この記事の著者 和氣 良浩(わけ よしひろ) 弁護士法人ブライト|代表弁護士 大阪弁護士会 取扱分野:顧問弁護士・企業法務・人事労務 弁護士法人ブライト 弁護士 和氣 良浩 「社員はパソコンに向かっている。でも、どのような仕事をしていたのかが分からない」 経営者の方から、こうした悩みを伺うことがあります。本人は「仕事をしていました」と説明する。一方、会社には作業の経過を確認できる記録がない。認識の食い違いが大きくなると、後から事実関係を整理することも難しくなります。 今回、顧問先からの相談をきっかけに、AIを使って、Macの業務ウィンドウの画像や状態を記録するアプリの試験版を作りました。 まだ、一般の方がすぐに使える完成品ではありません。それでも、弁護士が法律と実務の視点を持って、仕組みづくりに関われる可能性を感じています。 「何をしていたか」を話し合うための記録 業務の記録には、会社と社員が同じ資料を見ながら話し合うための役割があります。 例えば、作業のどこで時間がかかったのか。指示の内容が十分に伝わっていたのか。本人の説明と成果物の間に、どのような経過があったのか。記録があれば、その一部を振り返る手掛かりになります。 ただし、パソコンの操作がない時間にも、電話、打合せ、資料の読み込み、考える作業はあります。画面の記録だけで、仕事の内容や成果をすべて把握できるわけではありません。記録がないことや、操作が止まっていたことを、そのまま不就労と評価することもできません。 今回の試験版も、人の説明や成果物と合わせて確認するための補助を目指したものです。人事評価・処分・勤怠計算を自動化する機能はなく、この記録だけで人事判断を行うことは想定していません。 今回の試験版は、本人が対象を選んで開始する設計 試験版には、次の仕組みをコード上で実装しています。確認できているのは保存処理の自動試験や架空データの閲覧などの範囲です。実際のMacで初期画面を操作し、権限を設定して撮影・停止する一連の動作は、まだ検証できていません。 本人が説明・同意を確認し、記録する業務ウィンドウを一つ選んで開始する。 選択したアプリやウィンドウが前面にあるか、一定時間入力があったかといった状態を記録する。 画像の記録は任意で有効にし、本人が画像を確認して保存を選んだものだけを残す。 入力した文字そのものや音声は取得しない。 記録を外部へ自動送信する機能は設けていない。 画像は保存前に本人が確認するため、作業全体を自動で漏れなく記録する仕組みではありません。また、記録していなかった過去の画面を復元するものでもありません。 現在の対象はmacOS 15.2以降で、用意しているアプリはApple Silicon搭載Mac向けです。Windows向けではありません。保存処理などの自動試験12件と架空データでの保存・閲覧を確認していますが、一般配布に向けた準備や、実利用環境での検証は残っています。 画面の記録は、どこまで認められる? 目的・必要性・方法の相当性や、従業員への説明と運用ルールについては、会社が従業員のパソコン画面を記録するのは違法?で詳しく解説しています。本記事は、その法的な検討を踏まえた試作品づくりの取り組みです。 弁護士が設計に関わる意味 事実確認に必要な情報を考える 労務相談では、「記録があるか」だけでなく、「何を確かめるための記録なのか」が大切です。 問題となっているのが業務指示の伝達なのか、作業の進捗なのか、成果物の内容なのかによって、必要な情報は変わります。記録を増やすだけでは解決しないこともあります。 弁護士が普段の相談で得ている実務の視点を、記録する対象や、確認の手順に反映できる。ここに、設計段階から関わる意味があると考えています。 記録する範囲と、使い方を一緒に考える 技術的に取得できる情報を、すべて取得してよいとは限りません。本人への説明、対象となる業務や時間、私用情報の混入、閲覧できる人、保管期間、利用目的などを、一緒に検討する必要があります。 個人情報保護委員会も、個人データの安全管理措置等として従業者のモニタリングを行う場合について、目的の特定と明示、責任者・権限の設定、運用ルールの策定、ルールどおりの運用の確認などを挙げています。また、個人情報の取扱いに関する重要事項等を定める際には、あらかじめ労働組合等に通知し、必要に応じて協議すること、定めた事項を従業者に周知することが望ましいとしています。これは、その文脈で示された留意点であり、あらゆる業務記録を一律に認めるものではありません。 参考:個人情報保護委員会「従業者のモニタリングの留意点」 今回の試験版では、本人による開始や画像の保存前確認を取り入れました。ただし、アプリで同意欄にチェックを入れれば、どのような運用でも適法になるわけではありません。具体的な導入・利用の可否は、目的、必要性、取得範囲、説明内容、管理方法など、個別の事情に応じて検討することになります。 アイデアを、触って検討できる形にする 以前なら、弁護士が課題を整理し、エンジニアに要件を伝え、試作品を作ってもらうことが中心でした。AIを使うことで、法律実務の側からも、具体的な試作品を用意して議論できるようになってきました。 実際に形にすると、「この情報は必要なのか」「この操作では使いにくくないか」「ここで私用情報が入らないか」といった点が見えてきます。 もちろん、安定して使える製品にするためには、エンジニアによる検証や改善も必要です。法律実務と技術、それぞれの専門性を具体的な画面や動作を見ながら持ち寄れることが、AIによる試作の面白さだと思います。 法律相談から、トラブルを予防する仕組みづくりへ 僕が目指しているのは、問題が起きた後に相談を受けることに加え、問題が起きにくい会社の仕組みづくりにも関われる法律事務所です。 業務指示の出し方、記録の残し方、確認の手順を整えることで、認識の食い違いを減らせる場合があります。法律相談で見えてきた課題について、必要に応じて道具の試作まで踏み込む。AIは、そのための選択肢を広げてくれています。 非エンジニアの方にも使える形を目指して 今後は、インストールから記録の開始・停止、保存した内容の確認まで、エンジニアではない方でも扱えるかを検証したいと考えています。 一般配布に必要な準備を整えたうえで、Macをお使いの経営者・人事担当者の方を対象に、5〜10名程度の無料モニターを募集することを検討しています。現時点では、一般向けのダウンロード提供やモニター受付は開始していません。 募集を開始する場合は、対象となる環境、試していただきたい内容、参加方法をあらためてご案内します。 法律と実務の視点を、会社で使える仕組みに変えていく。AIによって、その可能性が広がってきたことを実感しています。 業務記録の導入に伴う説明や社内ルールの整備については、弁護士法人ブライトの企業法務サービスをご覧ください。