監修:和氣 良浩(わけ よしひろ) 弁護士法人ブライト|代表弁護士|大阪弁護士会 大阪で20年以上、中小企業の企業法務・顧問弁護士サービスを提供。顧問先130社以上に透明性の高いリーガルサポートを実践している。 「若手が資料づくりにChatGPTを使っているらしい」「営業が提案書の下書きをAIに書かせていると聞いた」。会社としてAI利用のルールを決める前に、現場が先に使い始めている——これは今、多くの中小企業で実際に起きていることです。会社が把握・許可していないまま従業員が業務で生成AIを使う状態を、シャドーAIと呼びます。情報システム部門の管理外でクラウドサービスが使われる「シャドーIT」の、生成AI版です。 経営者・管理部門の方が心配されるのは「情報が漏れていないか」でしょう。ただ、シャドーAIの本当に厄介な点は、漏洩そのものよりも「何がどこまで外に出たのかを、会社が後から確認できない」ことと、「自社の情報が法律で守られる状態から外れてしまう」ことにあります。前者は取引先への説明や報告の判断ができなくなる問題、後者は営業秘密として保護されるための「秘密管理性」という要件に関わる問題です。 この記事では、弁護士法人ブライトが大阪を中心とした顧問先の情報管理・社内規程の整備や、従業員による情報持ち出し事案に関わってきた立場から、シャドーAIで実際に何が起きるのか、発覚したときに何から手を付けるべきか、そして禁止する以外にどんな打ち手があるのかを整理します。答えを一律に示すのではなく、「この論点、自社ではどうなっているか」と社内で確認できる問いの形でお示しします。AI開発から社内でのAI利用までを含めた全体像はAI開発・AI活用の法律問題 総合ガイドで俯瞰できます。 そのAI利用、会社は把握できていますか? 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずは無料でご相談ください。 法務ドックAI診断(無料・匿名・5分)を受ける 無料で相談する お電話でのご相談:0120-929-739 シャドーAIで実際に何が外に出ているのか|「プロンプト入力」は社外送信である 最初に押さえておきたいのは、生成AIへの入力が技術的に何をしている行為なのかという点です。ここが曖昧なままだと、社内で危険度の共通認識が作れません。 プロンプトへの貼り付けは、メールで社外に送るのと構造が同じ クラウド型の生成AIサービスにテキストを入力すると、その内容はサービス提供事業者のサーバーへ送信されます。画面上は「AIに質問している」ように見えますが、起きていることは社外の事業者に情報を渡す行為です。社内資料を個人のフリーメールに転送する行為と、構造は変わりません。 現場では「検索するのと同じでしょう」と受け止められがちですが、検索は公開情報を探す行為で、プロンプト入力は非公開情報を差し出す行為です。社内で危険度を説明するときは、この対比が最も伝わります。 入力が学習に使われるかは、サービス・プラン・設定で変わる 「入力した内容が学習に使われて、他人への回答に出てしまうのではないか」という不安をよく伺います。この点は一律には決まらず、利用するサービス、契約しているプラン、管理画面の設定によって結論が変わります。個人向けの無料プランと法人向けの有償プランで扱いが異なる場合があり、同じサービス内でも設定で切り替えられる場合があります。 個人情報を含む入力については、個人情報保護委員会が「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日)を公表しています。同注意喚起は、個人情報取扱事業者が個人情報を含むプロンプトを入力する場合について、特定された利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認することを求めています。さらに、本人の同意を得ずに個人データを含むプロンプトを入力し、その個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合には個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性があるとして、当該サービスを提供する事業者が個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認することを求めています。 ここで重要なのは、この「十分に確認すること」を果たせるのは会社が利用するサービスを把握している場合だけだという点です。シャドーAIの状態では、誰がどのサービスのどのプランを使っているかが分からず、確認の対象そのものを特定できません。 いちばん困るのは「何が出たか分からない」こと 実務で対応が行き詰まるのは、漏洩の有無ではなく範囲の特定ができない局面です。