この記事の監修者 和氣 良浩(わけ よしひろ) 弁護士法人ブライト|代表弁護士 大阪弁護士会 取扱分野:顧問弁護士・企業法務・債権回収・M&A・事業再生 「分割でなら払えます」——医事課の窓口でこう言われたとき、その場でどう応じるかによって、その債権が回収できる債権になるか、数年後に時効で消える債権になるかが分かれます。 結論から書きます。医療機関にとって分割払いの合意書は、回収額を譲る書面ではなく、時効を更新し、支払義務の内容を確定させるための書面です。民法152条1項は「時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める」と定めています。分割払いの合意書で債務額を認めていただくことは、この「承認」に当たります。つまり、書面を1枚取り交わすことで、時効の進行が振り出しに戻る。ここが最大の実益です。 逆に言えば、書き方を誤った合意書は、この実益を取り逃がします。金額が特定されていない、期限の利益喪失の要件が曖昧、診療の継続と支払いを結び付けてしまっている——実際の書式を拝見すると、こうした点でつまずいているものが少なくありません。 この記事では、大阪で企業法務を扱う弁護士法人ブライトが、医療機関の実務(医事課の運用、保険請求の確定、診療継続との関係)に寄せた形で、分割払い合意書に入れるべき条項、そのまま使える条項例、そして回収できなくなる書き方を整理します。一般の企業間取引における分割合意については分割払いの合意書を作るときの注意点で扱っていますので、併せてご覧ください。なお本稿は個別の債権について判断するものではありませんので、実際の対応は事案ごとに弁護士へご確認ください。 分割合意の書式づくりから相談できます 1件ずつ文面を考えるのではなく、院内で回る雛形と決裁ラインに落とすことが要です。弁護士法人ブライトは大阪で医療機関の未収金を継続受託する体制を用意しています。顧問先142社・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが対応します。 医療費・未収金回収の継続受託を見る 外部法務部サービスを見る 06-4965-9590(企業法務窓口)LINEで相談する 分割合意は「回収の妥協」ではなく「時効を更新する行為」 承認は時効を更新する(民法152条1項) 診療費・入院費の債権は、医療費の消滅時効で整理したとおり、時間の経過とともに消滅時効にかかります。何もしなければ、回収できるはずだった債権が静かに消えていきます。 これに対して民法は、時効の進行をリセットする事由として「承認」を置いています。 第百五十二条 時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。2 前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。 民法152条(承認による時効の更新) ここで比較していただきたいのが、督促状や内容証明による催告との違いです。催告は、民法150条1項により「その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない」という完成猶予の効果しかありません。しかも同条2項で、猶予されている間に再度催告しても効力はないとされています。督促状を毎月送り続けても、時効は6か月しか延びないのです。 これに対し承認は「更新」——つまり、そこから新たに時効期間が進み始めます。1枚の書面で得られる効果の大きさが、催告とはまったく違います。医事課が窓口で分割の申出を受けた場面は、回収の局面としては後退に見えて、実は時効管理の上では最良の機会です。 だから合意書は「債務額を特定して認めてもらう」ことが最優先 承認の効果を確実に得るために、合意書で最も重要なのは、いくらの債務を認めたのかが一義的に特定されていることです。「未払いの医療費」「令和○年分の入院費」といった書き方では、後から「その金額のことだとは思っていなかった」という反論の余地を残します。 診療年月日、金額、内訳(診療費・入院費・食事代・差額ベッド代など限度額の外側の費目を含む)を明示し、合計額を数字で書く。ここを外すと、せっかく取った書面の価値が大きく下がります。 この項の根拠 民法152条(承認による時効の更新) 民法150条(催告による時効の完成猶予) 民法151条(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予) 合意する前に医事課が確定させる3つのこと 書面の話に入る前に、その前段があります。