監修: 和氣 良浩(弁護士法人ブライト 代表弁護士・大阪弁護士会) 従業員から「顧客の資料を生成AIに貼り付けてしまった」と報告が来た。最初に必要なのは、漏えいと決めつけて一斉連絡することでも、履歴を消して終えることでもありません。被害の拡大を止めながら、何が、どのサービスへ、どの設定で入力され、その後どう扱われたかを確認できる状態にすることです。 生成AIへの入力が発覚しても、すべてが個人情報保護委員会への報告対象になるわけではありません。他方で、「学習オフだった」「画面から消した」という理由だけで問題が解消したともいえません。事実を集め、個人情報、取引先との契約、営業秘密、社内規程の論点を分けて判断します。 無断利用が起きる背景や懲戒前の注意点は従業員の無断ChatGPT利用と情報漏洩で解説しています。本記事は、入力が判明した後の会社の初動に絞ります。 発覚直後|停止と証拠保全を同時に進める 同じ入力の継続・共有を止める まず、当該データを使った新たなプロンプト入力、出力の社内外共有、外部コネクタへの転送を止めます。必要に応じて当該アカウントの利用を一時停止し、同じ資料を使う担当者へ限定的に注意を出します。全社のAIを即時全面禁止するかは、影響範囲を見て判断します。範囲を広げすぎると業務が止まり、当事者が事実を話しにくくなることもあります。 履歴を消す前に記録する 画面から会話を削除すると、入力日時、入力文、添付ファイル名、使用モデル、共有リンク、設定を確認できなくなることがあります。削除が有効な拡大防止になる場合もありますが、先に必要な情報を保全し、削除の時刻と操作結果を記録します。 保存するのは、必要な事実です。事故対応資料へ顧客情報を無制限に複製してはいけません。閲覧権限を絞った場所に、担当者、確認日時、原資料の所在、サービスから得た回答を記録します。 入力してしまったときを、自社の契約・運用に合わせて点検 未確認の事項と、優先して整える範囲を整理します。 法務ドックの診断内容を見る 初動チェック|八つの事実を確認する 項目 確認する内容 理由 入力者・時刻 誰がいつ、会社・個人どちらのアカウントで使ったか 設定とログの特定 入力内容 本文、添付、画像、音声、URL、個人情報・要配慮個人情報の有無 法令・契約評価の基礎 サービス 名称、プラン、モデル、API・ブラウザ・アプリの別 データ条件が異なるため 設定 学習・履歴・保持期間、管理者設定 二次利用や保存の確認 共有 共有リンク、チーム共有、プラグイン、外部コネクタ 第三者が見られる範囲の特定 出力 出力内容を保存、転送、公開したか 入力後の拡大有無 契約 顧客とのNDA・委託契約・セキュリティ合意 契約上の連絡義務等の確認 サービスへの照会 削除対象、バックアップ、アクセス、ログ提供の可否 自社だけでは分からない範囲の確認 本人の記憶だけで確定せず、管理者ログ、ブラウザ履歴、サービス管理画面、メール、社内申請と突き合わせます。ただし、私物端末や個人アカウントの調査は、就業規則、社内規程、プライバシーへの配慮を踏まえて範囲を決めます。 「生成AIへ入力」イコール「報告対象の漏えい」ではない 個人情報保護委員会のガイドラインは、漏えい等またはそのおそれのある事案が発覚した場合、事業者内部での報告と拡大防止、事実調査と原因究明、影響範囲の特定、再発防止、委員会への報告・本人通知を検討する流れを示しています(個人情報保護法ガイドライン通則編 3-5-2)。 重要なのは「入力した」という動作だけで一律に結論を出さないことです。入力先が当該情報をどの立場で取り扱うか、応答以外の目的に利用するか、第三者がアクセスできる状態になったか、報告対象となる個人データを含むかなどを確認します。 個人情報保護委員会は、本人同意なく個人データを生成AIへ入力し、応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、法令違反となる可能性があるとして、提供者が機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めています(生成AIサービスの利用に関する注意喚起等)。