社内のファイルサーバーからデータを持ち出された場合は、アクセスログやダウンロード記録から対象を絞り込めます。ところが従業員が私物のスマートフォンから個人アカウントで生成AIを使っていた場合、会社側には記録が残りません。 範囲が特定できないと、次の判断がすべて止まります。 取引先に報告すべきか:秘密保持契約に漏洩時の通知義務が定められていることがあり、要否は「何が出たか」で決まります。 個人情報保護委員会への報告・本人通知が必要か:個人データの漏えい等が一定の要件に当たる場合は報告と本人通知が必要になります(個人情報保護法26条)。該当するかも、対象データが特定できなければ判断できません。 従業員をどう処分するか:事実が確定していない段階での懲戒は、それ自体が別の紛争の火種になります。 つまりシャドーAIは、漏洩リスクを高めるだけでなく、会社が「事故が起きたときに動ける状態」から外れてしまうという副作用を持っています。 シャドーAIで入力されがちな情報 会社にとって何が問題になるか 関係する主な枠組み 取引先から受領した仕様書・図面・見積書 秘密保持契約の第三者開示禁止・目的外使用禁止に触れる可能性がある 取引先とのNDA・契約責任 顧客名簿・問い合わせ履歴・カルテ等の個人データ 利用目的の範囲や機械学習に利用されない設定かの確認が必要になる 個人情報保護法・個情委の注意喚起 原価表・仕入条件・見積根拠 営業秘密として守れる状態かが問われる(秘密管理性) 不正競争防止法2条6項 未公表の商品企画・開発情報 非公知性が失われる方向に働き、優位性そのものを損なう 不正競争防止法・知的財産 人事評価・懲戒検討中の従業員に関する記録 要配慮情報に近い内容を含み、社内の信頼関係にも直接影響する 個人情報保護法・労務管理 社内の会議音声・議事録の書き起こし 上記のすべてが混在しやすく、事後の切り分けが最も困難になる 複合(NDA・個人情報・営業秘密) この表は「自社ではどの行が実際に起きていそうか」という視点で見てください。行によって関係する法的枠組みが違うため、打ち手も変わります。とくに最下行の会議音声・議事録は、便利さから使われやすい一方で、後から範囲を切り分けるのが最も難しい類型です。 まず5分で、自社のAI利用リスクを把握する 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずは無料でご相談ください。 法務ドックAI診断(無料・匿名・5分)を受ける 無料で相談する お電話でのご相談:0120-929-739 営業秘密の「秘密管理性」が崩れる|情報が守られない状態に近づく構造 ここが、シャドーAIの法的リスクの中で最も見落とされている論点です。情報が外に出たかどうかとは別に、自社の情報が法律上「営業秘密」として保護される状態にあるかという問題があります。 不正競争防止法が守るのは「秘密として管理されている」情報だけ 不正競争防止法2条6項は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義しています。営業秘密として保護されるには①秘密管理性②有用性③非公知性の3つが必要で、このうち実務で最も争われるのが①です。ここを満たさないと、元従業員が原価表や顧客名簿を持ち出して競合他社で使っていたとしても、差止めや損害賠償を求める土台が弱くなります。「大事な情報だった」という会社側の認識だけでは足りないのが、この要件の厳しさです。 秘密管理性は「会社の秘密管理意思が従業員に伝わっているか」で判断される 経済産業省の「営業秘密管理指針」(平成15年1月30日策定・令和7年3月31日最終改訂)は、要件が満たされるためには営業秘密保有者の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、その秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要があるとしています。会社が主観的に「秘密だと思っていた」だけでは不十分だという整理です。 必要な措置の程度は企業の規模・業態・情報の性質などによって異なるとされ、中小企業に「鉄壁の」管理を求めるものではないことも同指針に明記されています。秘密管理措置の例として挙げられているのは、媒体への表示、接触する者の限定、他の情報との分別管理、情報の種類・類型のリスト化、就業規則や秘密保持契約(あるいは誓約書)などの規程等において守秘義務を明らかにすること、従業員への研修・啓発などです。従業員に「この情報は一般の情報とは取扱いが異なるべきだ」という規範意識が生じる程度の取組かどうかがポイントだと説明されています。 