ここを飛ばした合意書は、あとで必ず作り直しになります。 (1)金額——保険請求の確定と高額療養費の適用後で固める 医療機関の債権が一般の売掛金と違うのは、窓口で請求した金額が後から動きうる点です。レセプトの返戻・査定があれば保険給付分が変わり、患者さまの自己負担額に影響することがあります。限度額適用認定証が後日提出されたり、高額療養費の受領委任払いが適用されたりすれば、請求すべき金額そのものが変わります。 金額が動く可能性がある段階で合意書を作ると、合意書記載の債権額と実際の債権額がずれます。ずれた書面は、「金額が違う書面にサインさせられた」という主張の材料になり、承認としての効果にも疑義を生みます。まず金額を固め、それから書面にする。順序を逆にしないでください。 なお、限度額の手当てが間に合わず償還払いになったために高額の請求が立っているケースでは、分割の前にまず高額療養費・限度額適用認定証で未収金を「作らない」で整理した貸付制度や受領委任払いの案内が可能かを確認してください。債権額そのものを下げられる余地があるのに分割合意へ進むのは、双方にとって損です。 債権額を固める前に確認する高額療養費の3点(2026年9月時点) ①認定証は遡らない——限度額適用認定証は、申請書を受け付けた月より前の月には交付されません(全国健康保険協会)。退院後に前月分の認定証を持参されても窓口で遡って清算することはできず、その月は限度額の適用がない金額で債権額が確定します。②低所得区分はマイナ保険証でも申請が要る——住民税非課税世帯の方は、マイナ保険証を利用していても「限度額適用・標準負担額減額認定証」の申請が別途必要です。入院時食事療養費の標準負担額の減額にも関わるため、確定する債権額が変わります。③年間上限は窓口では効かない——令和8年(2026年)8月から新設された年間上限は、保険者から患者さまへ還付される仕組みであり、窓口でお支払いいただく金額を下げるものではありません。合意書に載せる債権額は、月ごとの限度額に基づく金額です。 (2)相手——誰が支払義務者かを先に決める 診療契約の当事者が誰かによって、合意書に署名していただく方が変わります。整理すると次のとおりです。 患者さまの状況 合意書の当事者 留意点 成人・意思能力に問題がない 患者さま本人 原則形。ご家族が窓口に来られていても、本人の署名なく家族に署名させない 未成年 親権者(法定代理人) 親権者の署名を得る。子の氏名のみの書面にしない 成年後見等が開始している 成年後見人等 権限の範囲の確認が要る 身元保証人・連帯保証人を立てたい 本人+保証人 保証は書面が必須(民法446条2項)。身元保証書の流用は要注意(後述) とくに注意が要るのが、ご家族が「私が払います」とおっしゃる場面です。善意からのお申し出ですが、その方が法律上の支払義務者でない場合、家族の署名だけを取った書面は、患者さま本人に対する承認としての効果を持ちません。民法153条3項は、承認による時効の更新は「更新の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ、その効力を有する」と定めています。本人の署名を省略しない——これは院内で徹底しておく必要があります。 (3)院内の決裁ライン——窓口担当がその場で決めない 分割の回数と月額は、窓口でその場に居合わせた担当者が決めてよい事柄ではありません。院内で次のような基準をあらかじめ決めておきます。 金額帯ごとの上限回数(例:10万円未満は6回以内、10万円以上30万円未満は12回以内、など) それを超える申出が出た場合に誰が判断するか(医事課長/事務長/理事長) 保証人を求める金額の基準 合意書の様式は院内書式に限る(担当者が文面を作らない) この基準があると、窓口担当者は「承ります。お取り決めは書面で改めてご案内します」と答えるだけで済みます。担当者を守る意味でも、基準の明文化は効きます。 院内の決裁基準づくりからお手伝いします 金額帯ごとの上限回数、保証人を求める基準、誰が判断するか——決めておけば窓口担当者はその場で悩まずに済みます。弁護士法人ブライトは大阪で顧問先142社の企業法務を担い、院内規程づくりに継続的に関わっています。 医療費・未収金回収の継続受託を見る 外部法務部サービスを見る 06-4965-9590(企業法務窓口)LINEで相談する 合意書に必ず入れる8つの条項 (1)債務の承認と金額の特定 前述のとおり、ここが合意書の心臓部です。