ただし「学習不使用」であっても、利用目的、委託先監督、国外取扱い、契約上の義務など別の確認は残ります。 入力してしまったときを、自社の契約・運用に合わせて点検 未確認の事項と、優先して整える範囲を整理します。 法務ドックの診断内容を見る 報告先を四つに分けて判断する 1. 社内の責任者 疑いの段階でも、個人情報保護責任者、情報セキュリティ責任者、経営責任者など、社内規程で定めた窓口へ速やかに報告します。担当者だけで「問題なし」と処理すると、後に新事実が出たときの対応が遅れます。受付時刻、判断者、未確認事項、次回確認時刻を残します。 2. 個人情報保護委員会 法令上の報告対象に当たるかを、データの性質、人数、不正目的のおそれ等に照らして確認します。委員会の案内では、報告対象事案について速報は発覚から概ね3〜5日以内、確報は原則30日以内、不正目的のおそれがある場合は60日以内とされています(漏えい等の対応とお役立ち資料)。これはすべてのAI誤入力に自動適用される期限ではありません。まず報告対象事案かを判断し、該当する可能性があるなら初期情報が不完全でも速報準備を進めます。 3. 本人 本人通知の要否と方法は、法令上の要件と事案の内容を確認します。事実が固まらないまま断定的な通知をすると混乱を広げますが、確認完了を待ちすぎることもできません。現時点で確認できた事実、二次被害防止のために本人が取れる措置、問い合わせ窓口を整理します。 4. 取引先・委託元 個人情報保護法上の報告とは別に、NDA、業務委託契約、セキュリティ特約で事故・疑義の連絡期限や調査協力が定められていることがあります。「法令上の報告対象ではないから取引先への連絡も不要」とは限りません。対象契約、連絡期限、窓口、求められる記載事項を確認します。 AIサービス提供者へ何を照会するか サービス提供者には、感情的な削除要求だけでなく、調査に必要な質問をまとめて送ります。 対象アカウント、日時、会話・ファイルを特定できる識別情報 当時適用されていたプランとデータ利用条件 入力・出力が学習、サービス改善、モニタリングに使われたか 人によるアクセス、委託先・関連会社・外部連携への移転の有無 保存領域、バックアップ、保持期間 削除操作で消える範囲、削除完了予定、確認書の可否 管理者へ提供可能なアクセスログ 回答が得られない事項も「不明」として残します。削除完了の表示が出ても、対象範囲と確認方法を記録します。自社の希望を事実として書かないことが大切です。 入力してしまったときを、自社の契約・運用に合わせて点検 未確認の事項と、優先して整える範囲を整理します。 法務ドックの診断内容を見る 原因究明は「従業員の不注意」で終えない 誤入力の背後には、承認済みツールが分からない、禁止情報の例が抽象的、業務上AIを使う必要があるのに安全な経路がない、個人アカウントしか使えない、といった設計上の原因があります。個人への注意だけでは、別の部署で同じ事故が起きます。 再発防止は、入力禁止リストを増やすだけでなく、次の順で検討します。 許可するサービス・プラン・用途を明示する 個人情報、顧客秘密、未公表情報など情報区分ごとの扱いを決める 高リスク用途は事前承認またはマスキングを求める 管理者設定とログを定期確認する 規約変更を受けて承認を見直す 事故報告を処分と直結させず、早期報告できる窓口を作る 総務省・経済産業省のAI事業者ガイドライン第1.2版が示すAIガバナンスも、方針を作って終わるのではなく、リスクに応じて運用し、見直す考え方です。 再開条件を決めてから利用を戻す 事故対応が一段落しても、元の使い方へすぐ戻すと再発します。対象データの範囲が確定した、必要な報告・通知の判断をした、サービスの設定を管理者が確認した、安全な代替手順を示した、教育と承認フローを更新した、という再開条件を決めます。 