事業用テナントを強制退去させる手続き|建物明渡訴訟の費用と期間【弁護士解説】

事業用テナントを強制退去させる手続き|建物明渡訴訟の費用と期間【弁護士解説】

和氣 良浩

監修:和氣 良浩(わけ よしひろ)

弁護士法人ブライト|代表弁護士|大阪弁護士会

大阪で20年以上、中小企業の企業法務・顧問弁護士サービスを提供。顧問先130社以上に透明性の高いリーガルサポートを実践している。

賃料を何ヶ月も払わないテナントに、いつまでも居座られていないだろうか。催告しても無視、交渉しても動かない。そんな状況に直面している大家(賃貸人)が取るべき手段は、建物明渡訴訟による法的手続きだ。

よくある誤解がある。「鍵を替えてしまえば出ていくのでは」「荷物を外に出してしまえばいいのでは」――これらは自力救済といい、民法上も刑法上も絶対にしてはいけない行為だ。不法行為として損害賠償を請求される可能性がある。

事業用テナントを適法に退去させるには、催告・解除・訴訟・強制執行という正規の手続きを踏む必要がある。本記事では、賃料滞納・無断転貸・用法違反など標準的なケースを対象に、明渡までの全フロー・費用・期間を弁護士が実務目線で解説する。

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テナントに明渡を求められる5つの典型理由

事業用テナントの明渡請求が認められるのは、賃貸借契約を解除できる正当な理由がある場合に限られる。主な類型は以下の5つだ。

① 賃料の滞納(最多ケース)

最も多い退去理由が賃料の不払いだ。民法上、賃料の不払いは債務不履行にあたり、相当期間を定めた催告後に契約を解除できる。ただし、裁判実務では「信頼関係の破壊」が解除の可否を左右する。

1〜2ヶ月程度の滞納は即座に解除できないケースも多い。一般的に3〜6ヶ月以上の滞納があれば、信頼関係の破壊が認められやすく、解除が通りやすくなる。ただし、テナントが「全額ではないが一部を支払い続けている」「健康上・経営上の理由がある」などを主張してくる場合もある。

大阪での実務経験から言えば、2〜3ヶ月の滞納で催告を開始し、4〜5ヶ月で解除通知を送るのが現実的なラインだ。

② 無断転貸・無断増設(賃借権の無断譲渡)

テナントが賃貸人の承諾を得ずに第三者に又貸し(転貸)したり、賃借権を譲渡したりした場合、民法612条により契約を解除できる。事業用物件では、知らないうちに別の事業者が使用しているケースがある。定期的な物件確認が重要だ。

③ 用法違反(目的外使用)

契約書に「事務所使用」と明記されているのに飲食店として使用している、あるいは「物販店」として貸したのに宗教施設として使用しているなどのケースだ。賃貸借契約の用途制限条項に違反している場合、信頼関係の破壊を理由に解除が認められる。

④ 暴力団排除条項違反

近年、多くの契約書に暴力団排除条項(反社会的勢力排除条項)が盛り込まれている。テナントまたはその関係者が暴力団員であることが判明した場合、同条項を根拠に即時解除が可能なケースがほとんどだ。

⑤ 契約期間満了(定期借家・普通借家の違い)

普通建物賃貸借(普通借家)では、期間満了だけでは解除できない。正当事由(自己使用の必要性など)がなければ更新拒絶は困難だ。一方、定期建物賃貸借(定期借家)であれば、期間満了をもって契約が終了し、更新がない。定期借家は事業用テナントで積極活用すべき仕組みだ。定期借家に関しては定期借家契約の途中解約も参考にしてほしい。

⚖️ 明渡請求の主な法的根拠

  • 賃料滞納による解除:民法541条(催告解除)・541条但書(信頼関係破壊の法理)
  • 無断転貸による解除:民法612条2項
  • 用法違反による解除:民法616条・594条
  • 明渡請求:民法601条(賃貸借終了後の目的物返還義務)

根拠条文:民法541条・612条・616条、借地借家法28条

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訴訟前に必ず踏む事前手続き

いきなり訴訟を起こす前に、法的に必要な手順がある。この順序を踏まないと、後の裁判で不利になる可能性がある。

ステップ1:催告書の送付

まず、相当期間(通常2週間〜1ヶ月)を定めた催告書を送る。「○月○日までに賃料を支払わない場合は契約を解除する」という内容を内容証明郵便で送付するのが基本だ。内容証明は送付の事実と内容を第三者(郵便局)が証明する公的書類であり、後の裁判の証拠として有効だ。