診療年月日・内訳・合計額を書き、「上記債務が存在することを承認する」旨を患者さまの言葉として記載します。 (2)分割払いのスケジュール 回数、1回あたりの金額、支払期日(毎月○日)、初回と最終回の年月日を具体的に書きます。端数がある場合は初回または最終回で調整し、各回の金額の合計が債権総額と一致することを必ず検算してください。合計が合わない合意書は、それだけで金額の争いを生みます。 (3)期限の利益喪失条項 分割払いにするということは、患者さまに「まだ払わなくてよい」という利益、すなわち期限の利益を与えることです。民法136条1項は「期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する」としています。 法律上、期限の利益が当然に失われる場面は限られています。民法137条が定めるのは、破産手続開始の決定を受けたとき、担保を滅失・損傷・減少させたとき、担保を供する義務を負う場合にこれを供しないとき——この3つだけです。「支払いを怠った」ことは、民法137条には含まれていません。 したがって、支払いが滞ったときに残額を一括で請求できるようにするには、合意書に約定として期限の利益喪失条項を入れておく必要があります。ここが抜けている合意書は、1回滞っても次回分しか請求できず、結局は毎月催促し続けることになります。 (4)遅延損害金 遅延損害金を定めなかった場合は、民法419条1項により、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によることになります。法定利率は民法404条により3年を一期として変動しますので、合意書を作る時点の法定利率を確認してください(本稿では特定の数値を記載しません)。 約定で定める場合、医療機関にとって決定的に重要なのが消費者契約法の上限です。患者さまは個人=消費者、医療機関は事業者ですから、診療契約は消費者契約に当たります。消費者契約法9条1項2号は、支払遅延の損害賠償額の予定・違約金について、年14.6パーセントの割合を乗じて計算した額を超える部分を無効としています。 一般の企業間取引の書式をそのまま流用して年18パーセントなどと定めると、超過部分は無効です。医療機関の書式では年14.6パーセントを上限とする——ここは一般向けの分割合意書の解説では触れられないことが多い、医療機関特有の注意点です。 (5)連帯保証人 保証を付ける場合、保証契約は書面でしなければ効力を生じません(民法446条2項。電磁的記録による場合は同条3項)。合意書の中に保証条項を設け、保証人にも署名していただく形が実務的です。 ここで、入院の身元保証人に医療費を請求できるかで扱った極度額との関係を整理しておきます。入院時の身元保証書は、将来発生する不特定の債務をまとめて保証するもの=個人根保証契約に当たりうるため、民法465条の2第2項により極度額を定めなければ効力を生じません。 これに対し、分割払い合意書における保証は、すでに発生し金額が確定した特定の債務についての保証です。「一定の範囲に属する不特定の債務」を主たる債務とするものではないため、根保証には当たらず、極度額の定めは要件になりません。裏を返すと、極度額が書かれていない身元保証書で困っている債権でも、分割合意の場面で改めて保証人に署名していただければ、保証としての効力を確保できる余地があります。これは医療機関にとって実益の大きい論点です。 保証人へ情報を提供する義務 民法458条の2により、委託を受けた保証人から請求があったときは、債権者(医療機関)は主債務の不履行の有無・残額・弁済期到来額の情報を遅滞なく提供しなければなりません。保証人から問い合わせがあった場合に「個人情報なのでお答えできません」と返すのは誤りです。金額・支払状況の情報提供と、病名・診療内容の守秘とを、院内で区別して整理しておいてください。 (6)支払方法 振込先口座、振込手数料の負担、口座振替を利用する場合の手続を明記します。手数料の負担を書いていないために、毎回数百円ずつ不足が生じ、その不足が積み上がって「期限の利益を喪失したか」で揉める——という実務上の事故が起こります。 (7)住所・連絡先の変更通知義務 未収金が回収不能になる最大の原因は、連絡が取れなくなることです。住所・電話番号・勤務先に変更があった場合は速やかに届け出る旨を入れ、届出がない場合は合意書記載の住所への通知をもって到達したものとみなす旨を定めておきます。 (8)清算条項は安易に入れない 示談書の雛形を流用すると「本合意書に定めるほか、甲乙間に何らの債権債務がないことを相互に確認する」といった清算条項が紛れ込みます。分割払いの合意書にこの条項を入れると、合意書に書いていない未収分(別の診療科の分、その後に発生した分など)まで消してしまうおそれがあります。分割合意の書面に包括的な清算条項は不要です。 この項の根拠 民法136条(期限の利益及びその放棄)・137条(期限の利益の喪失) 民法404条(法定利率)・419条(金銭債務の特則) 民法446条(保証人の責任等)・458条の2(主たる債務の履行状況に関する情報の提供義務)・465条の2(個人根保証契約の保証人の責任等) 消費者契約法9条1項2号(年14.6パーセント) 既存の合意書式を点検しませんか 期限の利益喪失の要件、遅延損害金の利率、保証条項、清算条項——1か所直すだけで回収可能性が変わる箇所があります。弁護士法人ブライトは大阪で医療機関の書式点検を継続的にお引き受けしています。 医療費・未収金回収の継続受託を見る 外部法務部サービスを見る 06-4965-9590(企業法務窓口)LINEで相談する そのまま使える条項例(医療機関向け) 以下は、医事課で雛形として利用していただくことを想定した条項例です。医療機関名・金額・日付・回数は各院の実情に合わせて調整し、はじめて運用に乗せる前には弁護士による確認を受けてください。 医療費支払確認及び分割弁済契約書 医療法人○○会○○病院(以下「甲」という。)と (以下「乙」という。)は、乙が甲に対して負担する医療費債務について、以下のとおり合意した。 第1条(債務の承認) 乙は、甲に対し、令和○年○月○日から令和○年○月○日までの間に甲において受けた診療に係る医療費として、本日現在、下記の金額の支払義務があることを承認する。 診療費・入院費 金 円 入院時食事療養費(標準負担額) 金 円 室料差額 金 円 その他(文書料等) 金 円 合計 金 円(以下「本件債務」という。) 第2条(分割弁済) 乙は、甲に対し、本件債務を次のとおり分割して支払う。 (1) 令和○年○月から令和○年○月まで、毎月末日限り、金 円ずつ (2) 令和○年○月○日限り、金 円(最終回)2 支払は、甲が指定する下記口座への振込みによるものとし、振込手数料は乙の負担とする。 〔金融機関名・支店名・預金種別・口座番号・口座名義〕 第3条(期限の利益の喪失) 乙が次の各号のいずれかに該当したときは、甲からの通知催告を要することなく当然に本件債務について期限の利益を失い、乙は、甲に対し、本件債務の残額及び第4条の遅延損害金を直ちに支払う。 (1) 第2条の分割金の支払を1回でも怠り、その額が分割金の1回分に達したとき (2) 乙が第6条の通知を怠り、甲が乙の所在を確認できなくなったとき (3) 乙が破産手続開始、民事再生手続開始その他これらに類する手続の申立てを受け、又は自ら申し立てたとき (4) 乙が振り出した手形又は小切手が不渡りとなったとき 第4条(遅延損害金) 乙が本件債務の履行を怠ったときは、乙は、甲に対し、支払期日の翌日から支払済みまで、年14.6パーセントの割合による遅延損害金を支払う。 第5条(連帯保証) 丙は、乙が甲に対して負担する本件債務について、乙と連帯してこれを保証し、その履行の責めを負う。2 甲は、丙の請求があったときは、丙に対し、本件債務の不履行の有無並びに残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を遅滞なく提供する。 第6条(住所等の変更の通知) 乙及び丙は、住所、電話番号その他の連絡先に変更が生じたときは、遅滞なく甲に書面により通知する。2 前項の通知を怠ったことにより甲からの通知が到達しなかったときは、通常到達すべきときに到達したものとみなす。 第7条(診療との関係) 本契約は、乙が甲において今後受ける診療の可否に影響を及ぼすものではない。 第8条(協議) 本契約に定めのない事項又は本契約の解釈に疑義が生じた事項については、甲乙丙誠実に協議して解決する。 本契約の成立を証するため、本書3通を作成し、甲乙丙各自署名押印のうえ、各1通を保有する。 令和 年 月 日 甲 所在地・名称・代表者 印 乙 住所・氏名 印 丙 住所・氏名(連帯保証人) 印 第7条をあえて入れる理由 支払いの話と診療の話を切り離すことを、書面の上で明示しておくためです。医療機関には応招義務があり、未払いがあることだけを理由に診療を拒むことは原則として認められません。