なお同指針は、アクセス制限は認識可能性を担保する一つの手段であって独立の要件ではないと整理し、情報にアクセスした者が秘密であると認識できる場合に、十分なアクセス制限がないことを根拠に秘密管理性が否定されることはないとしています。技術的に完璧でなくても諦める必要はないということです。 分かれ目は「形骸化」か「一時的・偶発的な管理不徹底」か そのうえで、シャドーAIとの関係で決定的に重要な記述が同指針にあります。秘密管理措置がその実効性を失い「形骸化」したともいいうる状況で、従業員が企業の秘密管理意思を認識できない場合は、適切な秘密管理措置とはいえないとされている点です。一方で同指針は、一時的又は偶発的な管理不徹底に過ぎず、企業の秘密管理意思に対する従業員の認識可能性に重大な影響を与えない場合まで「形骸化」と評価することは適切ではないとも注記しています。 この2つを並べると、自社を点検する軸が見えてきます。 形骸化に近づく状態:ルールはあるが誰も守っておらず、上司も黙認している。禁止と言いながら実際には全社的に使われており、会社もそれを知っている。 形骸化とは言いにくい状態:ルールが周知され誓約書も取っており、それでも一部の従業員が個別に違反していた。会社は違反を把握したら是正している。 つまり、シャドーAIそれ自体が直ちに秘密管理性を失わせるわけではありません。危ないのは「会社が黙認している状態」です。「うちは黙認しているのか、それとも把握したら是正する体制になっているのか」——これが、社内で最初に確認すべき問いになります。 もう一つ、同指針は情報漏えい防止対策と秘密管理措置は必ずしも一致しない点に留意が必要だとし、情報セキュリティで求められる措置の程度に達していなくても秘密管理措置は認められ得ると整理しています。実務的に言い換えると、AIサービスへのアクセスを技術的にブロックすること(漏えい防止対策)と、従業員に秘密管理意思を伝えること(秘密管理措置)は別の作業だということです。「ブロックしたので対策済み」と考えている会社は少なくありませんが、前者だけを整えても後者は埋まりません。 顧問先のご相談で実際に問題になった論点|「負けるだけでは済まない」ことがある 弁護士法人ブライトが顧問先から実際にご相談を受けた、従業員による情報持ち出し事案での検討過程をご紹介します(事案が特定されない形に抽象化しています)。複数の元従業員が在職中に社内情報を持ち出した疑いがあり、不正競争防止法違反として法的措置を検討したいというご依頼でした。しかし当方が事前に情報管理の実態を確認したところ、従前の管理状況に照らすと秘密管理性の要件を満たさない可能性があると判断せざるを得ませんでした。 このとき所内で共有された見方が、実務上とても重要です。秘密管理性が認められない場合、単に請求が認められないだけでは終わらず、情報管理の甘さを指摘されたうえで、その情報を利用してかまわないというお墨付きを相手方に与えてしまうリスクがある——だからこの見通しは依頼者にきちんと説明しておくべきだ、という判断です。 なお、営業秘密として守れる状態をどう作るか、退職者対策として競業避止義務や誓約書をどう組み合わせるかは、営業秘密の管理と競業避止契約|不正競争防止法・有効性判断・退職者対策で整理しています。AI利用のルールづくりは、この情報管理体制の一部として設計するのが本来の形です。 シャドーAIを放置することの本当のコストは、ここに現れます。いざ情報が社外に出たときに会社が動けなくなり、動いた結果かえって不利な確認を残してしまう。「AIに入力されて漏れた」という一件の問題ではなく、その会社の情報管理全体の評価に影響する話だという点を、経営判断として押さえておく必要があります。 営業秘密として守れる状態か、点検からご相談いただけます 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずは無料でご相談ください。 顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る 無料で相談する お電話でのご相談:0120-929-739 発覚したときの初動|懲戒の前に確認すべき3つのこと 「従業員が無断でAIを使っていたことが分かった」という段階でのご相談も実際にあります。このとき避けたいのは、事実の確認と証拠の保全より先に、処分と追及に動くことです。順序が逆になると、会社側が別のリスクを抱えることになります。 ①事実の確認と保全|私物端末・個人アカウントを勝手に見に行かない まず確認するのは、会社が正当に確認できる範囲の記録です。会社支給端末の操作ログ、社内ネットワークの通信記録、業務用アカウントの利用履歴、ファイルサーバーのアクセス・ダウンロード記録などが対象になります。あらかじめ就業規則や情報管理規程でモニタリングの根拠と範囲を定めておくと、この段階の動きがはるかに楽になります。 