の時効延長(2020年)、パワハラ防止法の施行(2022年)、育児・介護休業法の改正(2023年)など、就業規則や雇用契約書に影響を与える改正が相次いでいます。 また、会社の成長に伴い、新しい役職・新しい雇用形態・新しい業務が生まれます。雇用契約書が5年前のひな形のままでは、現在の実態に対応できていないことがほとんどです。 「作って終わり」ではなく「継続的に整備する」体制を 書類整備を継続的に維持するためには、定期的に法的観点からのチェックが欠かせません。社内の人事担当者だけでは、法改正への追随や「うちの就業規則、本当にこれでいいのか」という判断に限界があります。 顧問弁護士がいれば、法改正のたびに「御社の就業規則・雇用契約書にはこういう影響があります」という情報提供と対応のサポートを受けることができます。また、従業員とのトラブルが発生しそうな兆候を早期に察知し、書類整備の観点から予防的なアドバイスを受けることも可能です。 都度の法律相談でも対応はできますが、問題が起きてから相談するのでは遅いケースがほとんどです。「整備していれば防げた」という後悔をしないためにも、継続的なサポート体制を持つことが経営リスクの管理において重要です。 顧問弁護士の必要性や費用対効果については、顧問弁護士は必要?重要性・利用すべき場面・費用対効果の判断基準も参考にしてください。 なお、オフィスや店舗の賃貸契約など不動産関係の契約書も同様です。たとえば定期借家契約の中途解約のように、契約書の記載内容によってリスクが大きく変わるケースは雇用関係以外にも多数あります。事業に関わるすべての書類を「整備し続ける」視点を持つことが、経営者に求められる法的リスク管理の基本です。 よくある質問(FAQ) Q1. 今から雇用契約書・就業規則を整備しても遅くないですか? 遅くありません。ただし、過去の不備についてはすでにリスクが生じている可能性があります。特に固定残業代の定めがない状態が続いている場合、在職中の従業員が将来請求してくるリスクは今この瞬間も積み上がっています。整備は今すぐ始めるほど有利です。また、整備後は「今後については適切に対応できている」という状態を作ることができますので、着手が早いほど保護できる範囲が広がります。 Q2. 就業規則は10人未満の会社には不要ですか? 労働基準法上の「届出義務」は常時10人以上の事業場に課されていますが、10人未満でも就業規則を整備しておくことは強く推奨されます。就業規則がなければ、懲戒処分・解雇・固定残業代の有効性などについて、会社側が法的に守られない場面が多く出てきます。従業員が1人でもいれば、基本的なルールを書面で整備しておくべきです。 Q3. 雇用契約書のひな形をインターネットで入手して使っても大丈夫ですか? ひな形は「出発点」にはなりますが、そのまま使うことはリスクがあります。業種・職種・雇用形態・自社の給与体系によって、必要な条項・記載方法は異なります。特に固定残業代の条項は、記載方法が不適切だと法的に無効と判断されることがあります。ひな形をベースにしつつ、弁護士に自社の実態に合わせた確認・修正を依頼することが、費用対効果の高い対応です。 監修:弁護士法人ブライト 企業法務チーム 大阪・神戸を拠点に企業法務・顧問弁護士サービスを提供。中小企業の法的リスク対応を日々サポートしています。 労務トラブルの対応を弁護士に相談したい経営者の方へ 弁護士法人ブライト(大阪・梅田)は、問題社員対応・解雇・残業代請求・ハラスメント調査・就業規則整備まで、企業側の立場で労務問題に対応しています。→ 労務に強い弁護士をお探しの経営者の方へ(サービス案内) ※本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、個別の法律アドバイスではありません。具体的な問題については弁護士にご相談ください。