合意書に「支払わなければ診療しない」と読める条項を入れてしまうと、その一文自体が争いの火種になります。判断枠組みは応招義務の記事で整理しています。 これを書くと回収できなくなる——ありがちな5つの失敗 (1)期限の利益喪失の要件が「支払いを怠ったとき」だけ 最も多い不備です。「怠ったとき」だけでは、数日の遅れでも該当するのか、1回分に満たない不足でも該当するのかが不明確で、患者さま側から「遅れたが怠ったとは言えない」と争われます。「支払を1回でも怠り、その額が分割金の1回分に達したとき」のように、数量的な基準で書く——これだけで争いの余地が大きく減ります。 (2)遅延損害金を一般の企業間取引の書式から流用する 前述のとおり、診療契約は消費者契約に当たりますので、遅延損害金は年14.6パーセントが上限です。年18パーセント・年20パーセントといった記載を残した書式は、超過部分が無効になるだけでなく、患者さま側の弁護士が付いた場面で「不当な書式を使っている」という主張の入口を与えます。 (3)病名・診療内容を書き込む 第1条の債務の特定を丁寧に書こうとして、傷病名や術式を記載してしまう例があります。合意書は保証人にも交付され、ご自宅で保管され、場合によっては訴訟記録にもなります。債務の特定に必要なのは診療年月日と金額であって、病名ではありません。診療科名の記載も、必要性を検討してからにしてください。 (4)支払いと診療継続を結び付けて書く 「本件債務の支払を怠ったときは、甲は乙に対する診療を行わないことができる」といった条項です。医師法19条1項に基づく応招義務との関係で問題を生むうえ、患者さま側から「支払を強いるために診療を人質に取られた」という主張を招きます。判断の枠組みは応招義務と医療費不払いで整理していますが、合意書の文面としては、支払いと診療を切り離す方向で書くのが安全です。 (5)家族にだけ署名させる/保証人の署名を口頭で済ませる 前述のとおり、承認による時効の更新は当事者間でしか効力を持たず(民法153条3項)、保証契約は書面がなければ効力を生じません(民法446条2項)。「ご家族が電話で了解された」は、法律上はほぼ何も残していません。署名は必ず書面で、本人と保証人それぞれから得てください。 時効との関係——承認でどこまで戻るか 分割中に滞ったとき、時効はいつから進むか 分割払いの合意をすると、各回の支払期日が到来するまでは、その分について権利を行使することができません。時効の起算点は各回の支払期日ごとに考えるのが基本です。 もっとも、期限の利益喪失条項が働いて残額全部を直ちに請求できる状態になれば、その時点から残債権全体について時効が進行していくことになります。「分割の合意をしたから当面は安心」ではなく、滞った時点から改めて時効の管理が必要になる——ここを院内の債権管理台帳に反映させておいてください。 すでに時効期間が経過している債権を持ち出すとき 時効期間が経過した後に債務者が債務を承認した場合、その後に時効を援用することは信義則上許されないとするのが、裁判実務で確立した考え方です。したがって、古い未収金についても承認を得られれば回収の道が開けることがあります。 ただし、時効の完成を知らせずに承認だけを取りに行く運用は、別の問題を生みます。どこまでの説明をしたうえで書面を取るべきかは、債権の年数、経緯、患者さまの状況によって判断が分かれます。時効期間が経過している可能性のある債権については、書面を取りに行く前に弁護士へご相談ください。 承認が難しいときの選択肢——協議を行う旨の合意(民法151条) 患者さまが金額に納得しておらず、承認の書面を取れないことがあります。この場合に使えるのが、民法151条1項の「協議を行う旨の合意」です。権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、その合意から1年を経過した時(当事者が1年未満の協議期間を定めたときはその期間の経過時、協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときはその時から6か月の経過時)のいずれか早い時まで、時効は完成しません。 金額に争いがあって交渉が長引きそうな案件で、時効の完成が迫っているとき——この書面を1通取り交わしておくだけで、交渉のための時間を確保できます。実務ではあまり使われていませんが、医療機関の未収金では有用な場面があります。 催告との併用はできない 民法151条3項により、催告によって時効の完成が猶予されている間にされた協議の合意には完成猶予の効力がなく、逆に協議の合意で猶予されている間にされた催告も同様とされています。