マンションの敷地売却で借家人・テナントはどうなる?2026年4月施行の新法を解説 監修:和氣 良浩(わけ よしひろ) 弁護士法人ブライト|代表弁護士|大阪弁護士会 大阪で20年以上、中小企業の企業法務・顧問弁護士サービスを提供。顧問先130社以上に透明性の高いリーガルサポートを実践している。 結論から言います。2026年4月1日の法改正で、マンションの敷地が売却されても、借家権は消えなくなりました。借りている側の立場は、以前より大きく強くなっています。 ある日、貸主から一通の手紙が届く。「建物の老朽化により、建替え(取り壊し)が正式に決定しました。つきましては、◯月末日までにご退去いただきたく」。 長年そこで店舗やオフィスを続けてきた経営者にとって、これは事業の存続そのものに関わる話です。移転先を探し、内装をやり直し、その間は営業が止まる。数百万円から、業種によっては数千万円が動きます。 それでも、「決まったことなら仕方ない」と受け止めてしまう方が少なくありません。そこが分かれ道です。 この記事では、マンションの敷地売却で借家人・テナントの権利がどうなるのかを、2026年4月施行の新しい法律の条文にあたって解説します。ネット上の解説記事の多くが、実は古い法律のまま書かれているという問題にも触れます。 企業法務のご相談は弁護士法人ブライトへ 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずはお気軽にご相談ください。 法務チェックリスト 無料ダウンロード 顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る 0120-929-739(みんなの法務部)LINE相談(無料) そもそもマンションの敷地売却制度とは? 老朽化したマンションを、区分所有者の多数決で建物ごと売却してしまう制度です。耐震性が不足しているなどの認定を受けたマンションで、区分所有者・議決権・敷地利用権の持分の各5分の4以上の賛成があれば、反対する人がいても売却できます。 売却組合という法人がつくられ、都道府県知事などの認可を受けて手続きが進みます。買った側は建物を取り壊し、新しい建物を建てる。区分所有者は売却代金の分配を受けて出ていく。これが大きな流れです。 問題は、そのマンションの一室を借りている人がどうなるかです。区分所有者は自分たちの多数決で決めたことですが、借家人はその決議に参加していません。 2026年4月の法改正で何が変わったのか まず、法律の名前そのものが変わりました。 「マンションの建替え等の円滑化に関する法律」から、「マンションの再生等の円滑化に関する法律」へ。制度の名称も「マンション敷地売却事業」から「マンション等売却事業」に変わっています。2026年4月1日施行です。 名前だけの話ではありません。借家人の扱いが、根本から変わりました。 敷地が売却されても、借家権は消えません ここが最大のポイントです。 新しい円滑化法149条1項は、権利消滅期日に消滅する権利について、こう定めています。売却等マンションを目的とする所有権並びに借家権及び使用貸借による権利以外の権利は、消滅する、と。 読み下すと、消えるのは抵当権などであって、所有権・借家権・使用貸借は消えないということです。 さらに同法155条は、組合に建物を明け渡す義務を負う占有者から、「売却等マンションの借家権を有する者」を明文で除外しています。借家人は、組合に対して明け渡す義務を負いません。 国土交通省が新法に対応して作成した「マンション等売却実務マニュアル」(令和8年3月)も、43頁でこう述べています。 > 権利消滅期日に借家権は消滅しないことから、賃借人からの建物の明渡しを終えなければ、マンション等売却事業を進めることはできない つまり、事業を前に進めたいのは貸主側であって、借家人ではないという構図です。 では、借家契約はどうやって終わるのか 借家権が自動的に消えないのなら、貸主はどうやって借家人に出ていってもらうのか。用意されているのが、区分所有法64条の2の「賃貸借の終了請求」です。 建物敷地売却決議の場合は、区分所有法64条の6第3項がこの規定を準用します。中身を押さえておきましょう。 1. 6か月の経過で契約が終わります 終了請求があった日から6か月を経過することによって、賃貸借は終了します(64条の2第2項)。この「6か月」は、実務マニュアル73頁によれば、請求の意思表示が借家人に到達した日の翌日から起算します(初日不算入・民法140条)。 終了請求は要式行為ではないため、書面でも電子メールでも、口頭でも成立します。「正式な書類が届いていないから、まだ何も始まっていない」とは限らないということです。 2. 補償金を払わなければなりません 終了請求があったとき、その専有部分の区分所有者は、借家人に対し、賃貸借の終了により通常生ずる損失の補償金を支払わなければなりません(64条の2第3項)。 払うのは、売却組合ではなく貸主である区分所有者本人です。ここは誤解しやすいところです。 区分所有者以外の人が終了請求をした場合、その人は区分所有者と連帯して支払義務を負います(同条4項)。