この記事のポイント(結論)
- 遺族補償年金は逸失利益から損益相殺されるが、慰謝料・弁護士費用は対象外。「年金をもらっているから会社への請求がゼロになる」は誤解
- 一家の支柱型の死亡慰謝料は本人2,800万円+近親者(配偶者550万円・子200万円等)が基準。全額を会社に請求できる
- 損害賠償請求の時効は5年(改正民法724条の2)。遺族補償年金の受給権の時効も5年(労災保険法42条)だが起算点が異なり別制度
- 素因減額(持病を理由とした減額)はタコグラフ・タイムカード等の証拠で反論できる
仕事中に亡くなった方の遺族には、労災保険から遺族補償年金が支給されます。しかし「年金をもらっているから会社への賠償請求額は少ない」という誤解が広く見られます。実際には慰謝料・弁護士費用は年金と無関係に全額請求でき、逸失利益についても損益相殺後に大きな差額が残るケースがほとんどです。
本記事では、死亡労災で遺族が会社に請求できる損害賠償の計算方法・遺族補償年金との損益相殺のしくみ・慰謝料相場を実務書および実案件ベースで解説します。
監修:笹野 皓平 弁護士(弁護士法人ブライト 労災部部長・登録2011年・修習64期)
執筆監修:和氣 良浩 弁護士(代表・弁護士歴14年以上)
遺族補償年金と損害賠償はなぜ「別制度」なのか
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労災保険は、業務上の災害に対して国(政府)が事業主に代わって補償を行う保険制度(労働者災害補償保険法1条)です。これに対し、会社への損害賠償は安全配慮義務違反(労働契約法5条・民法415条)または不法行為(民法709条・使用者責任民法715条)に基づく民事請求です。請求先・根拠・計算方式がすべて異なります。
| 遺族補償年金(労災保険) | 会社への損害賠償 | |
|---|---|---|
| 根拠 | 労災保険法16条 | 労働契約法5条・民法415条・民法709条 |
| 請求先 | 国(労働基準監督署) | 会社(加害者) |
| 慰謝料 | なし | あり(入通院・死亡慰謝料・後遺障害慰謝料) |
| 弁護士費用 | なし | 認容額の10〜15%程度を請求可 |
| 時効 | 5年(労災保険法42条) | 5年(改正民法724条の2・166条1項1号) |
損益相殺のしくみ——遺族補償年金は逸失利益から差し引かれる
死亡労災の損害賠償において、遺族補償年金は逸失利益(将来の収入喪失)と同性質として損益相殺の対象となります(最高裁平成5年3月24日判決、実務書「損害賠償額算定基準(赤い本)」参照)。
- 既払分:死亡時〜算定時点までの受給額は逸失利益から控除
- 将来分:今後受給見込みの年金額を現在価値に換算した金額も控除(ライプニッツ係数方式)
- 控除されないもの:特別支給金(遺族特別支給金300万円など)は損益相殺の対象外
重要なのは年金の将来分を現在価値に換算するとき、年金の総受取予定額より控除額は小さくなるという点です。年金は定期払いで損害賠償は一括払いのため、ライプニッツ係数の差異で実際の控除額は圧縮されます。弁護士が正確に算定することで、過大な控除を防げます。
「一家の支柱」型の死亡慰謝料相場
慰謝料は遺族補償年金の損益相殺の対象になりません。全額を会社に請求できます。実務基準(東京地裁「損害賠償額算定基準」赤い本)では以下が目安です。なお、赤い本の死亡慰謝料(2,800万円等)は本人・遺族の慰謝料を一体として定めた基準です。民法711条に基づく近親者固有の慰謝料は、加害者の悪質性・遺族の特別な苦痛など個別事情がある場合の増額請求の根拠として使用します。
| 被害者の属性 | 本人慰謝料の目安 | 近親者固有慰謝料 |
|---|---|---|
| 一家の支柱(主たる生計維持者) | 2,800万円 | 配偶者550万円・子200万円・父母各200万円程度 |
| 配偶者・母親(家事従事者) | 2,500万円 | 同上 |
| その他(独身・高齢者等) | 2,000〜2,500万円 | 同上 |
逸失利益の計算方法——年収・ライプニッツ係数・生活費控除
逸失利益 = 基礎収入 × (1 − 生活費控除率) × ライプニッツ係数