内容証明を出して6か月の猶予を得た直後に協議の合意を重ねる、という使い方はできません。手順の設計が要る部分です。 時効が近い債権から手当てします 承認を取るか、協議の合意を取るか、手続へ進むか——債権の年数と経緯で打ち手が変わります。弁護士法人ブライトは大阪で医療機関の未収金を継続受託する体制を用意しています。顧問先142社・企業法務部の弁護士歴平均14年以上のチームが対応します。 医療費・未収金回収の継続受託を見る 外部法務部サービスを見る 06-4965-9590(企業法務窓口)LINEで相談する 既存の合意書で止まっている案件はありませんか 期限の利益喪失の通知、残額の一括請求、その先の手続——止まった案件は、放置している間だけ時効が進みます。弁護士法人ブライトは大阪で医療機関の未収金を継続受託する体制を用意しています。 医療費・未収金回収の継続受託を見る 外部法務部サービスを見る 06-4965-9590(企業法務窓口)LINEで相談する 公正証書にするか——医療現場での現実的な判断 分割払いの合意を公正証書(執行証書)にしておけば、支払いが滞ったときに訴訟を経ずに強制執行へ進めます。民事執行法22条5号は、債務名義のひとつとして次のものを挙げています。 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載され、又は記録されているもの(以下「執行証書」という。) 民事執行法22条5号 効果は明確ですが、医療機関の実務では次の制約があります。 論点 実情 患者さまの負担 公証役場へ出向いていただく必要がある(代理も可能だが委任状の手当てが要る)。療養中の方には現実的でない場面が多い 費用 公証人手数料が発生する。医療費の未収金は1件あたりの金額が大きくないことが多く、費用倒れになりやすい 心理的な影響 「公正証書にします」という申出自体が、患者さまとの関係を硬直させることがある 金額の大きい案件 高額療養費の手当てが間に合わなかった入院費など、数十万円以上の案件では検討に値する 現実的な線引きとしては、通常は院内書式による合意書で足り、金額が大きく、かつ患者さまの協力が得られる案件に限って公正証書を検討する——という運用が多くの医療機関に合います。金額の基準(例:30万円以上)を院内で決めておき、それ以上は弁護士に相談して判断する形にすれば、窓口で迷う必要がなくなります。 なお、公正証書にしない場合でも、支払いが滞れば支払督促・少額訴訟・通常訴訟という手続が使えます。分割合意書があれば、債務の存在と金額について争いが少なくなるため、これらの手続は格段に進めやすくなります。合意書は、公正証書にしなくても十分に価値があります。 医事課の運用に落とす——書式・保管・モニタリング 合意書は作って終わりではありません。むしろ、作った後の管理で回収率が決まります。 書式は1つに固定する——担当者が文面を作らない。院内書式フォルダに置き、改訂は日付を付けて管理する 原本の保管場所を決める——診療録とは別に、債権管理の書類として保管する。保証人の署名がある書面はとくに厳重に 入金のモニタリングを自動化する——「支払期日から○日入金がない」を検知して担当者へ通知する仕組みを作る。人の記憶に頼ると、滞ってから気づくまでに数か月かかります 滞ったときの動作を先に決めておく——1回目の遅れは電話、2回目は書面、それ以降は期限の利益喪失を通知して一括請求へ、というように段階を決める。文面は督促状・内容証明の文例をそのまま使えます 年1回、書式を見直す——法定利率は3年ごとに変動し、高額療養費の制度も動いています。書式が古いままだと、それ自体が争いの原因になります この5つを院内規程に落とすところまでが、予防法務としての仕事です。弁護士法人ブライトは、法務部を持たない会社の「外部法務部」として、書式の整備から滞納時の対応、難件の受託までを一続きでお引き受けしています。大阪を中心に顧問先142社の企業法務を担っており、医療法人・クリニックからのご相談も受けています。 弁護士に相談すべきケース 時効期間が経過している可能性がある債権について承認を取りに行きたい——どこまで説明したうえで書面を取るべきか、判断が分かれます 分割合意をしたのに数回で止まった——期限の利益喪失の通知と、その後の手続の選択が要ります 保証人に請求したいが、保証書の有効性に不安がある——身元保証書の流用は極度額の問題を抱えていることがあります(身元保証人への請求と極度額) 患者さまから「診療を断られた」と言われている——応招義務との整理が必要です 院内書式を長く見直していない——遅延損害金の利率、期限の利益喪失の要件、清算条項の有無を点検してください 分割合意の件数が増え、管理が追いつかない——個別対応ではなく、仕組みとして継続受託した方が総コストは下がります よくある質問 口頭で分割の約束をしただけでも、時効は更新されますか? 