売却組合が終了請求をすることも認められていて(円滑化法122条)、その場合は同条3項の読み替えにより、組合が連帯債務者になります。 3. 補償金を受け取るまで、明渡しを拒めます そして決定的なのがここです。 > 専有部分の賃借人は、第二項の規定により当該専有部分の賃貸借が終了したときであつても、前二項の規定による補償金の提供を受けるまでは、当該専有部分の明渡しを拒むことができる(64条の2第5項) 契約が終わっても、お金が用意されるまでは出ていかなくていい、と法律が明文で認めています。貸主の側から見れば、補償金を払わない限り建物を空けられないということです。 企業法務のご相談は弁護士法人ブライトへ 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずはお気軽にご相談ください。 法務チェックリスト 無料ダウンロード 顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る 0120-929-739(みんなの法務部)LINE相談(無料) ここが落とし穴:6か月が経つ前に契約が別の理由で終わると、補償金は発生しません これは必ず知っておいてください。 実務マニュアル74頁は、補償金の請求権がいつ発生するかについて、こう述べています。 > 補償金支払請求権は、賃貸借が終了した時点(賃貸借終了請求があった日から6か月を経過した時点)で発生するものと考えられる。そのため、賃貸借終了請求の後6か月が経過するまでの間に当該賃貸借が別の原因で終了した場合(賃料不払解除等)には、補償金支払請求権は生じないと解される つまり、6か月の満了を待たずに、賃料の不払いなど別の理由で契約が解除されてしまうと、補償金はゼロになります。 借家人の側から見れば、これは重い意味を持ちます。6か月を走り切ることが、補償金を受け取るための条件だということです。この期間中に賃料の支払いを遅らせる、契約違反を指摘されて放置する、といったことがあれば、受け取れたはずのものを失いかねません。 「どうせ出ていくのだから」と賃料の支払いを止めてしまう。気持ちは分かりますが、これは最もやってはいけない対応のひとつです。 補償金はどのくらいの水準になるのか 条文は「通常生ずる損失」としか書いていません。では何が入るのか。 実務マニュアル74頁が、考え方を示しています。 > 「賃貸借の終了により通常生ずる損失の補償金」は、基本的には、公共用地の取得に伴う損失補償基準(用対連基準)において賃借人等が受ける補償と同水準とすることが想定されている 用対連基準は、道路建設などで土地を明け渡してもらうときに使われる、公共用地取得のための補償基準です。その費目には、物件の移転料だけでなく、営業廃止の補償、営業休止の補償、仮営業の補償、営業規模縮小の補償などが含まれます。 引越し代だけの話ではない、ということです。店舗やオフィスであれば、移転に伴って営業が止まる期間の損失も、補償の枠組みに入ってきます。 ただし、公共用地の取得の場合との違いを踏まえて金額が算定される必要があるとも書かれており、個別の事情によって変わります。具体的な金額は、事案ごとに専門家が算定することになります。 組合の認可が2026年4月より前でも、新法が適用されます 「うちのマンションは、法改正より前に組合ができている。だから古い法律のままでは?」 そう考えたくなりますが、違います。 改正法(令和7年5月30日法律第47号)の附則5条5項2号は、施行日前に旧法の認可を受けたマンション敷地売却組合を、新法のマンション等売却組合とみなすと定めています。 さらに同条7項は、施行日前にされたマンション敷地売却決議を、新しい区分所有法64条の6の建物敷地売却決議とみなすと定めています。 つまり、組合の認可も決議も法改正前だったとしても、新法が適用されます。「認可が古いから旧法」という思い込みは、そのまま権利を手放すことにつながりかねません。 古い解説記事に注意してください ここまで読んで、「ネットで調べたときと話が違う」と思われた方がいるかもしれません。 その感覚は正しいです。旧法では、逆でした。 改正前は、権利消滅期日に借家権が消滅し、売却組合が借家人に補償金を支払う、という建て付けでした。国土交通省の「マンション敷地売却ガイドライン」(令和4年3月改訂)も、その前提で書かれています。 そして、ネット上にある解説記事の多くは、いまもこの旧法をベースにしています。法改正からまだ日が浅く、記事が追いついていないためです。借家権が消えるのか消えないのか、補償金を払うのが組合なのか貸主なのか、明渡し義務があるのかないのか。主要な結論が、ことごとく逆になっています。 古い情報を前提に「もう決まったことだから」と受け入れてしまうと、本来受け取れるはずの補償金を失うことになりかねません。 → 詳しくは:旧法と新法はここが逆|古い解説記事の落とし穴と経過措置 企業法務のご相談は弁護士法人ブライトへ 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずはお気軽にご相談ください。 