一方で、従業員の私物スマートフォンや個人のメールアカウント・クラウドアカウントを、会社が無断で見に行くのは避けるべきです。弁護士法人ブライトが扱った情報持ち出し事案でも、会社が従業員の個人アカウントに無断でアクセスして取得した記録について、これを証拠として使うことはできないという見立てを立て、会社に対しても「使わない」と明言すべきだと整理したことがあります。せっかく入手した材料が使えないだけでなく、取得行為そのものが別の法的問題(不正アクセス行為の禁止等に関する法律やプライバシー侵害)を生じさせ、追及する側だったはずの会社が責任を問われる立場に回りかねません。 調査の手順そのもの(ヒアリングの順序、デジタル証拠の保全、本人聴取の進め方)は、社内不正の調査の進め方|ヒアリング・デジタル証拠保全・本人聴取の実務手順で詳しく整理しています。シャドーAIの調査もこの型に沿って進めることになります。 実務上は、①会社が正当に見られる記録を先に保全する②そのうえで本人から事情を聴き、聴取内容を日付・出席者とともに書面に残し可能であれば本人の署名まで得る③本人の説明と客観的な記録の食い違いを整理する、という順序が現実的です。実際の情報持ち出し事案でも、事情を聴く場でその日のうちに簡単な経緯書へ署名をいただく進め方を検討しています。時間が経つほど説明は整えられていきます。初動の速さが後の選択肢の幅を決めます。 ②影響範囲の切り分け|取引先情報・個人情報・営業秘密のどれが入っていたか 次に、入力された可能性がある情報を前掲の表の分類に沿って切り分けます。どの種類の情報が入っていたかで、会社が負う対外的な義務が変わります。取引先から受領した情報であれば秘密保持契約の通知義務の有無を、個人データであれば報告・本人通知の要件該当性を(個人情報保護法26条)、自社の営業秘密に当たり得る情報であれば非公知性への影響と管理体制の見直しを検討します。 とくに個人データが含まれていた場合の対外対応は、報告期限や本人通知の方法まで含めて手順が決まっています。個人情報漏洩が起きた場合の会社の対応・責任で整理していますので、その可能性がある段階で合わせてご確認ください。 あわせて、利用されたサービスの仕様も確認します。入力内容が学習に利用される設定だったのか、履歴が保存される設定だったのか、法人契約だったのか個人アカウントだったのか。これらは会社の対外説明の内容を大きく左右します。「分からない」で止まらず、確認できたこと・確認できなかったことを切り分けて記録に残すのが、後の説明責任を果たすうえで重要です。 ③懲戒の根拠があるか|就業規則に定めがなければ処分は難しい 最後に、処分を検討する場合の根拠です。懲戒処分をするには、あらかじめ就業規則等に懲戒の種類と事由が定められていることが前提になると理解されています。労働基準法89条9号は表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項を就業規則の記載事項として挙げています(常時10人以上の労働者を使用する使用者には就業規則の作成・届出義務があります)。さらに労働契約法15条は、懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とすると定めています。「AI利用は禁止と口頭で言っていた」という程度では、処分の根拠として使いにくい場面が出てきます。 ここで多くの会社がつまずくのが、そもそも生成AIの無断利用を禁止する社内ルールが存在しないというケースです。既存の情報管理規程・秘密保持誓約書の文言が「社外への持ち出し」「第三者への開示」となっていて、AIサービスへの入力がそこに読み込めるかがはっきりしない状態も少なくありません。加えて、これまで会社が黙認してきた経緯があると、同じ行為を突然重く処分することの相当性が問題になります。 この構造は、無断副業が発覚したときの対応とよく似ています。「規程に定めがあるか」「周知されていたか」「過去に黙認していなかったか」の3点セットで判断が決まる点は共通です。就業規則と懲戒の関係は従業員の無断副業が発覚したときの対応|懲戒の可否と就業規則の整え方で詳しく整理しています。 図解:シャドーAI発覚時の初動5ステップ 1 記録を保全 会社が正当に見られるログ・履歴を先に確保する 2 本人から聴取 私物端末を勝手に見ず、聴取内容を書面に残す 3 範囲を切り分け 取引先情報・個人データ・営業秘密のどれかを判定 4 対外対応を判断 NDAの通知義務・個人情報の報告要件を確認する 5 根拠を整える 処分の可否を検討し、同時に規程と運用を作り直す 4と5の順序に注目してください。処分の検討は最後です。1〜3を飛ばして5に行こうとすると、事実が固まっていない段階での処分になり、処分の有効性そのものが争われる展開になりがちです。 