内容証明郵便の書き方については内容証明郵便の書き方・出し方を参照してほしい。

ステップ2:契約解除通知の送付

催告期間が過ぎても賃料が支払われない場合、または用法違反が是正されない場合、次に解除通知を送る。これも内容証明郵便で行う。「○年○月○日をもって賃貸借契約を解除します」と明記する。

この時点で法律上は契約が終了しているが、テナントが自発的に退去しなければ強制執行はできない。

ステップ3:任意退去の交渉

解除通知後、テナントが任意に退去してくれれば、訴訟は不要だ。弁護士が窓口となり「○月○日までに退去し、鍵を返還してほしい。滞納賃料は分割払いも検討する」といった形で交渉を進める。ここで合意が成立すれば合意書(退去合意書)を作成する。

ただし、口頭での合意は危険だ。必ず書面にし、退去日・明渡確認の方法・滞納賃料の支払方法を明確に記載する。

ステップ4:訴訟提起(任意退去しない場合)

交渉が決裂した場合、建物明渡訴訟を提起する。訴訟に移行するまでの事前手続きの所要期間は通常1〜3ヶ月だ。

建物明渡訴訟の流れと期間

裁判所を通じた明渡の流れは以下のとおりだ。大阪地方裁判所・大阪簡易裁判所での実務を踏まえて解説する。

どの裁判所に提訴するか

訴額(賃料の12ヶ月分が目安)によって管轄が変わる。

訴額の目安 管轄裁判所(大阪) 特徴
140万円以下 大阪簡易裁判所 手続き簡略・期間短め
140万円超 大阪地方裁判所 正式訴訟・証拠開示も可能

訴訟から判決までの標準的な流れ

建物明渡訴訟は、証拠が整っていれば比較的短期間で判決が出る。一般的な流れは以下のとおりだ。

  1. 訴状提出(第1日):訴状・証拠書類・印紙を裁判所に提出する。被告(テナント)への送達手続きが始まる。
  2. 第1回口頭弁論(提訴から約1〜2ヶ月後):被告が出頭しない場合、その場で勝訴判決が出ることもある(欠席判決)。
  3. 弁論・和解勧告(第1〜3回):被告が争う場合は書面のやり取りが続く。裁判官から和解勧告が出ることもある。
  4. 判決(提訴から3〜6ヶ月後):証拠が明確な賃料滞納案件は早期に判決が出る傾向がある。
  5. 控訴期間(判決後2週間):被告が控訴しなければ判決が確定する。

強制執行(判決確定後)

判決確定後もテナントが退去しない場合、執行文の付与を受け、建物明渡の強制執行を申し立てる。執行官が現地に出向き、テナントの退去・動産の搬出を実施する(断行)。

訴訟提起から強制執行完了まで:通常6ヶ月〜1年が目安だ。テナントが争わない場合は4〜6ヶ月程度で完了することもある。

費用の全体像

明渡訴訟にかかる費用は複数の要素から構成される。事前に全体像を把握し、費用対効果を検討しよう。

裁判費用(印紙代・予納金)

項目 金額目安 備考
訴状印紙代 1〜5万円 訴額によって異なる(訴額の約0.5〜1%)
郵便切手(予納郵券) 3,000〜6,000円 送達費用として裁判所に予納
強制執行申立費用 2〜5万円 執行官手数料・予納金含む
動産搬出費用(執行業者) 10〜50万円 残置物の量・搬出先による

弁護士費用

弁護士費用は弁護士事務所によって異なるが、一般的な目安は以下のとおりだ。

  • 着手金:20〜40万円程度(事案の複雑さによる)
  • 報酬金:回収した滞納賃料の10〜20%、または定額(20〜40万円程度)
  • 内容証明・交渉のみの場合:5〜15万円程度

弁護士費用の相場については弁護士費用の相場・着手金・成功報酬の解説も参照してほしい。

費用対効果の考え方

月額賃料が30万円で6ヶ月分(180万円)が滞納されているケースを想定しよう。弁護士費用・訴訟費用・執行費用の合計が80〜100万円程度かかるとしても、テナントが退去し次の賃借人を入れることで、長期的には回収できることが多い。放置することのコスト(機会損失・精神的負担)と比較して判断してほしい。