法務チェックリスト 無料ダウンロード 顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る 0120-929-739(みんなの法務部)LINE相談(無料) 借家人が今すぐ確認すべきこと 貸主や売却組合から連絡が来ている場合、まず次を確認してください。 届いた書面が何なのかを特定する。 単なる案内なのか、区分所有法64条の2の終了請求なのかで、意味がまったく違います。終了請求であれば、そこから6か月のカウントが始まっています。 到達した日を確定させる。 6か月の起算点は、到達した日の翌日です。封筒、配達証明、メールの受信日時を保存しておいてください。 誰が請求してきたのかを確認する。 貸主本人なのか、売却組合なのか。組合であれば、組合も連帯して補償金の支払義務を負います。 賃料の支払いを止めない。 6か月が経過する前に別の理由で契約が終わると、補償金の請求権は発生しません。 書類にすぐ署名しない。 合意解約の書面に署名してしまうと、それは「別の原因による終了」です。補償金の枠組みから外れる可能性があります。 資料を捨てない。 契約書、やり取りのメール、賃料の振込記録。あとから効いてきます。 → 関連:店舗・オフィスの立退き交渉と立退料の相場・増額の考え方 → 関連:定期借家契約を途中解約されたら 企業法務のご相談は弁護士法人ブライトへ 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずはお気軽にご相談ください。 法務チェックリスト 無料ダウンロード 顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る 0120-929-739(みんなの法務部)LINE相談(無料) よくある質問 Q. 敷地売却が決まったら、借家人は必ず出ていかないといけないのですか? A. 最終的には賃貸借の終了請求により契約が終わりますが、2026年4月施行の新法では、補償金の提供を受けるまで明渡しを拒むことができるとされています(区分所有法64条の2第5項)。「決議があったから直ちに出ていく義務がある」わけではありません。 Q. 補償金は誰が払ってくれるのですか? A. 賃貸している専有部分の区分所有者、つまり貸主本人です(同条3項)。売却組合が終了請求をした場合には、組合も連帯して支払義務を負います(マンションの再生等の円滑化に関する法律122条)。旧法では組合が支払う建て付けでしたが、変わっています。 Q. 「6か月」はいつから数えるのですか? A. 終了請求の意思表示が借家人に到達した日の翌日から起算して6か月です(民法140条の初日不算入)。書面が発送された日ではなく、到達した日が基準になります。 Q. 引越し代しか出ないのでしょうか? A. 補償金は、公共用地の取得に伴う損失補償基準における補償と同水準とすることが想定されています。物件の移転料のほか、営業休止の補償なども枠組みに含まれます。ただし金額は事案ごとの算定になりますので、一律の相場を申し上げることはできません。 Q. 貸主から「契約違反があるので解除する」と言われました。関係ありますか? A. 大いに関係します。6か月が経過する前に別の理由で契約が終了した場合、補償金の請求権は発生しないと解されています。契約違反を指摘されたら、放置せず早い段階で弁護士にご相談ください。 Q. 費用はどのくらいかかりますか? A. 事案の内容や複雑さによって異なります。まずは状況をお聞かせいただければ、見通しと進め方をご説明します。 まとめ 2026年4月の法改正で、マンションの敷地売却における借家人の立場は大きく変わりました。 敷地が売却されても借家権は消えず、組合に明け渡す義務もない。契約を終わらせるには賃貸借の終了請求と6か月の経過が必要で、貸主は補償金を支払わなければならず、借家人はそれを受け取るまで明渡しを拒める。組合の認可が法改正前でも、新法が適用される。 一方で、6か月が経つ前に別の理由で契約が終わってしまうと、補償金の請求権は生じません。動き方を間違えると、受け取れるはずのものを失います。 「建替えが決まったので出ていってください」という連絡が来たら、それは交渉の始まりであって、結論ではありません。書面が届いた段階で、一度ご相談ください。 企業法務のご相談は弁護士法人ブライトへ 弁護士法人ブライト「みんなの法務部」は大阪の中小企業の外部法務部。顧問先130社以上を実名公開・弁護士歴平均14年以上のチームが伴走します。まずはお気軽にご相談ください。 法務チェックリスト 無料ダウンロード 顧問弁護士サービス「みんなの法務部」を見る 0120-929-739(みんなの法務部)LINE相談(無料) 監修:和氣 良浩(弁護士法人ブライト 代表弁護士・大阪弁護士会) 大阪・神戸を拠点に企業法務・顧問弁護士サービスを提供。みんなの法務部として中小企業の法的リスク対応を日々サポートしています。 ※本記事は2026年7月時点の法令に基づく一般的な解説です。個別の事案については結論が異なる場合がありますので、弁護士にご相談ください。