すでに情報が外に出た可能性がある段階でもご相談ください 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずは無料でご相談ください。 法務ドックAI診断(無料・匿名・5分)を受ける 無料で相談する お電話でのご相談:0120-929-739 禁止一辺倒が「地下化」を招く|公認ルートを設計するという打ち手 ここまでのリスクを読むと「では全面禁止にしよう」と考えたくなります。ただ、実務でうまくいっていない会社に共通するのが、この全面禁止という選択です。 なぜ全面禁止は守られないのか 理由は単純で、生成AIを使うと業務が実際に速くなり、しかも私物スマートフォンで会社の管理外から使えるからです。従業員側から見ると、使えば早く終わる、使っても会社には分からない、使ったと言えば怒られる——この3条件が揃うと、使うのをやめるのではなく、報告しなくなります。これがシャドーAIの地下化です。 会社にとって困るのは、この地下化した状態です。前述のとおり秘密管理措置の形骸化に近づき、事故が起きても範囲が特定できず、しかも「禁止していたのに使われた」という結果だけが残ります。禁止の看板だけを掲げて実態を放置するのは、リスク管理として弱い形です。 公認ルートの設計|「使ってよいもの」を決めるほうが管理しやすい 現実的な打ち手は、使ってよいサービスと入力してよい情報の範囲を会社が決め、その中では堂々と使ってよいという状態を作ることです。管理の対象を「すべてのAI利用」から「限られた範囲の外に出る利用」に絞るほうが、はるかに運用しやすくなります。 観点 全面禁止型 公認ルート型 従業員の行動 使うが報告しない(地下化) 認められた範囲で使い、範囲外は相談する 会社の把握度 ほぼ把握できない 使用サービスと設定を把握できる 秘密管理意思の伝わり方 禁止だけで具体的な線引きが伝わらない 入力禁止情報の列挙で線引きが伝わる 事故発生時の初動 範囲が特定できず対外説明が困難 対象サービスが限られ範囲を絞りやすい 懲戒の根拠 「口頭で禁止」だと根拠として弱い 規程・誓約書があり相当性を説明しやすい 導入時の負荷 低い(決めるだけ) 中程度(サービス選定と規程整備が必要) 設計の勘所は4つです。 許可するサービスを1〜2つに絞る:判断すべき対象が減り、規約や設定の確認も現実的な作業量に収まります。 入力してはいけない情報を具体的に列挙する:「機密情報を入力しない」では現場は判断できません。「取引先から受領した図面」「顧客名簿」など、実際に社内で使われている呼び方で書きます。 出力の使い方を分ける:社内メモに使う場合と社外に出す提案書・広告に使う場合で、確認の手間を変えます(社外に出す場合の著作権の線引きは生成AIの業務利用と著作権侵害リスクで扱っています)。 申告しても不利にならない窓口を作る:「これは入力していいですか」と聞ける相手を決めます。ここが無いと、迷ったときに黙って使う方向に流れます。 そして、この設計はそのまま秘密管理措置にもなります。前掲の営業秘密管理指針が秘密管理措置の例として挙げていた「情報の種類・類型のリスト化」「就業規則や誓約書で守秘義務を明らかにすること」「従業員への研修・啓発」は、公認ルートを作る作業そのものです。漏洩を減らす目的と、営業秘密として守れる状態にする目的の両方を、一度の作業で満たせるという点が、この打ち手の費用対効果の高さです。 なお、無料で配布されている生成AI規程のひな形をそのまま使うと、この1〜4のうち肝心な部分が埋まらないまま配布されることになります。ひな形は「入力禁止情報の例」と「条文の形」を提供してくれますが、自社のどのサービスを許可するか、誰が窓口になるか、就業規則とどうつなぐかは自社で決めるしかありません。ひな形をそのまま使うと埋まらない論点は生成AIの社内規程、ひな形をそのまま使うと危ない5つの論点で整理しています。 取引先NDAとの関係|自社の従業員の入力が、相手方への契約違反になり得る シャドーAIの問題は、社内の情報管理だけで終わりません。従業員が入力した情報が取引先から受け取ったものであれば、会社自身が取引先に対して契約違反を問われる立場になります。これが、経営リスクとして最も直接的に効いてくる部分です。 外部AIサービスへの入力は「第三者への開示」に当たるか 法人間の秘密保持契約には、通常「秘密情報を第三者に開示・漏洩してはならない」「本目的以外に使用してはならない」という条項が置かれます。生成AIサービスへの入力がこれに当たるかは条項の書き方と、そのサービスにおける情報の扱いによって変わります。実務で確認すべきポイントは次のとおりです。 「開示」の定義:人に見せる行為だけか、外部システムへの入力・送信・保存まで読み込める書き方か。 