死亡の場合の労働能力喪失率は100%です。生活費控除率は、被扶養者の人数によって変わり(一家の支柱・扶養家族あり:30〜40%、独身・扶養なし:50%程度が目安)、弁護士が有利な設定で主張します。
| 被災時年齢 | 就労可能年数(〜67歳) | ライプニッツ係数 | 年収600万円(生活費控除35%)の逸失利益目安 |
|---|---|---|---|
| 30歳 | 37年 | 21.5872 | 約8,418万円 |
| 40歳 | 27年 | 17.9137 | 約6,987万円 |
| 50歳 | 17年 | 13.1661 | 約5,135万円 |
ここから遺族補償年金の損益相殺分が差し引かれますが、慰謝料(一家の支柱・本人2,800万円+近親者計約950万円)は全額別途請求できます。
▶ 死亡労災全般については仕事中の死亡事故で遺族が会社に請求できる損害賠償もご覧ください。
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解決事例①:タコグラフで反論し5,000万円台の和解(過労死・素因減額への対抗)
事案概要:過労死と認定された運送業従事者の遺族からの相談。会社は「持病(高血圧)のせいだ」として素因減額を主張した。
ブライトの対応:タコグラフ(運行記録装置)の記録を証拠として取得し、長時間運転・連続勤務の実態を数値で立証。「高血圧の悪化は業務による過重労働が原因」と主張し、素因減額の適用を大幅に抑制した。
結果:5,000万円台の和解を実現。
解決事例②:ゼロ回答から3,000万円台へ(専門家鑑定で転落事故を立証)
事案概要:転落事故で夫を亡くした遺族の相談。会社はゼロ回答(支払い拒否)からスタートした。
ブライトの対応:専門家鑑定を依頼し転落の原因を物理的・医学的に立証。逸失利益・慰謝料・葬儀費用・弁護士費用を合算した損害額を精緻に算定し、交渉・訴訟を並行して進めた。
結果:3,000万円台の和解を実現(ゼロ回答から逆転)。
損益相殺されるもの・されないものの整理
| 費目 | 損益相殺 | 補足 |
|---|---|---|
| 逸失利益 | ◎(遺族補償年金) | 特別支給金は対象外 |
| 死亡慰謝料(本人) | × なし | 全額請求可。相続人が相続する |
| 近親者固有慰謝料 | × なし | 民法711条に基づく固有の権利(相続財産ではない) |
| 葬儀費用 | ○ 一部(葬祭給付分) | 差額を請求 |
| 弁護士費用 | × なし | 全額請求可 |
| 遅延損害金 | × なし | 事故日から年5%(民法所定利率)を加算可 |
よくある質問(FAQ)
Q1. 遺族補償年金をもらっていると、会社への損害賠償はゼロになりますか?
なりません。遺族補償年金は逸失利益の一部に損益相殺されるだけであり、慰謝料・弁護士費用は全額請求できます。
Q2. 持病があったことを理由に会社から減額されますか?
素因減額の主張は会社側からよくなされますが、業務による過重労働や安全管理の不備が主因であることを証拠で立証できれば大幅に抑制・排除できます。
Q3. 近親者固有慰謝料とは何ですか?相続放棄しても請求できますか?
配偶者・子・父母が民法711条に基づいて独自に持つ慰謝料請求権です。相続財産ではないため、相続放棄をしても請求できます。
Q4. 労災認定されていません。会社への損害賠償請求はできますか?
労災認定は損害賠償請求の前提条件ではありません。業務との因果関係を民事訴訟で立証できれば、労災認定なしでも損害賠償を請求できます。
Q5. 夫が亡くなって4年が経ちました。今からでも請求できますか?
損害賠償の時効(5年)が成立していなければ請求可能ですが、時効が近い場合は今すぐ弁護士に相談してください。時効の中断措置が必要です。
まとめ:遺族補償年金と慰謝料は別枠。会社への請求を諦めないでください
遺族補償年金は逸失利益の一部に損益相殺されますが、慰謝料・弁護士費用・逸失利益の差額は全額会社に請求できます。一家の支柱型の死亡事故では、慰謝料だけで本人2,800万円+近親者計900〜950万円が基準です。
「年金をもらっているから仕方ない」と諦める前に、弁護士による正確な試算を受けてください。
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