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強制執行の実務——断行日の実態

判決が確定し、強制執行の申立てが認められると、執行官が明渡の断行(だんこう)を実施する。実務上の流れを知っておこう。

断行前の手続き

  1. 執行文の付与:判決正本に執行文を付与してもらう(裁判所書記官に申請)。
  2. 強制執行の申立て:執行文付き判決正本を持参し、大阪地方裁判所執行センター(または大阪簡裁)に申し立てる。
  3. 催告(第1回訪問):執行官がテナントを訪問し「○月○日に断行する」と通告する。この時点でテナントが退去することも多い。
  4. 断行日(第2回訪問):執行官・弁護士・引越業者が一斉に建物に入り、残置物の搬出・鍵の交換を実施する。

残置物の処理

テナントが荷物を残したまま退去した場合、残置物は勝手に処分できない。執行官が搬出した動産は保管義務が生じる。一定期間(通常1〜3ヶ月)保管後、テナントが引き取りに来なければ売却または廃棄の手続きを取ることができる。この費用は後でテナントに請求できるが、回収できないことも多い。

事業用テナントでは、機械設備・什器・在庫商品など大型・高額の残置物が残るケースがある。事前に引越業者に見積もりを取ることを強く勧める。

自力救済は絶対にしてはいけない

繰り返すが、鍵の交換・荷物の搬出・電気や水道の停止など、裁判所の手続きによらない自力救済は絶対に行ってはいけない。不法行為として損害賠償を請求されるリスクがあるほか、刑事罰(不法侵入罪・器物損壊罪等)に問われる可能性もある。「先に出ていかせてしまえ」という判断は、後に深刻なトラブルを招く。

連帯保証人・滞納賃料の回収を同時に進める

明渡訴訟と並行して、滞納賃料の回収も検討すべきだ。テナントが退去しても、滞納分が回収できなければ損失は残る。

連帯保証人への請求

賃貸借契約に連帯保証人がいる場合、滞納賃料・明渡までの使用損害金・原状回復費用を保証人に請求できる。2020年の民法改正により、個人連帯保証の場合は極度額(保証の上限)が契約書に記載されている必要がある。極度額の範囲内であれば、連帯保証人に一括請求が可能だ。

預託金・敷金との相殺

受け取っている敷金(保証金)がある場合、滞納賃料や原状回復費用と相殺できる。ただし、明渡後に精算するのが原則だ。退去前に一方的に充当してはならない。

財産調査・債権回収

テナントが法人の場合、法人の銀行口座・売掛債権の仮差押えを明渡訴訟と並行して申し立てることもある。仮差押えにより、テナントが財産を隠匿・散逸させるのを防ぐ効果がある。売掛債権の仮差押えについては売掛債権の仮差押えも参照してほしい。

滞納賃料の回収も同時に対応できます

弁護士法人ブライトでは、明渡訴訟と滞納賃料回収を一括して対応します。弁護士歴平均14年以上のチームが、回収可能性を踏まえて最適な戦略をご提案します。

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トラブルを防ぐための賃貸借契約書の条項

問題のあるテナントを退去させる作業は、精神的にも経済的にも負担が大きい。新規テナントを入居させる際に、契約書の段階でリスクを最小化することが最も効果的だ。

解除条項・明確な催告手続きの定め

「賃料の支払いが○ヶ月以上遅延した場合、催告なしに解除できる」という無催告解除特約を盛り込むことがある。ただし、この特約は裁判所が有効と認めないケースも多い(信頼関係の破壊が前提)。むしろ、「○ヶ月の滞納で直ちに催告し、指定期間内に支払いがなければ解除できる」と手続きを明確に規定する方が実務的だ。

連帯保証と個人保証の限度額設定

2020年施行の改正民法により、個人が連帯保証人になる場合は契約書に極度額(保証上限額)を明記しなければ保証自体が無効になる。「賃料の24ヶ月分」など、回収可能な金額を極度額として設定しておこう。また、法人保証(保証会社)の利用も積極的に検討すべきだ。