全面再開、用途限定の再開、別サービスへの切替え、当面停止のどれにするかを、部署や用途ごとに判断します。判断日、責任者、残った不明点、次回見直し日を記録します。 入力してしまったときを、自社の契約・運用に合わせて点検 未確認の事項と、優先して整える範囲を整理します。 法務ドックの診断内容を見る 初動で契約文書から確認する二つの点 入力した資料に秘密の表示がない場合でも、業務委託契約と別に締結されたNDAで秘密情報の範囲が定められていることがあります。資料の見た目だけで対象外とせず、適用される契約をそろえ、連絡義務や利用目的を確認します。定義が不明確な点は、そのまま未確認事項として管理します。 AIで加工した資料をすでに納品している場合は、相手方の確認が完了したか、修正・再提出中かも把握します。完成前の誤出力なのか、利用開始済みの成果物なのかで、連絡先や修正版の配布先を調べる範囲が変わります。検収状況と入力情報の流出可能性は別項目として整理します。 法務ドックで事故前後の仕組みを点検する 事故時に必要な情報を短時間で集められるかは、平時の設計で決まります。利用サービス一覧がない、契約の所在が分からない、管理者ログを見られない、社内報告先が曖昧という状態では、報告要否の判断が遅れます。 弁護士法人ブライトの法務ドックでは、AI利用の現状、入力情報、契約、規程、管理者設定、事故対応フローを一つの表にし、確認できていない箇所を整理します。大阪を中心に、法務部がない会社の「外部法務部」として、顧問先141社以上の企業法務に対応してきました。企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが、法令・契約と現場運用をつなぎます。 すでに入力が発覚している場合は、資料ダウンロードを経ずに企業法務のお問い合わせをご利用ください。入力日時、サービスとプラン、入力した情報の種類、現在までに行った停止・削除、関係する契約の有無を分かる範囲で整理すると、初動確認を進めやすくなります。 診断後の規程・書式・運用手順の整備と再点検は、ご希望に応じて範囲を定め、診断とは区別して個別にお見積りします。 よくある質問 会話履歴を削除すれば対応は終わりますか 画面上の履歴削除と、サービスの保管領域・バックアップ・学習等からの削除は同じとは限りません。削除前に必要な事実を保全し、削除範囲と確認限界を提供者へ照会します。 氏名が入っていなければ個人情報ではありませんか 氏名がなくても、社内の他情報と容易に照合して個人を識別できる場合があります。また、個人情報に当たらなくても、NDA上の秘密情報や営業秘密に当たる可能性があります。 生成AIへ入力したら、必ず個人情報保護委員会へ報告しますか 一律ではありません。入力内容、サービスでの取扱い、第三者が閲覧できる状態、報告対象類型への該当性等を確認します。該当する可能性がある場合は、期限を意識して速報準備を進めます。 従業員を先に処分してもよいですか 処分の検討より先に、事実確認、証拠保全、被害拡大防止を進めます。処分の可否や程度は、就業規則、指示・教育の内容、故意・過失、影響等により異なるため、個別に確認が必要です。 本人や取引先にはいつ伝えるべきですか 法令上の通知と契約上の連絡を分け、それぞれの要件・期限を確認します。すべての事実が確定するまで待つのではなく、確認済み事項と未確認事項を分けて判断します。 ※本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別事案の報告・通知義務や契約対応は、入力情報、サービスの条件、契約文言等により異なります。 自社の利用状況を法務ドックで点検する 契約・規程・実際の使い方を合わせて確認し、改善の優先順位を整理します。 生成AI利用 法務ドックを見る あわせて確認したいテーマ 顧客情報の入力 社員の無断利用 社内規程の整備 成果物の社外利用 秘密保持契約 法務ドックについて相談する