民法152条1項は承認の方式を限定していないため、口頭の承認であっても更新の効果自体は生じえます。しかし、後日その承認があったことを医療機関側が証明できなければ、実務上は意味を持ちません。「言った・言わない」になった時点で、その債権は時効の主張に対して脆くなります。必ず書面で、金額を特定して取り交わしてください。 遅延損害金は何パーセントまで定められますか? 患者さまは消費者、医療機関は事業者ですので、診療契約は消費者契約に当たります。消費者契約法9条1項2号により、支払遅延に関する損害賠償額の予定・違約金は、年14.6パーセントの割合を乗じて計算した額を超える部分が無効とされます。したがって医療機関の書式では年14.6パーセントが上限です。一般の企業間取引の雛形を流用すると、この点で不備が生じます。なお約定を定めない場合は、民法419条1項により法定利率によることになります。 入院時の身元保証書があれば、改めて保証人の署名をもらう必要はありませんか? 身元保証書の内容によります。入院時の身元保証書は、将来発生する不特定の債務をまとめて保証する形になっていることが多く、その場合は個人根保証契約として民法465条の2第2項により極度額の定めがなければ効力を生じません。極度額の記載がない身元保証書は、この点で効力に疑義があります。これに対し、分割払い合意書における保証は金額が確定した特定の債務についての保証であり、根保証には当たらないため極度額は要件になりません。極度額の記載がない身元保証書で困っている場合こそ、分割合意の場面で改めて保証人の署名をいただく意味があります。 期限の利益喪失条項を入れていない合意書は、もう使えませんか? その合意書が無効になるわけではありません。債務の承認としての効果(時効の更新)は生じていますし、各回の支払期日が到来した分は請求できます。ただし、1回滞っただけでは残額を一括請求できないため、回収の手間が大きく増えます。既存の合意書で支払いが滞っている場合、改めて残額について合意をし直す(その際に期限の利益喪失条項を入れる)という選択肢もあります。個別の判断が必要ですので、弁護士へご相談ください。 分割合意をした患者さまが、その後も通院されています。支払いが滞ったら診療をお断りできますか? 未払いがあることだけを理由に診療を拒むことは、応招義務との関係で原則として認められません。判断の枠組みは応招義務の記事で整理しています。したがって、合意書に「支払わなければ診療しない」と読める条項を入れることは避けてください。支払いの問題は支払いの手続で、診療の問題は医学的な判断で——この切り分けを書面の上でも明確にしておくことが、結果として医療機関を守ります。 大阪の病院です。分割合意書の雛形を作るところから相談できますか? はい。弁護士法人ブライトは大阪を拠点に、医療法人・クリニックの院内書式の整備、債権管理の仕組みづくり、難件の受託までを継続的にお引き受けしています。顧問先142社の企業法務を担っており、企業法務部の弁護士歴平均14年以上の弁護士が対応します。既存書式をお持ちであれば、まずその点検から始めるのが早道です。お電話(06-4965-9590/平日9:00〜18:00)またはLINEからご連絡ください。 医療機関の分割合意を仕組みとして回します 雛形の整備、決裁基準の明文化、滞納時の段取り、難件の受託——個別対応ではなく仕組みにした方が、総コストは下がります。弁護士法人ブライトは大阪で医療機関の未収金を継続受託する体制を用意しています。 医療費・未収金回収の継続受託を見る 外部法務部サービスを見る 06-4965-9590(企業法務窓口)LINEで相談する この記事と併せて読まれている記事 医療費・未収金回収の継続受託|病院・医療法人向け 高額療養費・限度額適用認定証で未収金を「作らない」 医療費(診療費・入院費)の消滅時効は何年か 入院の身元保証人に医療費を請求できるか 未収金があると診療を断れる?応招義務と医療費不払いの判断枠組み 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