保証会社の利用

個人の連帯保証人は資力が不安定なことが多い。賃貸保証会社(家賃保証会社)を活用することで、滞納賃料の立替払いを受けられる。保証会社が立替払い後、テナントへの回収を保証会社が行う仕組みのため、賃貸人のリスクを大幅に軽減できる。

定期建物賃貸借(定期借家)の活用

事業用テナントであれば、普通借家ではなく定期建物賃貸借契約(定期借家)の利用を強く推奨する。定期借家では期間満了で契約が終了し、テナントの更新権がないため、期間終了時の退去がスムーズに進む。詳細は賃貸借契約を解除する方法も参考にしてほしい。

暴力団排除条項・反社チェック

入居審査時に反社会的勢力との関係を確認する条項を設けること、また入居後に反社との関係が判明した場合に即時解除できる旨を契約書に明記することが重要だ。

ゴミ屋敷・異臭・近隣迷惑など特殊事例への対応についてはゴミ屋敷テナントの強制退去も合わせて参照してほしい。

大阪の建物明渡訴訟の実務ポイント

大阪地方裁判所・大阪簡易裁判所での建物明渡訴訟には、実務的な特徴がいくつかある。

大阪簡裁の「賃貸借事件部」

大阪簡易裁判所には賃貸借トラブルを専門に扱う部署があり、担当裁判官が賃貸借事件に習熟している。事件番号が割り振られると比較的スムーズに進む傾向がある。ただし、被告が争う場合は地方裁判所移送になるケースもある。

大阪地裁の明渡訴訟の特徴

大阪地方裁判所では、第1回口頭弁論で被告が出頭しない場合に擬制自白(相手方の主張を認めたものとみなす)として扱われ、早期に判決が出る可能性が高い。証拠が整っている案件は2〜3ヶ月で判決が出ることもある。

執行センターへのアクセス

大阪地方裁判所の執行センターは本町に所在し、強制執行の申立て・執行官との調整を一括して行える。弁護士が代理することで手続きがスムーズに進む。

よくある質問

賃料滞納が1〜2ヶ月の場合でもすぐに訴訟できますか?

1〜2ヶ月の滞納では、裁判所が「信頼関係の破壊」を認めないケースが多く、契約解除が難しい場合があります。まずは催告書(内容証明)を送り、支払いを求めるのが先決です。大阪の実務では、3〜5ヶ月以上の滞納が継続し、かつ催告に応じない場合に訴訟を提起するのが一般的です。個別の事情によって異なるため、早めに弁護士に相談することをお勧めします。

テナントが夜逃げして荷物だけ残っている場合はどうすれば良いですか?

テナントが所在不明でも、残置物を勝手に処分することはできません。裁判所に明渡訴訟を提起し(公示送達という手続きが使える場合があります)、判決確定後に強制執行を申し立てて動産搬出を実施する必要があります。残置物の搬出・保管・廃棄には費用がかかりますが、後にテナントへ請求することは可能です。まずは弁護士に状況を伝えてください。

鍵を替えてしまっても大丈夫ですか?

絶対にしてはいけません。賃貸人が裁判所の手続きを経ずに鍵を替えたり荷物を搬出したりする行為は「自力救済」として違法です。テナントから不法行為を理由に損害賠償を請求されるリスクがあり、刑事責任(不法侵入・器物損壊等)を問われる可能性もあります。退去させたい場合は必ず法的手続きを経てください。

大阪で建物明渡訴訟を起こした場合、判決まで何ヶ月かかりますか?

被告(テナント)が争わない場合、大阪地裁・大阪簡裁ともに第1回口頭弁論(提訴から約1〜2ヶ月後)で擬制自白により早期に判決が出るケースがあります。一般的には提訴から判決まで3〜6ヶ月、さらに強制執行が完了するまでを含めると6ヶ月〜1年程度が目安です。証拠が整っているほど期間は短縮されます。

テナントが「出ていく」と言いながら動かない場合はどうすれば良いですか?

口頭での約束は法的拘束力が弱く、約束の日に退去しない場合に強制執行はできません。「出ていく」という意思表示があった段階で、退去日・明渡確認方法・滞納賃料の支払い方法を明記した「退去合意書」を書面で締結することが重要です。合意書があれば、後の法的手続き(強制執行)に活用できます。弁護士が立会い・作成することで合意の実効性が高まります。

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