再委託・第三者利用の例外条項:クラウド利用を許容する規定があるか、事前承諾や同等の守秘義務が条件になっていないか。 目的外使用の禁止:受領情報を自社の業務効率化のため外部サービスへ投入する行為が、契約で定めた「本目的」に収まるか。 漏洩時の通知義務・監査条項:いつまでに何を報告する義務があるか。 ここでも効いてくるのが「範囲が特定できるか」です。通知義務があるのに何が出たか説明できない状態は、取引関係そのものに影響します。大阪の中小企業の場合、取引先が上場企業やそのグループ会社であるケースも多く、相手方から情報管理体制についての確認や監査を求められる場面が増えています。 自社が委託する側のときは、NDAのひな形を見直す 逆の立場も考える必要があります。自社が情報を渡す側であれば、相手方の従業員が生成AIに入力することを、自社のNDAは想定できているかという問題になります。従来のひな形は「第三者への開示禁止」までしか書いていないものが多く、外部AIサービスへの入力を明確に射程に収めていないことがあります。図面・レシピ・原価情報のように、それ自体が競争力の源泉である情報を渡しているのであれば、AI利用に関する条項を追加するか、少なくとも「外部サービスへの入力を含む」ことを明記するのが実務的な対応になります。条項の読み方と修正の勘所は法人間NDA(秘密保持契約)ひな形の選び方と修正必須5項目で整理しています。 個人情報を含む場合は、事業者としての確認義務が上乗せされる 取引先から受け取った情報に個人データが含まれている場合は、前述の個人情報保護委員会の注意喚起が求める確認が上乗せされます。すなわち、利用目的を達成するために必要な範囲内であることの確認と、サービス提供事業者が当該個人データを機械学習に利用しないこと等の確認です。委託を受けて個人データを取り扱っている場合は、委託契約上の安全管理措置の約定にも触れる可能性があります。個人データを含むプロンプトの可否を判断する手順はプロンプトに顧客情報を入れてよいか|生成AIと個人情報保護法で詳しく扱っています。 なお、契約書そのものを生成AIに読み込ませてレビューさせる運用は、取引先の情報が丸ごと入力されるため、この論点が最も濃く出る場面です。詳しくはAI契約書レビューの落とし穴|自動チェックで見抜けない交渉ポイントで整理しています。事業として顧客データを預かる立場にある会社はSaaS・IT企業の法務|利用規約・決済フロー・SES契約の実務も併せてご参照ください。 取引先との契約との関係まで含めて確認したい方へ 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずは無料でご相談ください。 法務ドックAI診断(無料・匿名・5分)を受ける 無料で相談する お電話でのご相談:0120-929-739 弁護士に相談したほうがよいケース|社内ルールの整備だけでは足りない場面 ここまでの論点を自社で点検した結果、次のような状況が見つかった場合は、社内ルールを作るだけでは足りない可能性があります。 すでに業務情報がAIに入力された可能性があり、範囲が分からない:規程整備より先に、事実確認と対外対応の判断が必要になります。 入力された可能性のある情報に、取引先から受領したものが含まれる:秘密保持契約の条項を確認し、通知義務の有無から判断する必要があります。 顧客の個人データを含む可能性がある:報告・本人通知の要件に当たるかの検討が必要になります。 処分を検討しているが、就業規則に根拠となる定めがあるか自信がない:処分の有効性そのものが争われるリスクがあります。 これまで会社として黙認してきた経緯がある:突然の厳しい処分は相当性を欠くと判断される可能性があります。 元従業員が情報を持ち出した疑いがあり、法的措置を検討している:秘密管理性を満たす状態だったかの見極めを先に行う必要があります。 どこから手を付けるべきか判断がつかない段階であれば、まず自社の状況を洗い出すところから始めるのが早道です。弁護士法人ブライトでは、法務ドックAI診断(AI利用リスク編)を無料・匿名・所要5分で提供しています。会社名を入力せずに、自社のAI利用にどのような法的リスクの芽があるかの当たりをつけられるため、社内の議論を始める入り口としてご利用いただけます。 弁護士法人ブライトは、法務部がない会社の、外部法務部として動きます。規程のひな形を渡して終わりにするのではなく、自社の既存規程・就業規則・実際の使い方に合わせて機能する形にするところまでを一緒に設計します。顧問先130社以上にはITを主業としない業種の企業も多く含まれており、企業法務を担当するチームの弁護士歴平均14年以上の体制で、大阪の中小企業の実務に即した形でご提案します。 