従業員に対して秘密保持義務を課す方法は、会社対会社のNDAとは別の設計が必要である。実務では「入社時の包括的誓約書」と「退職時の個別具体的な誓約書」の2段構えで運用するのが定石になっている。なぜ1通では足りないのか、それぞれのタイミングで何を盛り込むべきかを、退職者からの情報持ち出し対策の実務目線で整理する。
この記事の結論
- 従業員秘密保持は「入社時包括誓約」「退職時個別誓約」の2段構えが必須。1通では退職時に争えない
- 退職時の個別誓約には「担当業務で知り得た情報の特定」「競業避止条項」「機材・データ返還義務」を盛り込む
- 就業規則の秘密保持条項だけでは違反立証時の救済が弱い。誓約書による個別合意が必須
入社時誓約書と退職時誓約書はなぜ2段構えが必要か
従業員に対する秘密保持義務は、就業規則・雇用契約書・誓約書の3層で設計される。このうち就業規則は社内ルールの周知、雇用契約書は労働条件、誓約書は個別具体的な義務確認という役割分担になっている。誓約書が必要な理由は次の2点である。
- 個別合意の証拠化:就業規則は会社が一方的に定めるルールだが、誓約書は従業員の署名により個別合意を明確にできる。違反訴訟では「義務を認識していたか」が争点になるため、署名つき誓約書の存在は強力な証拠になる
- 退職時に新たな状況へ対応:入社時には知らなかった顧客情報・技術情報を業務遂行中に取得するため、退職時点で「具体的に何を知ったのか」を特定して誓約させる必要がある
入社時誓約書に盛り込むべき5項目
入社時の誓約書は、これから取得する情報全般について包括的に秘密保持を約束させる位置付けになる。最低限以下の5項目を入れておくと、退職時誓約書を補完する基礎として機能する。
入社時誓約書の必須項目
- 秘密情報の包括的定義:業務遂行中に知り得た会社の経営情報・技術情報・顧客情報・人事情報の全てを対象とする
- 秘密保持義務の有効期間:在職中および退職後5年間(業界・職種により調整)
- 持ち出し禁止:会社支給機材・データの私的端末への複製・転送禁止
- 第三者開示禁止:家族・友人・転職先候補への開示禁止
- 違反時の損害賠償・懲戒条項:違反時に損害賠償責任を負うこと、懲戒処分の対象となることを明記
退職時誓約書に盛り込むべき項目(個別具体性が決め手)
退職時の誓約書は、入社時誓約書の包括的内容を具体化するのが目的である。在職中に知り得た情報を「何を」「どこまで」秘密として扱うか、競業避止の範囲と期間を含めて具体化する。
担当業務で知り得た情報の特定
「在職中に知り得た情報」と抽象的に書くだけでは違反訴訟で「具体的に何を持ち出したのか」を立証する負担が会社側に残る。退職時誓約書では「担当顧客リスト」「担当案件の取引条件」「担当技術領域のノウハウ」など担当業務に応じて項目を列挙する。
競業避止条項(範囲・期間・対価)
退職後の競合先転職を制限する競業避止条項は、職業選択の自由との関係で過大な制限は無効になる。判例の傾向は「地域・業種・期間の合理性」「退職金等の代償措置」「制限される従業員の地位」を総合考慮する。一般従業員に対する2年以上の地域制限なし条項は無効リスクが高い。
機材・データ返還の宣誓
会社支給のPC・スマホ・USB・紙資料を全て返還したこと、私的端末・クラウドにコピーが残っていないことを宣誓させる。「返還し、複製も保持していない」と明文化することで、後日の発覚時に虚偽宣誓を主張できる。
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退職時誓約書を拒否されたときの対応
退職者が誓約書への署名を拒否するケースが実務では珍しくない。法的には署名強制はできないが、就業規則・入社時誓約書の効力は引き続き有効である。会社側の現実的対応は次の通り。
- 就業規則・入社時誓約書の秘密保持義務を退職通知書に再掲し、認識喚起する
- 退職金規程に「秘密保持・競業避止違反時は退職金の一部または全部を不支給」と規定しておけば、誓約書なしでも経済的インセンティブで違反抑止できる
- 退職時面談で「競合先への転職予定の有無」を聴取し、議事録化(一方的説明でも記録は残せる)
- 顧客リスト・案件情報は退職通知時点で本人のアクセス権限を切り、機材回収を即時に実施
就業規則の秘密保持条項だけでは不十分な理由
「うちは就業規則に秘密保持を書いているから誓約書は不要」という見解を持つ経営者がいるが、これは違反訴訟の場面で大きな差を生む。
- 就業規則は会社が一方的に定めるルール。違反者は「内容を確認していない」と争える余地がある
- 誓約書は本人署名により個別合意を立証できる。違反者の認識を否認させない
- 就業規則は労働法の規制対象(労働契約法)。秘密保持の有効範囲が誓約書より狭くなる場面がある
- 退職時の個別誓約書は、在職中に取得した具体的情報を特定でき、違反立証の負担を大幅に軽減する
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