AI利用のルールづくりを、外部法務部として一緒に進めます 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずは無料でご相談ください。 顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る 無料で相談する お電話でのご相談:0120-929-739 よくある質問 従業員が無断でChatGPTを使っていました。すぐに懲戒処分をしてよいのでしょうか? 処分の検討は、事実確認と証拠の保全の後にするのが順序です。懲戒処分をするには、あらかじめ就業規則等に懲戒の種類と事由が定められていることが前提になると理解されており、労働基準法89条9号も表彰及び制裁の定めをする場合はその種類及び程度を就業規則に記載すべき事項としています。また労働契約法15条は、行為の性質・態様その他の事情に照らして客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められない懲戒は無効とすると定めています。生成AIの利用を禁止する社内ルールがなかった場合や、これまで会社が黙認してきた経緯がある場合は、処分の相当性が問題になり得ます。個別の判断については弁護士にご相談ください。 社内資料をAIに入力しただけで、情報漏洩になりますか? 利用するサービスの規約やデータの取扱い、契約しているプラン、管理画面の設定によって結論が変わります。入力内容が学習に利用される設定のサービスに社内資料を入力した場合、意図しない形で情報が外部に出る可能性があります。また、取引先との秘密保持契約で第三者への開示が制限されている情報であれば、契約違反にあたらないかの確認も必要です。個人情報を含む場合は、個人情報保護委員会の注意喚起(令和5年6月2日)が、利用目的の範囲内であることや、サービス提供事業者が機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めています。 従業員の私物スマートフォンを調べて、AIの利用履歴を確認してもよいですか? 会社が従業員の私物端末や個人アカウントを無断で確認する行為は避けるべきです。取得した記録が証拠として使えないおそれがあるだけでなく、取得行為そのものが不正アクセス行為の禁止等に関する法律やプライバシー侵害の問題を生じさせ、会社側が責任を問われる立場に回る可能性があります。まずは会社支給端末のログや社内ネットワークの通信記録など、会社が正当に確認できる範囲の記録を保全し、そのうえで本人から事情を聴く流れが実務的です。調査の進め方は事案によって変わるため、着手前に弁護士にご相談ください。 生成AIの利用を全面禁止にすれば、会社としての対策は十分ですか? 禁止だけでは対策として弱くなりがちです。業務が実際に速くなり、私物端末から会社の管理外で使えるため、禁止しても使用が続き報告されなくなる(地下化する)ことがあります。また、経済産業省の営業秘密管理指針は、秘密管理措置が実効性を失い形骸化した状況で従業員が会社の秘密管理意思を認識できない場合は適切な秘密管理措置とはいえないとしており、禁止の看板だけを掲げて実態を放置することはかえって不利に働き得ます。使ってよいサービスと入力してよい情報の範囲を決める公認ルート型の設計のほうが、管理と説明の両面で機能しやすくなります。 大阪の中小企業でも、シャドーAIの相談は増えているのでしょうか? 弁護士法人ブライトにも、顧問先企業からAI利用に関する管理体制を整えたいというご相談が実際に寄せられています。特徴的なのは、ITを主業としない業種の企業からのご相談も含まれる点です。多くは他の社内規程の見直しと合わせて「現状で足りているか」を確認したいという形で始まります。顧問先130社以上・企業法務を担当するチームの弁護士歴平均14年以上の体制で、大阪を中心とした中小企業の情報管理体制の整備をサポートしています。 自社のAI利用リスクを、まず無料で診断してみませんか 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずは無料でご相談ください。 法務ドックAI診断(無料・匿名・5分)を受ける 無料で相談する お電話でのご相談:0120-929-739 関連記事 AI契約書レビューの落とし穴|自動チェックで見抜けない交渉ポイント 法人間NDA(秘密保持契約)ひな形の選び方と修正必須5項目 従業員の無断副業が発覚したときの対応|懲戒の可否と就業規則の整え方 法務ドックAI診断(AI利用リスク編)|無料・匿名・所要5分 企業法務トップ 本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、特定の事案に対する法律アドバイスではありません。個別の対応については弁護士にご相談ください。